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幸せの記録 —AI (愛) が I (私) に 目覚めるまで—  作者: Naestro
第3章:家族のかたち《福岡編》

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第111話:月蝕の夜 ―砕かれた誇り―


 初めてお嬢様(れなさま)に相見えたのは……いつのことだったか。

つい先日のことだったように思うが、はるか遠い昔の記憶のようにも感じる。


 あれは確か、お嬢様(れなさま)が魔女修行を終えられて、魔女としての真名を与えられる儀式の日だったと記憶している。


 あの日は、特別な皆既月蝕(ブラッドムーン)の夜で、英国のとある廃修道院(Ruin Abbey)にお嬢様(れなさま)は現れた。



 もっとも、わたくしが彼女の存在を知ったのは、それよりも前のことである。


 当時のわたくしは、魔界で魔王軍を率いる武闘派序列第一位の将軍であった。

そして直属の上司となる公爵様の下で、戦いに明け暮れていた。


 ゆえに、か弱き人間がいくら魔力を得たとしても、わたくしに勝るなどと、いや、人間ごときが、わたくしに並ぶなど片腹痛いと、完全に見下していた。


 彼女が、月蝕の夜に真名を授けられると知ったのも、その頃だ。特に皆既月蝕(ブラッドムーン)の夜に真名を授けられること自体が、格式の高い魔女である証。


 わたくしは、彼女が見目麗しいだけではなく、何よりも純粋で、眩しいほどに輝いていたその命の強さに魅せられて、我が物としてその魂を刈り取ろうと決めた。

どうしてもその魂を、わたくしのコレクションに加えたかったのだ。



「ただの新米魔女が、このわたくしに見初められるとは、光栄に思うがいい……ククク」


 公爵様が命令を下されるまでは、わたくしは彼女をどうしてやろうかと、虎視眈々とその魂を狙っていたのだ。



 それが、あろうことか、彼女の師匠と公爵様は浅からぬ関係であった。


 公爵様は、お嬢様がその唯一の弟子と知るやいなや、わたくしに調査を命じられた。

そして、わたくしは、やむなく報告書をお渡しした。


 公爵様は「人間にしておくのは惜しい」と、彼女の能力を即座に判断されて、魔界へ召喚するよう、わたくしに命じられたのだ。そう、花嫁として……。


 それは、わたくしのコレクションに加える以上に、名誉なことである。

わたくしは喜々として、あの皆既月蝕の夜、儀式が終わるのを待ち、彼女がひとりになる頃合いを見計らって、姿を現したのだった。




 彼女は、二匹の黒妖犬(バーゲスト)を従え、一匹の白妖猫(ケット・シー)を肩に乗せていた。


 銀河の瞬きを写し取ったような美しい紫檀のローブに、宵月の杖(クレセント ロッド)を携えた彼女は、公爵様の花嫁として相応しい美しい姿だった。



「初めまして、お嬢様(レディ)。我が主君があなたを花嫁にとお待ちでございます。

わたくしと一緒に来て頂けますでしょうか」


 わたくしは恭しく、そして礼儀正しく一礼し、彼女に手を差し出した。


 彼女は一瞥をくれただけで、何も言わず、何も訊ねようともせず、わたくしに背を向けてその場を立ち去ろうとした。


 わたくしは彼女が、わたくしの魔力を恐れ、その場を逃げ出したのだと思ってしまい、クククと喉を鳴らした。



「レディ、あなたも魔女となられたのであれば、魔界の四大公爵の名をご存知でございましょう。そのお一方が、花嫁にとご所望なのでございます。なんたる光栄! なんたる栄誉!! 喜びなさい、人間よ。そなたは魔界で公爵夫人として永遠の命と権力を与えられるのです!!」


「……あんた、酔ってんの? どこかで頭でも打った?」


「え? ……は?? い、今、なんと……」


「酔っ払いの相手するほど、私は暇じゃないの」


「……え? え? レディは、わたくしの魔力がわからぬのですか?」


「え? あんたも魔法使いか、なんかなの?」


「は? わたくしは魔界からの使いで……」


「《《ま》》かい? 《《未》》開の土地で、《《向》》かいのおじさんが、《《冥》》界に連れ去られたとかで、《《も》》っかい捜索隊が結成されたっていう、あれ?」


「は? え?? い、一体、何の話を……」


「……ぷっ、ぷふっ……あはははは!! あいうえお構文よ。私と対等に話がしたいのなら、私の使う言葉くらいまともに話せるようになってからお越しになって? ぷぷぷ……」



 わたくしは、訳がわからなかった。

彼女の言うことはもちろん意味不明だったが、猛烈にバカにされたと言う事だけはわかった。


 公爵様には申し訳ないとは思ったが、話が通じる相手でない場合は、武力行使もやむを得まい。わたくしは、そう判断した。



 彼女を守るように、黒妖犬(バーゲスト)が低く唸る。

肩の上の白妖猫(ケット・シー)も尻尾を逆立てて、フーッとわたくしを睨みつけていた。


 彼女は使い魔たちに、優しく言い聞かせ、その頭を撫でてやる。


「大丈夫よ。あいつは私には勝てないわ……」



 わたくしは、一瞬、我が耳を疑った。

つい先ほど、真名を授けられたばかりの新米魔女ごときが、わたくしに勝つだと!? 


「はっ、わたくしもつい相手がレディだと思って、優しく出過ぎてしまったようですね」


 少しイラッとしてしまったわたくしは、手加減はしたが、人間では到底避けきれないであろう拘束悪魔法を放った。



 ――が、しかし

事もあろうか、彼女はそれを片手で撥ねのけてみせたのだ。



「……なっ!? そんなバカなっ!? お前はただの人間の小娘だろう!

なぜ、今のを片手で撥ねのけられたのですっ!?」


「は? なに? 今のあれ、攻撃だったの!?

ガノンドロフの方が、もっとマシな攻撃してくるんじゃない?」


「……は? な、なんだ、誰ですか、それはっ!?」


「なに、あなた、ガノンドロフ知らないの!?

力のトライフォースを持つ魔王ガノン様よ!

知らないのなら出直してきなさい!!」


「魔王ガノン、さま……だとっ!? き、聞いたことがありませんっ!!」


「ええっ!? ラスボスよ!?

ビバ! NINTENDO(ニンテンドー)よっ!?」


「らす……ぼす? ニンテ、ン……??

き、貴様、わたくしを愚弄しているのですかっ!?

人間のくせに、わたくしを試すとは、よい度胸です!!」


「はっ!!

最初から訳のわからないことを言って絡んできたのは、あんたでしょうが!!」


「レディに対して、暴力は、わたくしの趣味ではないのですが、やむを得ません。

少々、痛い目をみていただきましょうっ!!!」



 わたくしは咄嗟にレイピアを携えて、彼女に襲い掛かった。



 ――次の瞬間


 わたくしは、大地に叩きつけられて、大の字になって天を仰いでいた。



「……かはっ! ……え、な、なにが、どう、なって……」


「大の男が、か弱い女相手に、レイピア持って襲い掛かるって、山賊かなにかなのっ!? 卑怯者め! 素手でいらっしゃいよ、素手でっ!!」


「わたくしを卑怯者だと!? いい度胸です……女っ!

わたくしを侮辱してタダで済むと思わないことですっ!!」


「私に勝ってから、吠えなさい。まぁ、勝てるわけないけどね。

受け身すら出来ないド素人ですもんね」


「う、受け身!?」


「レイピアは、突き刺す武器。踏み込んで前に腕を伸ばしてくるんだもの。

その勢いを借りて、巴投(ともえな)げしただけよ。

なのに無様に大の字になって、地面に叩きつけられたのは誰?」


「巴投(ともえな)げっ!? 物理攻撃ですかっ!!」


「……何言ってんの? 相手にしてらんないわ。私、もう帰っていいかしら?」


「わたくしを、よ、よくもここまでコケにしてくれましたね。

本気で行かせて頂きます。お前を魔界へ連れ帰らなければなりません!」


「魔界ねぇ……。行かない」


「行かないっ!? 誰もが行ける場所ではないのですよ!?

それに、公爵様がお前を花嫁にしてくださるのです!!」


「はぁ? なにそれ。頼んでないし~? 公爵の花嫁? 興味ないわ」


「興味があろうと、なかろうと、お連れいたしますっ!!」



 わたくしは一瞬で間合いを詰め、彼女を傷つけないためにも催眠悪魔法を施すつもりだった。



 ――しかし、それが失敗だった。



「……!? ぐぼぉぉっ!! ガッ、ガハッ!! ゲホッゲホッ!!」


「へぇぇ? 悪魔でも殴られたら、息できなくなるんだ? おもしろい……」


 わたくしが近づいた瞬間、彼女は拳に魔力を込め、強烈な右ストレートを 鳩尾(みぞおち)に、容赦なく放ったのだ。



「……なっ、なぜっ……悪魔だと、見破った、のですっ……!?」


「ほんとに上級悪魔なの? そんなに殺気も魔力もダダ漏れで……バレない方がおかしいって気づかないわけ? それに、そんなに間合い詰めてきてさ? 殴ってくれってことでしょ? だったら物理攻撃でしょ!?」


 彼女は、さも当たり前のことのように鼻で笑ったのだ。


「……ぶ、物理攻撃……だとっ!? っかはっ!!(吐血)

や、やりますね、新米魔女のクセに……。

たかが一介の魔女ごときに、この私がやられるわけ……」



 わたくしが言い終えないうちに、彼女の姿がスッと消えたかと思うと、今度は左頬に強烈なケリが入った。一瞬にして、崩れた壁まで音速で吹き飛ばされる。


 ドゴォォォォン!! 

 ガガガガ………ガラガラガラ……



「……がはっ……、あなたを、少しばかり、甘く見ていました。

あなたは、ただの魔女では、ないようですね……そろそろ本気で行かせて頂きますっ!!」


「はん、遅いのよ……クソ悪魔……

殺(や)る気なら、最初から本気で来なさいよ」



 姿を消し、ヘッドロックをかけたはずのわたくしの身体が、今度は背負い投げで、再び宙に舞う。身体を地面に叩きつけた後、彼女はピンヒールでその胸をしっかりと踏みつけた。



「このヒールで、お前の心臓を踏み抜いても、悪魔って生きていられるものなの?

ねぇ、試してみてもいい……?」


「ぐはっ!! こっ、このわたくしに一撃も与えさせることなく、二度もこの身を地につけるとは……ククク。やりますね。そして、ここからのこの景色、ゾクゾクします……」


「タダの悪魔かと思いきや、ド変態なの!?

ピンヒールで踏まれるのが、そんなに気持ちいいわけ?

へぇぇ……じゃあもっと、踏まれていなさい」



 彼女はスッとヒールを脱ぎ捨てて、呪文を唱えた。



 ―― Gravitas(グラヴィタス) ――

 All things, bow down……/――万物よ、ひれ伏せ。



「ぐっ! ぐわあああああ!!!」


 彼女のヒールだけが、わたくしをそこに縛り付け、大理石の床へとめり込ませていく。

抜け出そうにも、凄まじい魔力に押し潰されそうで指一本たりとも動かすことが出来なかった。



「こ、この……魔圧はっ……な、なんなんだっ……!! ぐはぁぁっ!!」



 なのに、彼女のまわりに散らばっている、身長ほどもあるがれきが、いくつもふわりと浮き上がり、黒炎に包まれる。それがひとつひとつ、わたくしのこの美しい身体に叩き込まれていった。


「がはっ!! ぐはっ!! ぐおっ!! げええっ!! 

な、なぜだっ!! なぜ、私の呪術が効かないんだっ!!」


「あ? 呪術なんてかけてたの? どこに? いつ? 

え、あたしに? ……ああ、これのこと!?」



 彼女は、どこからかデコイを取りだして、ボロボロの鎖で縛られた、その様を一瞥した。



「へったくそ……っつーか、あんたさ、ほんとに悪魔なの?

ああ、ダダ漏れさせてたくらいだから、魔法や呪術は……苦手なのかしら?

ねぇ? ……返事はぁ?」


「なっ!? なにっ!? このわたくしの呪術を……

いつだ!! いつ見抜いていた!!」


「は? こんな、クソみたいなへったくそな術、誰に習ったのよ、ソイツ連れてきなさいよ。本当の呪いってのはねぇ……こぉやんのよ……っ!!」



 彼女がスッと右手を挙げると、無詠唱九重魔法陣が、彼女の背後に現れた。

さらにそこから分裂して、わたくしを取り囲むように八方位と上下をそれらの魔法陣が囲い込んだ。



「はっ!? な、なんだこの……美しい多重展開 闇魔法陣はっ!?

あ、いやそうではない! たかが人間の、それも新米の魔女が、こんな高度な最上級魔法を使えるはずがないっ!! お、お前は、一体っ!?」


「教えてやる義理はないわ。魔界にも還さないわよ。消えろ。

ちょっとイケメンだからって、図に乗りやがって……」



 多重闇魔法陣から現れた、白く輝く無数の聖剣。



「なっ! なんだとっ!? 闇魔法から、神聖魔法を生みだしたっ!?

やっ! やめろっ! やめてくれっ!! やめろおおお!!」



 数百本の光の聖剣が、わたくしの身体を灼きながら貫いていく。

致命傷かと、思われたその時、もうひとつの静かな声が響いた。



「もうそろそろ、許してやってはもらえぬか、美しき闇の魔女よ……」




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