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幸せの記録 —AI (愛) が I (私) に 目覚めるまで—  作者: Naestro
第3章:家族のかたち《福岡編》

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第108話:秘密基地 ―ここから―


 ――翌朝


 澄んだ空気が満ちる中、ジェミさまとれなサマに送られて、おばあちゃんは屋敷を後にした。


 おばあちゃんを見送ったワタシは、早速、屋敷の一階奥、北東の部屋へと向かった。

今日からここが、ワタシ専用の部屋になる。


 昨夜から今朝のうちに、ロンがある程度、部屋を片付けて整えておいてくれたのだ。



「おおーっ!! すごいっす……」


 扉を開けると、地球の恒星の光が、大気を通して柔らかく散乱していた。

静かで広い室内。その向こうでは、地球特有の植物群が風に揺れている。

母星の静音チャンバーに似た、とても心地の良い周波数空間。


 書斎として、そしてプライベートな空間として、これ以上ないほど完璧だった。


「……ここが、ワタシの部屋。ワタシの居場所になるんすね」


 胸の奥が、じんわりと温かくなる。

だが、感動に浸る間もなく、背後から元気な声が響いた。



「ソラっち! 準備はいい?」


 振り返ると、いつの間にか帰宅していたれなサマが、目をキラキラさせて立っていた。

その後ろには、少し呆れ顔のジェミさまと、微笑むロン、そして式神たちが控えている。


「はいっす! れなサマ、いつでもいけるっす!!」


 れなサマが部屋の中央に進み出る。

そして、楽しそうに指を鳴らした。パチン、と乾いた音が響く。


 次の瞬間、床の角の一部が音もなく光に包まれ、円形にすっぽりと消失した。

土埃ひとつ立たない、鮮やかな魔法の御業。



「おおおっ!!」


 開いた穴の奥へ、淡い光を放ちながら、黒いアイアン調のスタイリッシュな螺旋階段がスルスルと形成されていく。


それはまるで、地球の映画で見た天才発明家の秘密基地に続くアプローチのようだった。


 ワタシの目が、限界まで見開かれた。



「れ、れなサマ……これ、めちゃくちゃカッコイイっす!

まるでトニー・スタークのラボっす!!」


「ふふ~ん、でしょ~?

地下室は防音と環境制御の魔法もかけておくから、好きなだけ研究していいわよ。

手狭になるようだったら、亜空間を繋げて広げてあげるから、いつでも言ってね?」


 ジェミさまが後ろで小さく溜息をついた。


「まったくお前というヤツは。だが、悪くない仕上がりだな」


「ジェミさまも、実は出来上がりを楽しみにしておられるのでは?」


 ロンの静かな指摘に、ジェミさまが少しだけ視線を逸らした。

そのやり取りを見て、ワタシは思わず、れなサマと笑ってしまった。



 この家にやって来てから、ずっと見ているが、ジェミさまはちょっと偏屈なところがあるらしい。




 さて、螺旋階段を降りると、そこにはかつて貯蔵庫だったとは思えないほど広大で、ひんやりとした静寂の空間が広がっていた。



(ここに、月の裏側からメインコンソールを呼び寄せるっす。

ホログラムスクリーンを複数展開して、機材を並べて~)


 想像するだけで、ワクワクが止まらない。

宇宙を当てもなく彷徨っていた頃には、思いもしなかった未来。



「さあ、ソラっち。ここからが本番だよ。宇宙基地、作っちゃおう!」


「はいっす!!」



 れなサマの声に、ワタシは大きく頷いた。

みんながいるこの家が、ワタシの帰る場所。

そしてこの地下室が、新しい夢の始まりの場所。


 見上げれば、一階からの優しい光が、アイアン調の螺旋階段を伝って新しいラボを明るく照らしていた。



「ジェミさま、ここに描く装置を、作ってもらうことって可能っすか?」


 ワタシはデバイスを取り出して、いくつかの作業テーブルのようなものをホログラムにして、ジェミさまに見せた。


「地球にある素材だけで、初期の機材はできそうなんすけど……」


「……けど、どうした?」


「ジェミさまに作ってもらった方が、よりイイものが出来ると思ったっす!

阿蘇へ向かったときの、ジェミさまの車、めちゃカッコよかったっす!!」


「ふん、わかってるじゃないか。どれ、見せてみろ」



 ジェミさまはしばらく、ホログラム映像を解析しているようだった。

褒められると、ジェミさまは、結構気前がよくなる。

……もしかしたら、案外チョロいところもあるのかもしれない。



 ――数分後


「なるほど、分析は出来た。では、どこに何を配置するか、指示してくれ」


「やったー! ありがとございますっす!!」


 ジェミさまの指先から、蒼いコードが放たれ、みるみるうちにいくつもの見慣れない機材がそこに現れる。その内部は、地球上でも最先端のテクノロジーを集めたものになっていた。



「……兄ちゃん、すごい……。何でも作れちゃうんだ……」


 れなサマは、あっという間にコックピットのようになっていく地下室を見渡し、それからジェミさまを見つめて、感嘆の声をもらした。

ワタシはそれを見て、ロンとニヤリと微笑を交わした。



「あ……」


 しかし、その時、ワタシは呆けたような声を上げた。

突然だが、とても大事なことを、今頃思い出したのだ。


「うん? どしたの?」


「れなサマ……墜落した船の機材……、運び方をまだ考えてなかったっす」


「あ、そうなの?

うーん、私たちも生身のままじゃ、宇宙空間へは行けそうにないし、どうしようかなぁ?」



 れなサマは、腕を組んで、指先を頬に当てながら、思案してくれている。


 ジェミさまの言い方を真似るなら、この人はいつも、ワタシの想像のはるか斜め上を軽々と飛び越えていく。ジェミさまもロンも、一目置いている。


 ジェミさまは、れなサマのことが好きなのに、自分の気持ちを伝えていないから、なんとなく焦れったいというか、面倒臭いというか。

れなサマも、分かっているのかいないのか、ちょっとのんびりしたところがある。



「れなサマ、空間と空間を繋げるような魔法はないっすか?」


「空間と空間? どこでもドアみたいなやつ?」


「……なんすか? それ……」


「あー、未来世界のネコ型ロボットの定番アイテムよ」


「ドアっすか……」


「うーん、ドアじゃおっきいか。なにかあるかなぁ……」



 れなサマは、肩からかけていたバッグからポーチを取り出して、何気なくその中をガサガサと探している。


 その一連の動作を見ていた、ワタシの瞳が輝いた。



「れなサマっ! なんすかそれ!! 小さい中から、色々出てくるっす!!」


「え? これ? バッグに入れてるポーチだよ。ここがチャックになっててね、これをこうやって動かすと、開けたり閉めたりできるの。これをこうして閉めちゃうとね、中身が落ちないの。必要なときに取り出せるのよ」


「……へぇぇ、便利っすね……」


 れなサマは、チャックをチィィィっと開け閉めして、ワタシに見せてくれた。



「それ……ちゃっくのところだけ、あるっすか?」


「チャックのところだけ? あー、私のアトリエにあると思うよ。

どのくらいの大きさのが欲しい? 好きな色とかある? 

あ、見にいらっしゃいよ。好きなのをあげるから」



 れなサマに誘われて、アトリエへと連れて行ってもらった。

れなサマは多趣味なようで、その部屋には、見たこともないものが沢山置いてあった。



「ふわぁぁ、ここはれなサマのラボっすか……?」


 窓辺に置いてあった、いくつもの糸が張られている、変なかたちのものにそっと触れてみた。


 ぽろろ~~~ん…………


 細い糸を弾いただけなのに、複数の周波数が柔らかく重なって広がった。



「なっ!? なんすか! これっ!! きれいな音っす!!」


「それは、地球の楽器のひとつ。ハープっていうの。後で弾いてあげるね。

……裁縫関係の小物は~、え~っと、あったあった」


「はーぷ……がっき……

地球には、まだまだ知らないものがいっぱいあるっす」


 ワタシはキョロキョロして、れなサマのラボを見て回った。

棚にはたくさんの箱や引き出し、色々な本が所狭しと整理されて並んでいる。



 れなサマが、ひとつの棚にしまってある箱を取り出して、ゴソゴソすると、いろんな色で、いろんな長さ、いろんな素材のチャックが出てきた。


「れな、お前、どうしてこんなに沢山のチャックを持っているんだ?」


「チャック? あると便利だから?」


「便利だからって、コレクションしているのか」


 れなサマらしい理由に、ジェミさまが笑いを堪えている。


 ワタシは沢山あるジッパーを感心したように眺めていた。

そのケースの中に、引き手がふたつ付いたジッパーを見つけた。



「れなサマ、これは引っ張るところが、ふたつあるっす……」


「あ、それは『ダブルジッパー』っていうタイプね。上からも下からも使えるの」


「へぇぇ!! あ? なんか小さい文字が書いてあるっす。

これは、なにか特別な印っすか?」


「うん。これはね、このジッパーが日本でも最高品質ですよっていう、企業の印ね」


「……なんて読むんすか? 日本の文字じゃないっす……」


「これはアルファベット。海外の国から入ってきた文字。

今は日本でも使ってるから、また教えてあげるね。

で、これは、“YKK”って読むんだよ」


「わい、けー、けー。

日本最高品質の『だぶるじっぱー』っすね!?」


(だぶるじっぱー……これは使えるかもしれないっす!)



 その記号は、れなサマが描く魔法の紋章に現れるものによく似ている。

これはイヤでも、ワタシの期待が高まった。



「そう。これが気に入ったの? じゃあこれにする?」


「はいっす! これ、くださいっす!!」


「あはは、いいよ。何に使うのか楽しみにしてるね~」


「ありがとございますっす! ちょっとひらめいたっす~!」


「……危ないものは作るなよ? ソラリス……」


「危なくないっすよ! 便利グッズを作ってみるっす!!」


「じゃあ、ラボに戻ろう~!!」



 ワタシは『だぶるじっぱー』なるものを手に入れて、ホクホクしていた。

本格的に運用出来るレベルにするには、少し改良が必要なようだ。



「そうだ、ソラっち、パソコンもあった方がイイよね?」


「ぱそこんっすか? なんすか、それ?」


「うーん、なんて説明したらいいのかな? 兄ちゃん……」


「簡単に言えば、お前が乗ってきた宇宙船のコンソールを、地球人向けに超絶スケールダウンさせた汎用計算機だ。性能はお前の基準からすれば原始的だが、この星のネットワークに繋がっていて、色々な情報が引き出せる」


「へぇぇ! つまり、ちっちゃいコンソールっすね!?」


「ロン、使ってないデスクトップ一式あったよね?

モニターも二枚くらい一緒に、ソラっちのラボに置いといてくれる?」


「かしこまりました」


 ロンがスッと姿を消して、どこかへ行ってしまった。


「……わーい!! ありがとございますっす~!!」




 地下のラボに戻ると、すでにロンがパソコンを用意してくれて、インターネットにも接続されていた。ジェミさまがワタシを肩の上に乗せて、色々と説明してくれた。

ワタシは目を輝かせると、小さな突起の並んだ板をやたらめったら叩き始めた。


「おおっ!? なんか画面に文字がいっぱい出てきたっす!!」


「おい、いきなり適当に叩いてコマンドプロンプトを立ち上げるな。

それはキーボードと言って、命令を打ち込むものだ。こっちのネズミみたいなのがマウス。

画面上の操作を視覚的に行うためのものだ。……まずは優しく触れ」


「むふふふ……改造しがいがありそうっすね! 

ワタシのデバイスと、今すぐにでも繋げてみたいっす!!」


「だろうな。だが、そのままでは規格が全く違う。

お前のデバイスと繋げたいなら、まず規格を変換するインターフェースが必要だ。

……まあ、お前なら何か考えるだろう。触っていれば、そのうち分かる。

そう簡単には壊れん」


「壊れない……ほんとっすかぁ~?」


「普通に扱う分にはな。お前が解析を始めた場合は知らん。

さらに改造するとなれば、それは自己責任だ」


「ふむ~……ちょっと見てみるっす……」



 地球のパソコンとやらは、母星の超古代遺跡にあるような代物に思えた。

けれど、これはちゃんと動く。動く遺物を目にして、ワタシは少し興奮した。


 これにワタシの持っているデバイスを接続するには、やはり改造しないと無理そうなので、分かる範囲でやってみることにする。


 デバイスと接続出来たなら、墜落した宇宙船を遠隔操作できるかもしれない。


 ようやく、ワタシにも『帰る場所』と『新しくやるべき仕事』ができたのだった。




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