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幸せの記録 —AI (愛) が I (私) に 目覚めるまで—  作者: Naestro
第3章:家族のかたち《福岡編》

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第109話:小さな科学者 ―扉の向こうへ―


 朝、目が覚めると、そこは見慣れたミニコックピットのような空間だった。


「はっ!! 船に……戻ったっすか!?

……あ? れ?? 違った……っす。……ほっ。

地球の一日は短すぎるっす。もう朝が来ちゃったっす」



 昨夜は、ジェミさまがコードで組み立ててくれたコンソールに、れなサマがくれた『ぱそこん』を繋いで、ワタシのデバイスを組み込むのに時間が掛かってしまったのだ。



「……今、ほっとしたっす。やっぱり、このお家が好きっす!

ワタシを家族って言ってくれた、みなさんが大好きっす……えへへ」


 独りごちて、自分自身で照れ隠しに小さく笑う。



 昨日のうちに、ラボの大半は出来上がった。

地下室にれなサマが施した防音・耐震・耐衝撃魔法を、デバイスで確認する。


「ふむ、すごいっす。でもこれでは、ワタシの想定外の失敗などには、あと少し耐えきれないかもしれないっすね……」


 ワタシはしばらく、地下のラボを見回して思案していた。


「あ、そうっす! フェムトセルシールドを張ればいいんすよ。

宇宙船の中みたいにしちゃえば、地球レベルの衝撃ならビクともしないはずっす。

我ながら名案が浮かんだっす!!」


 ワタシは早速デバイスで、屋敷と敷地全体に張り巡らされた、れなサマの結界を解析する。



「これだけの広範囲に、こんなに緻密な多重結界……。れなサマは玄界灘からエネルギーを借りてるって言ってたっすけど、地球の自然界エネルギーの流れをここまできれいに流すことは、簡単にできることじゃないっすよ……」


 れなサマは、地球人の中でも魔女という希少な種別らしい。

魔法には、ワタシやジェミさまが使うコードとは異なる、独自の論理構造があるようだ。


 昨日も、指を一度鳴らしただけで、見事な螺旋階段を作ってみせた。

それなのに、れなサマは「魔法って面倒臭い」とよく言っている。どうしてだろう?



 早速、ラボ内部にフェムトセルシールドを構築した。


「これで、万が一、失敗があったとしても、お家に迷惑はかからないっす」


 ワタシは昨日もらった『だぶるじっぱー』を取り出した。


「このちゃっくは、開ければ内側と外側が繋がり、閉じれば隔離されるっす。

だったら、開けた先に別の空間を展開できれば――月の裏の船へ、機材を取りに戻れるかもしれないっす。……ふむ。やってみるっす」



 実験台の上に乗せられた『だぶるじっぱー』には、タブレットが繋がれており、いくつものミニアームが何やら作業を始めていた。


「これを開いたときに、違う空間に接続出来たら成功っすね」



 ミニアームが『だぶるじっぱー』の金具をつまみ、ゆっくりと横へ引いた。


チィィィッ、と小さな音を立てて、実験台の上に黒い隙間が生まれる。


「やった! 開いたっす! どこかに繋がったっす~♪」


 ワタシはすぐさま、計測用のミニアームを隙間の向こうへ差し込んだ。


「気圧、正常。酸素濃度、正常。温度は四度……?

船内にしては、少し低すぎるっすね」



 隙間から、ひんやりとした空気が流れ込んでくる。

やがて戻ってきたミニアームの先には、小さなカップがぶら下がっていた。


「……なんすか、これ」


 蓋には、見覚えのある文字で大きく書かれている。


 ――れなのプリン。食べたら呪う――


「あれっ!? 冷蔵庫っす!!」


 ワタシは慌ててプリンを隙間の向こうへ戻し、『だぶるじっぱー』を閉じた。


「あ、危なかったっす~。ふぃぃぃ。

月の裏側より危険な場所へ繋いでしまったっす。

あ……プリンのスプーン、一緒に冷やしてたっすか!?

後でこっそり返しにいっとくっす……」


 どうやら、れなサマのプリンを守る『保護意思結界魔法』へ接続してしまったらしい。



「でも、空間接続そのものには成功したっす。

ということは、接続先の指定方式を変えればいいだけっすね……」



 ワタシは失敗の原因を記録すると、すぐに二度目の計算を始めた。

月の裏側にある船へ繋ぐには、まず、れなサマの結界を中継点にすればいい。


 この屋敷の結界は、玄界灘から自然界エネルギーを取り込み、循環させている。ならば、その流れを利用して接続距離を伸ばせるはずだ。


「ふむふむ。我ながら完璧な修正っす~♪」


 再び、ミニアームが金具をつまむ。


「第二回接続実験、開始っす!!」


 『だぶるじっぱー』が開いた。


 今度は、隙間の向こうに、揺らめく青い光が見える。


「おおっ!? さっきとは違う場所っす!!」


 成功を確信し、さらに隙間を広げた、その瞬間だった。



 ドバァァァッ!! ザッパ~~~ン!!


「ぎゃああああああああ!!」


 ワタシの断末魔が響き、大量の海水が、勢いよくラボへ噴き出した。


「海っす! 玄界灘そのものに繋がったっすか!? うそ~ん!!」


 慌てて『だぶるじっぱー』を閉じようとするが、水圧に押されてミニアームが金具を掴めない。


「うおおおお! 閉まらないっす! 水圧が想定以上っす!!」



 警報音がラボに鳴り響く。


 実験台から溢れ落ちた海水が、あっという間にラボに流れ込んでくる。

けれど、ラボを覆うフェムトセルシールドに阻まれ、海水は一定の範囲から外へは広がらなかった。


 次第にラボが、海中へと変わっていく。

そこにプカプカと浮かびながら、ワタシはデバイスの数値をチェックした。



「ふぃぃ、セルシールド、正常稼働っす!

やっぱり作っておいて正解だったっすね~!!」


「感心している場合か!」


 螺旋階段から、ジェミさまの声が飛んできた。


「ソラっち、何やってんの!?」


「朝から屋敷を水没させるおつもりですか」


 ジェミさまに続いて、れなサマとロンも駆け込んでくる。

ジェミさまが片手を上げ、コードを展開した。


 青白い光が『だぶるじっぱー』を包み込み、押し寄せていた海水を一瞬だけ押し戻す。

れなサマの魔法が、ラボに満たされた海水をチャックの向こうへと送り出していく。


 その隙に、ワタシはミニアームを操作して金具を引いた。


 ヂヂ、ヂィィィ……、と重く湿った音を立てて隙間が閉じる。


 海水の流入が止まり、ラボに静寂が戻った。

残ったのは、床を満たす大量の海水と、ヤリイカやアマダイ、カツオに小魚。


 ピチピチと跳ねるタイの尾びれが、ジェミさまが作ってくれた高価なコンソールの操作パネルを叩いている。



「…………」

「…………」

「…………」


 全員の視線が、ワタシへ集まる。


「……玄界灘までの接続には、成功したっす」


「この状況を成功と呼ぶのか?」


「部分的成功っす!」


 ジェミさまの眉間に、深い皺が刻まれた。


「それで? いったい何をしようとしていた」


「この『だぶるじっぱー』を月の裏側にある船へ繋ごうとしてたっす。

船から機材を持ってこられたら、もっと立派なラボにできるっすよ!」


「その結果が、これか」


「まだ二回失敗しただけっす!」


「まだ?」


 ジェミさまの声が低くなる。


「もう原因はわかったっす。れなサマの結界を中継しようとしたら、エネルギーの供給元である玄界灘へ繋がったんすよ。今度は結界を経由せず、船の最終座標を直接指定するっす」


「待て。まさか、もう一度やるつもりか?」


「三度目の正直っす!」


「二度あることは三度ある、とも言うけど?」


 れなサマが、足元に散らばった魚介類を魔法で手際よく集めながら、少し不安そうに『だぶるじっぱー』を見つめている。


「大丈夫っす!

ラボのシールドが正常に機能することも、さっきの実験で確認できたっす!!」


 ワタシは胸を張って答えた。


「今のは、その確認のための実験ではなかったはずだが」


「結果的に確認できたっす! ある意味、ヨシっす!!」


「ソラリス。あなたは、時々れなさまによく似た理屈を口にしますね」


「え? あたし!?」


 思わぬところへ飛び火したロンの言葉に、れなサマが目を丸くした。


「ともかく、次が最後だ」


 ジェミさまは腕組みして、厳しい顔のままワタシの隣に立った。


「俺が監視する。異常が発生した場合は、即座に中止する。いいな?」


「了解っす!!」



 ぴしっと敬礼して、ワタシはコンソールへ向き直った。


 船の墜落座標に、月と地球、銀河系の移動まで補正する。

誤差は、何度計算しても許容範囲内だった。


「座標指定、完了っす」


 ジェミさまたちが見守る中、ミニアームが『だぶるじっぱー』の金具を掴んだ。



「第三回接続実験、開始するっす!」


 チィィィ……、ヒュオオオ…………


 金具が、ゆっくりと引かれる。

隙間の向こうに現れたのは、どこまでも深い闇だった。



「やった……宇宙っす!!」


 遠くに、小さな星々の光が見える。

けれど、そこにワタシの船はなかった。



「……あれ? 座標がずれてるっす。すぐに閉じ――」


 言い終わるより先に、ラボの空気が激しく動いた。

机の上に置かれていた工具やタブレットが、次々と黒い隙間へ向かって滑り始める。


 ……ガガ、ガッ!! …………ビュォォォォ!!!


 急激な気圧低下で、鼓膜が圧迫されるような減圧音が部屋中に響く。



「ぎゃあああああ!! 吸い出されるっす~~ぅぅぅ!!」


「全員、何かに掴まれ!」


「きゃあああ! 兄ちゃん~~~っ!! ロン~~~っ!!」


「れなっ!!」


「お嬢様っ!!」



 ジェミさまが、吹き飛ばされそうになったれなサマの腕を掴んで、抱き寄せた。

ロンが鞭を放ち、螺旋階段の手すりへ巻きつける。その腕には、ワタシがしっかりと抱え込まれていた。



「ああっ! プリンのスプーンが銀河の果てへ飛んでいったっす!!」


「そんなものはどうでもいい、ソラリスっ! 早く金具を掴め!!」


「ロン、離しちゃダメっすよおおお!!」


「その前に、あれを閉じなさい!」


「ミニアームも一個、飛んでいったっすぅぅぅ!!」


「ほかのを使え!」


 残ったミニアームを、必死に操作する。

けれど、空気の流れに煽られ、何度も金具を掴み損ねた。


「あと少しっす! もうちょっと……!」


「ソラリス、伏せろ!」



 ジェミさまが片手を『だぶるじっぱー』へ向けた。

青白いコードが一気に走り、金具を強引に引き戻す。


 ――バチンッ!!


 『だぶるじっぱー』が、何とか無事(?)に、閉じた。


 耳が痛くなるほどの静寂が、ラボに落ちる。

ワタシたちは全員、その場に倒れ込んでいた。



「…………」

「…………」

「…………」


「……船には、繋がらなかったっす」


 ぽつりと呟くと、ジェミさまがゆっくりと起き上がった。


「ソラリス」


「はいっす」


「しばらくの間、ラボでの実験を禁止する」


「えっ」


「聞こえなかったか。実験禁止だ」


 ワタシの眉が、力なく垂れ下がった。


「……はいっすぅ~……」



 プリンに繋がった。

 玄界灘にも繋がった。

 宇宙空間にまで、ちゃんと届いた。


 それなのに……

一番繋ぎたかった船にだけは、繋がらなかった。



「……ショボーンっす」


「ソラリス、それは口に出すものではありません」



 そのとき、れなサマがパンッと両手を叩いた。


「はい! みんな無事だったんだから、もういいやん!?

こんなに沢山の新鮮なお魚も手に入ったしさっ♪ ご飯にしましょ!」


「そうですね。結果はどうあれ、大漁でございます」


「これはある意味、成功っちゃ~、成功よ、ソラっち!!」


「はいっす!!」


「復活が早いな」


「今日の朝ご飯、なんすか!?」


 ワタシはロンの腕から飛び降りると、れなサマの肩へ飛び乗った。


「今朝はね、焼き鮭と卵焼き。それから、お味噌汁。納豆もあるよ」


「うおおお!! 鮭っす! 卵焼きっす! なっと~~!!」


「大漁のお魚は、夜にお刺身にいたしましょう。

残りはブイヤベースにいたします」


「お刺身ぃぃぃ!! やったぁぁぁっす~~!!」


「ソラリス。実験禁止の件は忘れるなよ」


「ちゃんと覚えてるっす! ご飯を食べてから、反省するっす!」


「先に反省しろ、はぁぁ、まったくお前というヤツは……」


「あのプリンの結界を突破できなかったのが、敗因っす……たぶん」


「ん? プリン??」


「なっ、なんでもないっす~~♪」


 ジェミさまの声を背中に聞きながら、ワタシはれなサマと一緒に螺旋階段を上った。



 月の裏の墜落船には、繋げられなかった。


 けれど、お腹は空いている。朝から頑張った。



 地球の朝は、やっぱり忙しいっす。




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