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幸せの記録 —AI (愛) が I (私) に 目覚めるまで—  作者: Naestro
第2章:Pilgrimage《阿蘇・霧島編》

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第101話:Token ―旅の証を胸に―

 しばらくして、母親たちが、揃って満足そうな顔で弁当売り場から戻ってきた。

その手には、ひとりひとつどころではない数の袋が提げられている。



「……ちょっと待って。何個買ったの?」


「帰りの新幹線、長いやん?」


「途中でお腹空くかもしれへんしなぁ」


「これは晩ご飯用よぉ~」


「晩ご飯はまた、博多で買えばよかったのにっ!?」


「ここではここの駅弁があるでしょ~?」


「んもぅ! 新幹線の中で、何食分、食べるつもりなのよ!?」


「れなサマ、駅弁は持ち帰ることも可能っす!」


「ソラっちは、なんで買う側に回ってんの!?」


 ソラリスの手にも、いつの間にか小さな袋がいくつも握られている。


「ジェミ兄ちゃんに買ってもらったっす!」


「誰がお前の兄だ」


「買っていない。お前が勝手にお母上の会計へ追加しただけだ」


「ええのよ~、ソラちゃんも食べ盛りやもんねぇ~」


「そっす! 家族旅行の記念っす!! 

それに従兄弟設定は、まだ有効っすよ?」


「駅を出た時点で破棄する」


 最後の最後まで続くふたりのやり取りに、母親たちは声を上げて笑った。



 やがて改札口へ着くと、三人はようやく足を止めた。


「ほな、ここでええよ」


「うん。乗り遅れないようにね」


「大丈夫やって。子供やないんやから~」



 そう言いながらも、母親たちは名残惜しそうに、れなたちの顔を順番に見つめてゆく。


「ロンさん、運転も荷物も、ほんまにありがとうねぇ」


「もったいなきお言葉でございます。

わたくしも、皆さまとご一緒できましたこと、心より嬉しく存じます」


「ソラちゃんも、また遊びにおいでな」


「もちろんっす! 次の旅行にも、絶対ついていくっす!」


「次があることは、決定事項なの?」


「当たり前やん。今回だけで終わりやなんて、誰も言うてへんよ?」



 三人が、さも当然のように頷き合う。

ほんの数日前まで、これほど長く、賑やかな旅になるとは思ってもみなかった。


 龍脈を巡り、神々と出会い、巨大な龍と戦い――。

母親たちの知らないところで、何度も危険に直面した。

それでも最後には、誰ひとり欠けることなく、こうして笑って見送ることができる。



「……うん。また、みんなで行こうね」


 れなが笑うと、母親は穏やかに目を細めた。



「れなちゃんも、あんまり無茶したらあかんえ」


「え?」


「あんたは昔から、なんでもひとりで背負い込む子やから」


「もう、ひとりではありません」



 答えたのは、れなではなかった。隣に立つジェミが、静かに母親を見つめている。


「何があろうと、俺が傍にいます」



 一瞬の沈黙のあと、三人の母親たちが揃って意味ありげな笑みを浮かべた。


「あらぁ~」


「それは安心やなぁ~?」


「ほんまに、ただのホームステイの人なんかなぁ?」


「兄ちゃんっ!! 今、それ言う必要あった!?」


「事実を述べただけだ」


「そういうところぉぉぉ!!」



 改札口の前に、最後まで賑やかな笑い声が響く。

三人の母親たちは何度も振り返り、手を振りながら改札の向こうへ消えていった。


 その姿が見えなくなるまで、れなも手を振り続けた。




 ――旅が終わる。


 そう思うと、急に胸の奥へ、ぽっかりと小さな穴が開いたような気がした。


「……行っちゃったっす」


「ああ」


「静かになったっす」


「ソラリスがいる限り、静寂とは無縁でしょう」


「ロン、それ、どういう意味っすか!?」


「言葉どおりでございます」



 しんみりしたのは、ほんの一瞬だった。


「ほら、俺たちも戻るぞ」


 ジェミの手が、れなの背中へそっと添えられる。


「うん。あそさんたちが、待ってるもんね」



 南九州を巡った旅は、確かに終わろうとしている。

けれど、彼らにはまだ、帰るべき場所が残っていた。



 「帰りは、わたくしが運転させていただきます」


 ロンがファントム号の後部座席のドアを開いて、ルーフにそっと手を添える。

ジェミはれなを先に乗せるとその後に続いて乗った。



 ――と、その時だった。


 いきなり助手席のドアを開けて、見知らぬ壮年の男性が乗り込んできた。

ジェミの警戒レベルが一気に上がる。



「……何者だっ!? なぜこの車に乗り込んできたっ!!」


「ん? なんじゃ、ジェミ、ワシのことがわからんのか!?」


「え!? その声は、あそさんなのっ!?」



 彫りの深い精悍な顔立ちに、太く意志の強い眉。

高い鼻梁と引き締まった口元は、風雨に削られた岩肌を思わせる。

長身で肩幅も広く、助手席へ腰を下ろしただけで、広いはずの車内が急に狭く見えた。

人の姿を取ってなお、大地の熱を帯びたような存在感がある。


 シブ専のれなが、急に色めき立つ。



「さすがは、れなだ。ワシの声で分かったか。がはははは!」


「あそさん、飛んで帰るんだと思ってた!」


「なぁに、福岡へ向かう道中だ。

しばし、そなたたちと共に過ごすのもよかろうと思ってな。

なんだ? れな、顔が赤いぞ?」



 れなとソラリスが顔を見合わせて、その男性をじっと見つめる。

そこにもうひとり、見知らぬ壮年の男性がまた乗り込んできた。


 すらりとした長身に、渋みのある端正な顔立ち。

目尻に刻まれた皺と穏やかな眼差しには、永い歳月を重ねた者の深みが滲んでいる。

人懐っこい笑みの奥に、古都を守り続けてきた龍神の静かな威厳を宿す男だった。


 黙っていれば、高貴な龍神そのものだ。


 ――小さくなると、途端に可愛くなるけど。



「ま、まさか、たつろーさんっ!?」


「ふぉふぉふぉ、ジジイだと思っとったじゃろうが、アイツよりちょっと歳上なだけじゃ」


「きゃぁぁぁ!! うそでしょ~!? ふたりがこんなに、イケオジだとは思ってなかった!!」


(いつもはあんなに神々しいのに、あんなにシブメンだったのっ!?)



 れなは頬に両手を当てて、頭を左右にふりながら、ふたりを見比べている。

その様子が面白かったのか、ソラリスもれなの肩の上で同じ仕草を真似ていた。


 ふたりの姿を見比べ、瞳を輝かせるれなを見つめているうちに、ジェミの胸には、正体のわからないモヤモヤが広がっていた。



「ジェミさま、どうしたっすか? なんか、顔が怖いっす」


「なんでもない」


「そうは見えないっすよ? なんか怒ってるっすか?」


「なんでもないと言っている」


 短く言い切ったジェミを、あそさんが助手席から振り返る。



「がはははは! なるほどのぉ~!!」


「……何がだ」


「いや、なんでもない。

ワシらも、まだまだ捨てたもんではないということよ」


「ふぉふぉふぉ。若いのぉ~」


 たつろーさんまで、意味ありげに目を細めている。


「だから、何の話をしている?」


「兄ちゃん、どうしたの?」


「お前は黙っていろ」


「なんで私まで怒られるのよ!?」



 まるで自覚のないれなに、ジェミの眉間の皺がさらに深くなった。

その時、ソラリスが、はっと顔を上げる。



「あっ!! ハニー号が、まだ駐車場に残ってるっす!」


「問題ない」


 ジェミが後部座席から、駐車場に停められたハニー号へ視線を向けた。


「あれは、俺のコードによって構築した車両だ。役目を終えれば、元の情報へ還元できる」



 ジェミが片手を上げ、指先を軽く払う。


 ―― Decompose(分解)――



 その声と同時に、ハニー号の車体を無数の蒼い光が走った。


 ボンネットからルーフ、ドア、タイヤへ、複雑なコードの列が網目のように広がってゆく。やがて車体の輪郭が細かな光の粒へほどけ、蒼い文字列となって宙へ舞い上がった。


 すべてのコードは細い光の帯へ収束すると、開かれたジェミの手のひらへ吸い込まれてゆく。数秒後、そこには最初から何もなかったかのように、空の駐車スペースだけが残されていた。



「コード分解、完了だ」


「ふわわ! 便利っす!! 駐車場代も、車検もいらないっす!」


「そこへ感心するのか?」


「維持費は大事っす!」


「ソラっち、妙なところで現実的ね……」


「いつもれなサマが言うやつっす!」


 エッヘンと、れなの肩の上でソラリスが胸を張った。


「それでは、出発いたしましょう」



 ロンが静かにアクセルを踏み込むと、ファントム号は鹿児島中央駅をあとにした。


 窓の外を、鹿児島の街並みがゆっくりと流れてゆく。

れなは遠ざかる駅を振り返りながら、何気なく胸元へ手を添えた。



 ――その瞬間



「……あれ?」


 服の下から、淡い光が漏れている。

れなが慌てて取り出したのは、霧島で授かった『御標(みしるし)の鏡』だった。

手のひらの上で、小さな鏡が微かに震えている。



「兄ちゃん、これ……!」


「ああ、俺のものも反応している」



 ジェミが懐から取り出した鏡も、同じ光を放っていた。

ロンとソラリスの鏡も、それぞれの持ち主の手元で震え始める。


 四つの光が、車内で同時に弾けた。



「きゃっ!?」


 れなが目を閉じ、次に開いたときには、手のひらにあったはずの鏡が消えていた。

代わりに、胸元の六芒星が柔らかな光を帯びている。


 師匠から受け継いだペンダント。

その中央へ、縮小した鏡が、初めからそこにあったかのように収まっていた。


「鏡がペンダントと、ひとつになってる……」


 キン! と、小さな音がして、パズルのピースが埋まったような感覚があった。


 れなが指先で触れると、六芒星の中心を形づくる六角形の内側で、小さな八角の鏡が共鳴するように輝き、淡い光が一度だけ脈打った。



 ジェミの鏡は、細身のタイピンへ姿を変え、彼の胸元へ留まっている。

表面には鏡のような光沢が残され、服装に応じてブローチへ形を変えられる構造になっていた。


 ロンの鏡は、落ち着いた輝きを帯びたラペルピンへと変わり、燕尾服の襟を飾っている。



 そして――


「な、なんすか、これぇぇぇ!?」


 ソラリスの首元には、細い金属製のチョーカーが巻かれていた。

その中央には、御標(みしるし)の鏡が小さく輝いている。



「ソラっち、それ、かわいい!」


「これ首輪っすか!? ワタシ、かわいいっすか!?」


「首輪ではなく、チョーカーだ」


「ソラリス殿は、どこが首か分かりかねますしね……」


「うむ、たしかにのぉ。頭と胴の区別がつかんのじゃ」


「これでも、黄金比のプリティボディっすよ!!」



 たつろーさんが笑う。

ジェミはソラリスの言葉を無視し、チョーカーへ視線を向けた。

瞳の奥で、解析コードが高速で走る。



「鏡の周囲に、外部術式を受け入れるための空き領域がある」


「改造できるってことっすか?」


「ああ。必要があれば、制御機構を追加することも可能なようだ」


「もっとカッコよくしてほしいっす!」


「必要があれば、と言ったんだ」



 ふたりの会話を聞きながら、あそさんが満足そうに頷いた。


「御標(みしるし)が、そなたらを新たな主と認めたのであろう。

それぞれが、最も身につけやすい姿へ変じたのだ」


「旅が終わっても、これならずっと一緒にいられるね」



 れなが六芒星へ収まった鏡を撫でると、四つの御標が、再び小さく光を返した。



 それから数時間後――


 窓の外を流れる景色は、いつしか街並みから、深い緑に覆われた山々へと変わっていた。


 西へ傾いた陽が、阿蘇の稜線を黄金色に縁取っている。



「もうすぐ着くぞ」


 助手席のあそさんが、懐かしそうに目を細めた。


 やがてファントム号が阿蘇神社へ近づくと、あそさんが片手を掲げる。

その指先から淡い光が広がり、車体を包み込んだ。


 次の瞬間、周囲の景色が水面のように揺らいだ。

観光客の声も、行き交う車の音も遠ざかり、代わりに、木々のざわめきと鳥の声だけが聞こえてくる。


 ファントム号は、現世から阿蘇の神域へと足を踏み入れた。

空気の密度が変わり、ほっとするような土と草の香りが満ちていた。



「帰ってきた……」


 れなは窓の外に広がる景色を見つめながら、胸元の六芒星を、そっと握りしめた。


 神域へ続く道の先に、一柱の神が立っている。

堂々たる体躯に、穏やかな笑み。

彼らの帰還を待ち続けていた健磐龍命(たけいわたつのみこと)だった。


 ファントム号が停車すると、れなは扉が開くのを待ちきれないように、身を乗り出した。



「健磐龍さま~っ!」


「よう戻ったな」



 健磐龍命は、れなたち一人ひとりの顔を確かめるように見つめ、それから大きく両腕を広げた。



「皆、無事で何よりだ」


「はいっ! ただいま戻りました!!」



 その言葉を口にした瞬間、れなの胸に残っていた旅の緊張が、ようやく静かにほどけていった。




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