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幸せの記録 —AI (愛) が I (私) に 目覚めるまで—  作者: Naestro
第3章:家族のかたち《福岡編》

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第106話:BBQ ―ウニじゃないのにウニ―


 おばあちゃんが、寿司を一心不乱に見つめている子を見て、訊ねた。


「……ところで、この子は?」


「ワタシ、ソラリスっす!!」


「まあ! ソラリスちゃんっていうの?」


「ちゃんじゃないっす! ソラリスは、立派な男の子っす!」


「あらあら、ごめんなさいねぇ」


「あと、お寿司が好きっす!!」


「それは聞いていない」


 間髪入れずに胸を張ったソラリスの頭へ、ジェミの手刀が落ちた。


「いたたっ! 兄ちゃんひどいっす!!」


「あらあら」


 おばあちゃんは目を丸くしたあと、すぐに楽しそうに笑った。


「兄ちゃん、これは重要事項っす!」


「重要ではない!」



 おばあちゃんの腕に提げられた紙袋から、一瞬たりとも目を離さないソラリスに、私は吹き出した。


「あははは! もう、ソラっち。さっきお肉いっぱい食べてたでしょ?」


「お肉とお寿司は、別腹っす!」


「どこでそんな言葉覚えたの!?」


「れなサマっす!」


「私かぁぁぁ!!」


 庭に笑い声が広がる。



 おばあちゃんはしゃがみ込むと、目を輝かせた。

おばあちゃんには、ソラリスが外国人の子供に見えている。


「あなた、銀髪がとってもきれいで、かわいいわねぇ!」


「かわいいっすか!?」


「ええ。お目々もくりくりして大きくて」


「えへへへへ」


 ソラリスが照れたように身体をくねくねさせる。


「ソラリスちゃん」


「男の子っす!」


「はいはい。ソラリスくん。ソラくんて呼んでいいかしら?」


「はいっす!」


「ソラくん。お寿司、食べる?」


「はぁ~い! 食べるっすぅぅぅ!!」


 両手が勢いよく上がった。



「お前は即答か……」


 ジェミが呆れたように呟く。


「あはははは! いいじゃない。元気な子で」



 ――そして次の瞬間

おばあちゃんはソラリスの頭を、ぽん、と優しく撫でた。



「じゃあね、いっぱい食べなさいね」


「……!」


 ソラリスが、一瞬だけ固まった。


「育ち盛りなんでしょう?」


「…………」



 何も知らないおばあちゃんの、何でもない一言だった。



 ――けれど


ソラリスは、ぱちぱちと瞬きをしたあと、少しだけ照れたように笑った。


「……はいっす」


 さっきまで寿司しか見えていなかった顔が、ほんの少しだけ違って見えた。

私は、それを黙って見ていた。



 ソラリスが、お寿司をパクつく様子を見て、おばあちゃんは微笑みながら言った。


「あなたたち3人、そうして並んでると、親子みたいね!」


「は!? お、おばあちゃん!? な、なにをっ……」


「なぁに? そんなに驚くことじゃないでしょう?」


「いや、驚くところだよぅ!!」


「何が?」


「あぅぅ……なんでもない~っ!!」



 ――そうだった。

この人に常識を求めた私が悪かった。



「ソラくん、お寿司好き?」


「大好きっす!!」


「じゃあ、いっぱい持ってきたから、た~くさんお食べなさい」


「ばーちゃんサマも、大好きっす!!」


「……早いな、お前」


 ジェミの呆れた声が飛んだ。



「この子たちも、れなちゃんの家族?」


 おばあちゃんが、今度は翠たちを見つめる。


「うん。翠とティアとエルピー」


「キュイ!」


「ニャ!」


「ピピッ!」


「あらあら。お返事できるのね! 賑やかになったわねぇ」



 ちなみに翠のことは、空飛ぶイルカ……ではなく、少し大きなオウムか何かの鳥に見えている……はず。


 私はちらりと、ジェミの方をみた。ジェミもその視線の意味を理解して、静かに頷いた。




「ばーちゃんサマ、こっちの巻き巻きしてるのも食べていいっすか!?」


「お前はさっきから、それしか言ってないな」


「お寿司は別腹っす!!」


「お前に別腹はいくつあるんだ」


「いっぱいっす!!」


 えっへん、と胸を張るソラリスに、また庭に笑い声が広がった。

私はその真ん中で、もう一度、明かりの灯る屋敷を見上げた。




 確かに昔は、広すぎると思っていた家。


 けれど今は――

おばあちゃんの言う通り、このくらいで、ちょうどいいのかもしれない。


 そんなことを思いながら、私はみんなの待つテーブルへ戻っていった。




「……それで? この子のご両親は?」


 その一言に、一瞬だけ全員が固まった。


「この子は、私の従弟(いとこ)なんですよ。

私が仕事でこちらへ来たので、それを頼って、留学してきたんです」


 ジェミがそつなく答えた。


「まあ! そうなの~!? 小さいのに偉いわね~!!」


「えへへへ。兄ちゃんが居てくれるので、平気っすよ~」


 ジェミとソラリスの『従兄弟(いとこ)設定』は、やはり当面の間、続くらしい。



「はい、おばあちゃんも、ここに座って、バーベキュー食べていってよ」


 私がお茶と、お皿に乗せたお肉や野菜を持っていった。


「ええ、ありがとうね。楽しそうだから頂いていくわ」


「いっぱい食べてね。ひとりだとあまり食べてないんでしょ?」


「ふふっ。こんなにたくさんは食べてないかも知れないわね~」


「じゃあ、もっと色々乗せてくるね!」


 そう言って、行きかけた私の手を掴んで、おばあちゃんが止めた。



「れなちゃん」


「うん? あ、なにか苦手なものとかあった?」


「違うわ。ねぇ、れなちゃん。彼、本当にあなたの『お兄ちゃん』なの?」



 その言葉に、一瞬、胸がドキッとする。

私は冷や汗が出る思いで、何かを言おうとしたが、言葉が出てこない。



「今はそういうことになっています」


 ジェミが後ろから、静かに答えた。


「……ん? 今は?? どういうこと?」


「そ、そこ、拾わないでぇぇっ!!」


「れなちゃん、何を慌ててるの……ふふっ」


 その様子を見ていたソラリスが、爆弾を落とした。



「兄ちゃん、れなサマのこと大好きっすよ? ね~!」


「そっ! ソラっち!!」


「それに、指輪もあげてたっす! ワタシ見てたっす……ふがふがっ!!」


 私は慌てて、ソラリスの口を塞ぐ。

けれど……

時、既にお寿司……じゃない、遅し。



「あらまあ! そうよねぇ? どう見ても、ジェミさんは欧米の方よねぇ?

れなちゃんの従兄(いとこ)というのは、ちょ~っと無理があるわ~」


「……っ、ははは、バレてしまいましたか」


 ジェミが澄まし顔で笑う。


「にっ、兄ちゃんっ!?」


 私はソラリスの口を塞いだまま、ジェミを睨みつけた。


「おばあ様のおっしゃるとおり、私とれなは血は繋がっていません。

れなのおじい様の兄嫁が、私の父の叔母になります。

ですので、れなとは血族ではない遠い親戚関係、ということですね」


 その説明に、おばあちゃんは、しばらく考えを巡らせていたようだが、ぽん!と手を打つと、「なるほどね!」と納得したようだった。


「だから、あなたとソラくんは、海外からこちらへいらっしゃったってことなのね!

ようやくわかったわ!! は~、スッキリした!!」



 おばあちゃんの納得した様子に、たつろーさんは「ふぉふぉふぉ」と大きく笑い、ロンは肉を焼きながら、口元に微笑を浮かべた。

さらに、おばあちゃんはすべてを察したように、私を見つめた。


「ふふふ……そういうことだったのね~」


「ちょ、ちょっと、おばあちゃんっ!? 何がそういうことなのっ!!」



 れなが耳まで真っ赤にして、慌てていたら、いつの間にか居なくなっていたソラリスが、突然叫んだ。


「ばーちゃんサマっ!! ぼたんエビとイクラがなくなっちゃったっす~!!」


「あらまあ! 大変っ!! ソラくん、ウニは食べてみた?」


「ウニ……どれっすか?」


「この黄色いやつよ」


「食べるっす!!」



 板のまま、ウニを持ってきていたおばあちゃんが、スプーンで大胆に掬って、そのままレモンを搾って塩をパラパラと振りかけて、ソラリスに渡してやろうとしたら、ソラリスは大胆にも、あーんと大きな口を開けた。



「ばーちゃんサマっ!! あ~んっす!!」


「まあまあ! この子ったら! かわいいわね~」


 まるで孫を甘やかすおばあちゃんそのものだ。

ソラリスは、初めて食べるウニに目をキラキラさせると、一口で山盛りのスプーンを頬張った。



「ぱくっ! もぐも……んっ!!」


「ソラっち? 喉に詰まったの!?」


 ソラリスが真顔で、私の方を向いた。その目は真剣そのものだった。


「…………あま~~~~い!!!」


「……!?」


「れなサマ! なんすか、これ!!

おくちに入れたら、ふわっと解けて、とろっと溶けちゃったっす!!

なのに、とっても甘くて、おいしいっす~!!」


 舌の上でほどけて、磯の香りと甘みが一気に広がったのだろう。

板ごと食べてしまいそうな勢いで、一列ずつスプーンで掬い始めた。



「……ぷっ、ぷははは! あははははは!!

よかったねぇ、ソラっち~! あははははは!!」


「ほらほら、ジェミさんも食べてご覧なさい? これ新鮮なのよ?」


「ありがとうございます。では……」



 ウニを小皿に取り分けながら、おばあちゃんはそっとジェミにささやいた。


「ジェミさん、れなちゃんをよろしくね……」


「……! はい。もちろんです……」


 ジェミは小さく笑って、庭の向こうでソラリスと騒いでいる私を見た。



「兄ちゃん! ソラっちがウニ独占してる!!」


「してないっす!! ばーちゃんサマにもらったっす!!」


「あ! いいこと思いついた! ソラっち、ちょっと待ってなさいっ!!」


 れなはそう言い残すと、キッチンへと走って行った。



「れなは何をするつもりだ?」


「恐らくですが……味覚実験をソラリスに教えるつもりなのでは?」


「味覚実験だと? どういうことだ」


「まあ、危険はございませんので、のちほどジェミさまも試してみられるとよろしいかと……フフフ」


「…………」



 れながトレーにいくつか品物を乗せて、戻ってきた。


「ソラっち、ソラっち! こっちも食べてみて? 美味しいウニの味がするからっ!!」


 それをみたロンは、「やっぱり」という顔をしてクスクスと笑った。




「れなサマ……これはなんすか……?」


「いいから、食べてみてよ。プリンよ、プ・リ・ン!」


「ぷりん!? あの黄色くてつやつやで、プルルンとしてるあれっすか?」


「そうよ! あのプリンよ!!

こうやって、黄色いところをお皿に乗せて~、醤油をかけます!!

あ、この醤油はおいしい、お高いヤツね!!」


「ぷりんに醤油をかけるっすか……? 美味しいっすか?」


「ソラっちは、美食家だから、食べたらわかるよ! ぐふふふ」


「……そのれなサマの笑い方が、なんだか怪しいっす……」


 ソラリスがジト目で見つめた。



「ものは試しよ? 地球の研究するんでしょ?」


「するっす!! じゃあ、あ~~んっす!!」


「はいはい。あ~~ん……」


「ぱくっ! もぐも……んっ!! んんっ!?」


「どう? どうどう?? ウニの味、するでしょ?」


「……ぷ、プリンを食べたはずなのに……ウニの味がするっす……。

なっ、何がどうなったらそうなるっすか!? ええええええ!!! 

頭の中がバグってるっす~~!!

じゃあ、今度はプリンの茶色いところも一緒に食べるっす!!」


「あっ、ソラっち! それはやめた方が……っ!!」


 残りのプリンに醤油をかけて、スプーンでぐるぐるかき混ぜると、ソラリスは一気に口に流し込んでしまった。



「グビグビ……ぐび……ぐっ……」


「あちゃ~、遅かったか……」


「……ぐはぁぁぁぁ!! マズいっす~~~!!!」


 その叫び声に、また庭中がドッと笑い声で包まれた。



「もぉ~、れなちゃんったら! 子供で実験しちゃだめよ?」


「だーって、ソラっちがウニ独り占めするからぁ!!」


「ぐぇぇぇ、マズいっす~! 本物のウニがやっぱり一番いいっす~!」


 涙声になるソラリス、それに、おばあちゃんの声と、みんなの笑い声が、夜の庭に広がった。


 昔は広すぎると思っていたこの家は、今夜も少しだけ狭く感じた。




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