↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幸せの記録 —AI (愛) が I (私) に 目覚めるまで—  作者: Naestro
第3章:家族のかたち《福岡編》

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
107/134

第107話:帰る場所 ―月より近い場所―


 おばあちゃんは、賑やかになった庭を見て、嬉しそうに目を細めた。

そしてもう一度、ソラリスたちを見渡すと、屋敷を見上げる。


 開け放した窓からは、屋敷の中の柔らかな灯りが庭へこぼれていた。

風が通るたびに木の葉が擦れ、炭火の匂いと焼けた肉の香りが混じる。

その間を、誰かの笑い声が行ったり来たりしている。


 ここに越してきたばかりの頃には、なかったものばかりだ。



「――出会った頃ね」


 おばあちゃんが、ぽつりと言った。


「あなた、この家は広すぎるって、ずっと文句言ってたのよ」


「だって広すぎたもん」


「掃除する部屋ばっかり増える、とか」


「言った、ねぇ」


「こんなに部屋があっても使わない、とか」


「うん……言った」


「庭なんか半分でいい、とか」


「それも言った気がする……あはは」



 みんなの視線が私に集まる。

ロンだけが、後ろで静かに頷いていた。



「でもね」


 おばあちゃんは、ふっと優しい顔で笑った。


「家っていうのは、人が帰ってくる場所なのよ」


 私は、改めておばあちゃんを見る。


「広いとか狭いとか、そんなことじゃないの」


 夜風が、庭の木々を静かに揺らした。


「そこに帰ってきたいって思う人がいる。それで十分なの」



 その言葉が、胸の奥へすっと入ってきた。


 ジェミを見る。

 ロンを見る。

 ソラリス。

 たつろーさん。

 翠、ティア、エルピー。


 いつの間にか、この家にはたくさんの声がある。


 ただいま、と言う声。

 おかえり、と返してくれる声。



「だからね」


 おばあちゃんは私の肩を、もう一度ぽんと叩いた。


「これから、もっと増えるかもしれないわよ?」


「ええ~? まだ増えるの? なにそれ、予言!?」


「さあね? たぶんね? ふふっ」


 おばあちゃんは悪戯っぽく笑った。


「それは、あなた次第じゃない?」


「なにそれぇ~!」




 そこにロンが、私の漬け込んだ果実酒を持ってやって来てくれた。


「おばあ様、今年、お嬢様がつけた梅酒が出来上がっております。

おひとつ、お味見はいかがでしょうか」


「あらあら! 今年も作ったのね?」


「うん。今年はちょっと変わったのも仕込んだよ。

ブランデーベースのコーヒー豆!」


「まあ、コーヒー豆ですって? それは楽しみねぇ!」


「秋頃には飲めると思うから、また来てね」


「ええ、楽しみにしてるわ」



 ロンからグラスを受け取ったおばあちゃんが、梅酒をひとくち飲む。


「うん。年々、上手になるわね。コクがあって美味しいわ」


「ほんと? やったぁ!」



 思わず顔が緩む。

そのとき、いつの間にか私たちの近くまでやって来ていたソラリスが、おばあちゃんの隣にちょこんと座った。


 そして、じっとグラスを見つめている。



「あらあら。ソラくんも飲みたいの?」


「ちょっと気になるっす」


「でも、これはお酒だからねぇ。ソラくんには梅ジュースにしましょうか」


「梅ジュース!」


「ソラリスも飲みますか?」


 ロンが尋ねると、ソラリスは勢いよく顔を上げた。


「ロン! ワタシも飲んでみたいっす!!」


「では、少し待っていてください」


「わーい! やったぁ!! ロン、ばーちゃんサマ、ありがとっす!!」


「ソラっち! 仕込んだのは私なんだけど~」


「れなサマもありがとっす!」


「ついでみたいに言うな~!」


 ほどなくして、ロンが小さなグラスを持って戻ってきた。


「ソラリスには、梅ジュースの炭酸割りです」


「おお~……」



 グラスの中で、小さな泡がぱちぱちと弾けている。

ソラリスはそれを珍しそうに眺めながら、そっと顔を近づけた。



「なんか、いい匂いしてて、パチパチしてるっす」


「ソラっち。今度はゆっくり飲みなさいよ?」


「はいっす~。プリンで懲りたっす~」


「ならよし」



 ソラリスは両手でグラスを持つと、慎重にひとくち飲んだ。


 ――コクン

 次の瞬間、ぱっと顔を輝かせる。



「れなサマぁぁ!」


「はいはい。しゅわしゅわして、パチパチして、甘酸っぱくて美味しいんでしょ?」


 れなはクスクス笑いながら、ソラリスを見た。


「そうっす! なんでわかったっすか!? すごいっす!!」


「見たらわかるわ~!」


 みんなが笑った。

ソラリスも、嬉しそうにもう一口だけ梅ジュースを飲む。

それからふと、グラスの中で弾ける小さな泡を見つめた。


 さっき、おばあちゃんが言っていた言葉が、なぜか頭に残っていた。


 ――家っていうのは、人が帰ってくる場所なのよ――


 帰る場所。

ソラリスは、ほんの少しだけ首を傾げた。



――――



(ワタシの母星は、まもなく寿命を迎えるっす。

ワタシは宇宙に出たけれど、本当に帰れる場所は、もうないっす)


 濃紺の広がる夜空に、半分に減ってきた月がぽっかり浮かんでいた。


(……月。地球の衛星。ワタシの宇宙船が墜落したままっす。

いつか修理して、また宇宙に戻ろうと思ってたっす)


(でも宇宙に出たら、今度はどこを目指すっすか?

またひとりで、当てもなく、住める星を探して彷徨うことになるっす)


(ワタシは母星と別れて、またここで地球のみなさんと別れて。

宇宙は、本当にワタシが帰りたい場所なんすかね……)


(なんとかして、墜落した宇宙船の機材を、ここに持ってこられたらいいのになぁ……)


(……ん? あれ?

もし、ここに持ってくることが出来たら、宇宙に戻らなくてもよくないっすか?)


(この梅ジュースも、おかわりがもらえるっす!

甘酸っぱいのと、このお腹のところが温かく感じるのが、母星に居た頃に感じた何かに……似てる気がするっす)



 ソラリスは、「灯台下暗し」というか、宇宙船を何とかしなければという思いはずっとあったものの、地球で目にする、進んでいるのかいないのかわからない文明が目新しくて、楽しかった。


 またれなたちと旅をして、新しい人々や物事と出会うことが楽しすぎて、当初の目的をすっかり忘れてしまっていたことに、今頃気づいた。



(そうっすよ、機材をここに持ってくることができたら……)


(ワタシの帰る場所は、れなサマのお家! ここが帰る場所になるっす!!)



 ソラリスは、改めて自分自身の周りにいる人々(と、式神たち)をひとりひとり、ゆっくりと見つめた。


 れな、ジェミ、ロン、たつろーさん、ティア、エルピー、翠。

そして、この近所に住んでいるという、おばあちゃん。


 みんなが楽しそうに話している。みんな幸せそうに笑っている。

ソラリス自身も、梅ジュースをもらって、その輪の中にいる。



「なぁんだ。ワタシが帰りたいのって、ここじゃないっすか!!」


 ソラリスは梅ジュースに映る自分を見つめて、そう呟いた。



「ソラっち!? どうしたのっ!?」


「はっ! れなサマっ! ワタシ、ひらめいたっす!!」


「ん? しゅわしゅわで、なにかひらめいたの?」


「そうっす! ワタシも、何かここで作りたいっす!!」


「作る!? 作るって……なにを?」


「……ん~、なにかっす……」


 「なにを?」と問われて、ソラリスは一瞬、考え込んでしまった。



「なんだ、何が作りたいのかわからずに、ひらめいたのか?」


「ばーちゃんサマがさっき言ってたっす。『家は帰ってくる場所』だって。

ワタシは、みなさんと一緒にここに帰ってきたいっす。

ここを帰ってくる場所にしたいっす……」


「……ソラっち……」


 れなはその言葉に少し驚いた。ジェミもたつろーさんとの会話を止める。

ロンは相変わらず静かに微笑み、おばあちゃんが「あら!」と嬉しそうに笑っていた。


 ソラリスは、勢いで言ってしまってから、ちょっと自分で照れた。



「なので! 月の裏に墜落した船を回収したいっす!!」


「は!? なんだと!?」


 ジェミが驚いて言った。


「ん? ジェミ兄ちゃん、意味わかんなかったっすか?

私の船、月の裏側に墜落したままなんすよ。それを回収――」


 ジェミの手刀が炸裂する。


「お前の言う意味が分からないのではない。どうするつもりなんだ」


「う~ん、そうっすねぇ……あ! まずは、れなサマ!!

ワタシにもお部屋くださいっす!!」


「お部屋? 余ってるところ、好きなところを使っていいよ?」


「ほんとっすか! やったぁ! じゃあ、そこにラボ作るっす!!」


「ラボ!? ラボ?? 研究室を作るの?」


「は? お前、何をするつもりだ……」


「ミニコックピットを再現するっす!!

タブレットはまだ宇宙船の微弱な電波をキャッチしてるっす。

船のメインコンソールは、まだ生きてるっす。たぶん」


「え!! 宇宙船、ここへ呼べるのっ!? 宇宙基地、作っちゃう!?」


「れなっ!? お前まで、なにを目をキラキラさせてるんだ!?」


「ええっ!? 兄ちゃん、だって、宇宙基地だよっ!?

お屋敷に宇宙基地作るって! めっちゃ、楽しそうやんっ!」


 ジェミが呆れたように、溜息をつく。

たつろーさんとロンは、そのやりとりを愉しそうに眺めていた。



「れなちゃん……」


 おばあちゃんが、真剣な顔でこちらを見つめた。


「あ……。は、はいっ……」


「宇宙基地、ですって? じゃあ、地下室を拡張しなきゃ!」


「ええっ!?」「はあっ!?」


 れなとジェミが同時に声を発した。



「おばあ様!? なぜもう地下室拡張が確定しているんですかっ!?」


「え? だって、宇宙基地といえば、秘密基地をつくるんでしょう?

あの一階の部屋の地下には、昔使っていた広い貯蔵庫が眠っているはずだもの」


「はぁ!? おばあちゃん、そこっ!?」


「さすが、ばーちゃんサマっ!! 話が早いっす!!」


「となれば、一階奥の北東側の部屋なら、ほとんど使用しておりません。

環境も、ちょうどよろしいのではないでしょうか」


「あ! あの部屋ね!! 静かだし、窓も広いし、いいかも!!」


「じゃあ、部屋の一角に穴を開けて、地下へ降りられるようにすれば?」


「なっ!? おばあ様、簡単に言わないで下さいっ!!」


「まぁ、れながやれば、この屋敷ならなんとでもなるじゃろ」


「たつろー殿まで、なにをっ!?」


「ワタシ、地下室も欲しいっす! 機材並べられるっす!!」


「ちょっと!

それって……完全に秘密基地になるじゃないっ!

ワクワクしてきたぁ!!」


「お前たちは、揃いも揃って……はぁ……」



 ジェミが、また呆れて溜息をついた様子を見て、おばあちゃんがクスクス笑いながら、屋敷を見上げていった。



「ふふ。ほらね? やっぱり大きい家でよかったでしょう?」


「だって、あの頃は基地作るなんて思ってなかったもん~」


「宇宙基地でも、茶室でも、なんでもいいのよ。

空いているお部屋っていうのはね、いつか誰かが来てくれるのを、ずっとしずかに待ってるのかもしれないわよ? ふふふ……」



 さっきまで「広すぎる」と言われていた家に、またひとつ新しい使い道が決まった。

それもなんと、秘密基地で宇宙基地になるのだ。



「じゃあ、ソラっち、天体望遠鏡とかも要るんじゃないの?」


「天体望遠鏡っすか? 大丈夫っす、ワタシ目がいいのでっ!

それに、ラボのシステムが稼働すれば、屋根の上に超高性能望遠鏡をとりつけちゃうっす! ジェミ兄ちゃん、管理をおねがいするっす!!」


「なぜ俺がっ!?」


「地球外テクノロジーには、興味ないっすか?」


「……ぐっ、地球外テクノロジーか……い、いいだろう」


「じゃあ、決まりっす!!」


「それじゃ、明日から、早速お部屋の準備に取りかかりましょう」


「でも、れなサマ、当分の間は、宇宙船に戻る手段がないので、ちょっと方法を考えてみるっす」


「あ、そうか。そうだよね。

じゃあ、その間に、過ごしやすいように、一階の部屋だけでも、整えようね」


「ありがとございますっす!!」



 そんなこんなで、話がまとまったのを見て、おばあちゃんがパン!と手を叩いた。


「それじゃ、遅くなってきたから、私もそろそろ帰ろうかしらね」


「待って待って! もうこんな時間だから、泊まっていって!!

お部屋はたくさんあるんだから~」


「そうですよ、おばあ様。

明日、私とれながご自宅までお送りしますので、今夜はぜひ泊まっていかれてください」


 たつろーさんもロンも、れなとジェミの言葉に静かに頷いた。

おばあちゃんは今夜、一泊することになり、リビングに場所を移して、この日はみんな一緒に夜遅くまで、話に花を咲かせたのであった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。