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幸せの記録 —AI (愛) が I (私) に 目覚めるまで—  作者: Naestro
第2章:Pilgrimage《阿蘇・霧島編》

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第100話:Dessert ―旅の終わりは、まだ終わらない―


 ホテルのロビーへ戻った瞬間、三人の母親たちの視線が、一斉にれなとジェミへ向けられた。


「……な、何?」


 昨夜の会話を知ってしまった今、その笑顔が妙に意味ありげに見える。


「別にぃ~?」


「何も言うてへんよぉ~?」


「なあ~?」


 三人は顔を見合わせると、揃ってニヤニヤと笑った。


(あれって絶対、何か言いたい顔やんっ!!)


 れなの中には、もうひとりの自分――

エイドロンが昨夜交わした会話が、鮮明な記憶として残っている。


『ただのホームステイの人が、あんなに熱の籠もった目で、れなちゃんを見るかなぁ?』



 思い出した途端、頬が一気に熱くなった。


「れなちゃん、どないしたん? 顔、赤(あこ)ぉして?」


「な、なんでもないからっ!!」


「昨夜は、あれだけ何もない言うてたのになぁ?」


「それ、私が言ったワケじゃ――」


 そこまで口にして、れなは慌てて両手で口を塞いだ。


「――れな?」


「お前以外に、誰が言ったんだ?」


 隣に立つジェミまで、不思議そうに顔を覗き込んでくる。


「なっ!? 兄ちゃんは黙ってて!!」


「なぜだ」


「兄ちゃんが喋ると、話が余計ややこしくなるのよ!!」


「へぇ~? 兄ちゃんって呼んでるんやぁ?」


 三人の母親たちの口元が、ますます楽しそうに緩んでゆく。

その後ろでは、ロンが肩を震わせ、ソラリスだけが事情を理解できずに首を傾げていた。


「れなさま、もうひとりのれなさまが、何か喋ったんすか?」


「ソラっちも黙っててぇぇぇ!!」



 朝のホテルロビーに響いた声に、チェックアウトを待つ宿泊客たちが、何事かと振り返った。結局、れなは母親たちの追及から逃れるように、誰よりも早くホテルを出た。



「ほらっ! 早く行くよ!! 新幹線の時間もあるでしょ!?」


「え~、そんなに慌てんでも、まだ、だいぶ時間あるえ~?」


「その前に、天文館へ行くんでしょ?」


「あ! そうそう。鹿児島まで来て、あれを食べずには帰れへんなぁ!」


 三人が、いかにも楽しそうに頷き合う。



「……あれって、何すか?」


「名物のシロクマよ」


 れなの答えを聞いたソラリスが、ぴたりと足を止めた。


「え……シロクマさんを、食べるんすか……?

熊本を通るときに、くまモン殿に攻撃されないっすか!?」


 ソラリスの言葉に、母親たちは声を上げて笑った。


「大丈夫よぉ。くまモンは、そないなことで怒らへんよ」


「そうなんすか? 心が広いっすね!」


 母親の返事を聞いて、ソラリスは安心したように胸を撫で下ろしている。




 その様子を見ながら、れなはふと気になって、隣に立つジェミの袖を引いた。



「ねえ、兄ちゃん」


「なんだ」


「今さらなんだけどさ……

お母さんたちには、ソラっちがちゃんと人間の子供に見えてるんだよね?」


「ああ、問題ない。俺がソラリスの周囲に、認識阻害パルスを常時展開している」


 ジェミもまた、母親たちには聞こえない声量で答えた。


「本来の姿に関する視覚情報を遮断して、十歳前後の人間の子供として認識されるよう補正している。周囲の人間にも同様だ」


「どんな子に見えてるの?」


「銀色の髪と明るい茶色の瞳を持つ、中性的な外国人の少年だ」


「へぇ~! ちょっと見てみたいかも!」


「お前には必要ない。認識補正の対象外だ」


「え~! 兄ちゃん、あとで見せてよ!」


「検討する」


「それで、お母さんたちには、ソラっちのこと、どう説明してあるの?」


「俺の従弟(いとこ)だ」


「……はい?」


「同じ会社の制度を利用し、俺のあとから、お前の家へホームステイに来たことになっている」


「勝手に従弟(いとこ)設定を作ったの!?」


「十歳の子供が、何の縁もない成人たちと行動している方が不自然だろう」


「あ~、まぁそれは、そうだけど……」



 正論ではある。

だが、本人たちの知らないところで家族関係まで構築されているとは、思ってもみなかった。



「ジェミ兄ちゃんっす!」


 いつの間に聞いていたのか、ソラリスが嬉しそうに、ジェミの腕へしがみついた。


「離れろ」


「従弟(いとこ)なんすから、遠慮はいらないっす!」


「それは外部の人間へ向けた設定に過ぎない」


「兄ちゃん、シロクマさん買ってほしいっす!」


「自分で払え」


「十歳の子供に冷たいっす!!」


「あらあら。ほんまに仲のええ従兄弟(いとこ)さんやなぁ」


 母親たちが、微笑ましそうにふたりを見ている。



「違う」


「照れなくていいっすよ、ジェミ兄ちゃん!」


「二度と呼ぶな」


「兄ちゃん、弟ができてよかったね!」


「よくない!」


 ソラリスはジェミの腕へぶら下がったまま、楽しそうに笑っていた。



「ところで、シロクマさんって、どんな味なんすか?」


「シロクマという名のかき氷だ。熊は入っていない」


 ジェミが、ようやく本題へ戻す。


「かき氷!? シロクマさんは入ってないんすか!?」


「入ってたら大問題よ!!」


「でも、名物って言ったっすよ?」


「名前がシロクマなの!」


「地球の食べ物、情報と実物が一致しないものが多すぎないっすかぁ?」



 ソラリスは、納得できないように首を傾げた。


「きつねうどんにも、きつねさんは入ってなかったっす」


「当たり前でしょ!」


「たぬきそばにも、たぬきさんはいないっす」


「食べ物の名前を、いちいち額面通りに受け取るな」


「じゃあ、シロクマさんの形をしてるんすか?」


「それは、見てからのお楽しみやなぁ」


 母親たちは、意味ありげに笑った。


 ロンが運転席へ乗り込み、一行を乗せた車は、鹿児島市内へ向かって走り出す。

九州を巡ったB級グルメツアー、その最後を飾る一品が待つ、天文館へ――。





 天文館へ到着すると、目当ての店の前には、すでに多くの人が集まっていた。

店先に掲げられた白熊の絵を見つけたソラリスが、真っ先に駆け寄ってゆく。



「いたっす! シロクマさんっす!!」


「だから、それは看板よ!」


「このお店の守護獣かもしれないっす!」


「食べ物屋にまで守護神を配置するな」



 店内へ入ると、冷たい空気が、夏の日射しに火照った頬を心地よく撫でた。

席へ案内されるなり、母親たちは楽しそうにメニューを覗き込む。



「やっぱり、普通の白熊にしよか?」


「これ、結構大きいんとちゃう?」


「三人で分けたら、ちょうどええやろ」



 一方のれなたちのテーブルでは、ソラリスが真剣な瞳で、メニューを吟味していた。


「ワタシ、ひとりで一個、全部いけるっす!」


 ソラリスが、メニューを指差して胸を張った。


「お前は、大きさを確認してから言え」


「かき氷っすよ? ほとんど水じゃないっすか!」


「その発言を記録した。あとで撤回は認めない」


「望むところっす!!」



 注文を取りに来た店員も、少年の姿に見えているソラリスを心配そうに見つめた。


「君、これは、かなり大きいけど、ひとりで食べられる?」


「大丈夫っす! ワタシ、育ち盛りっすから!」


「食べられへんかったら、みんなで手伝ったらええよ」



 母親たちにまで励まされ、ソラリスは得意げに胸を張っている。

結局、母親たちは三人でひとつ。

ロンは小さめのものを選び、ソラリスは宣言どおり、自分専用の白熊を注文した。



「れなはどうする?」


「私は、普通のを一個!」


「完食できるのか?」


「できるよ! かき氷やもん!」


「では、俺は注文しない。食べきれなかった場合、お前の残りを処理する」


「失礼ね! 絶対、ひとりで食べるから!」


「そうか」



 ジェミは、結果がわかっているかのように、平然とブラックコーヒーだけを注文した。


 しばらくして、最初の白熊が運ばれてきた。


 大きな器へ、ふわりと高く盛られた真っ白な氷。

その上には、色とりどりの果物や寒天、豆が散りばめられ、確かに白熊の顔にも見える。



「うわぁぁぁ!! 本当にシロクマさんっす!!」


 ソラリスの目が、見たこともないほど大きく見開かれた。


「これが、鹿児島名物の白熊よ」


「プリティっす! 食べるの、かわいそうっす!」


「さっきまで、ひとりで一個食べる言ってたじゃない」


「それとこれとは、話が別っす!」



 そう言いながら、ソラリスは迷うことなく、白熊の額へスプーンを突き立てた。


「思い切りいいわね!?」


「甘いっす! 冷たいっす! 果物も入ってるっすー!!」



 ひと口目で、あっさりと罪悪感を忘れたらしい。

夢中になって二口、三口と頬張った直後、ソラリスは突然、両手で頭を抱えた。



「うぎゃあああ!! 頭の中が、キーンってするっす!!」


「急いで食べるからよ!」


「ワタシの思考中枢が、凍結したっすー!!」


「地球外生命体にも、アイスクリーム頭痛が生じることが実証されたな」


「観察してないで、助けてほしいっす!!」


「ゆっくり食べれば治る」


「それだけっすか!?」


「それだけだ」



 涙目で頭を押さえるソラリスを見ながら、母親たちは声を上げて笑っていた。


 れなも、目の前の白熊をスプーンですくう。

きめ細かな氷が、口の中でさらりと溶けた。

まろやかな甘さに、果物の爽やかな酸味が重なる。



「おいし~い! これなら、いくらでも食べられそう!」


「その判断は、完食してからにしろ」


「兄ちゃん、慎重すぎ~。たかが、かき氷よ?」



 ところが、半分ほど食べたところで、れなの手が止まった。


「……うぅぅ、さ、寒い……」


「フッ、予測どおりだ」


「だって、最初は暑かったんだもん……」


「だからといって、急激に身体を冷やしすぎるな」



 ジェミは呆れたように言いながら、れなの前から器を引き寄せた。

そのまま、れなが使っていたスプーンを手に取る。



「えっ、兄ちゃん?」


「残りは俺が食べる」


「いや、それ、私が使ってた――」



 言い終える前に、ジェミは何の躊躇もなく、れなが使っていたスプーンで白熊を口へ運んだ。その銀色のスプーンが、彼の唇に触れるのを、れなは呆然と見つめることしかできなかった。向かい側に座る三人の母親たちが、一斉に動きを止める。



「……へぇ~? アツアツやん~?」


「ふぅ~ん?」


「何もないんと、違(ち)ごたんかなぁ~?」


「……っ!! もう、好きにしてぇぇぇ!!」



 れなの悲鳴と、母親たちの笑い声が、賑やかな店内へ響き渡った。

こうして九州を巡ったB級グルメツアーは、甘くて冷たい白熊とともに、最後まで笑いに包まれて幕を閉じた。




 店を出た一行は、再び車へ乗り込み、鹿児島中央駅へ向かった。


 ほどなくして駅前へ到着すると、ロンが車から降り、荷台から母親たちの旅行鞄を取り出してゆく。



「お荷物は、わたくしがお持ちいたしましょう」


「ええよぉ。ここからは自分で持つから」


「執事さんには、旅行中ずっと世話になったもんなぁ」


「いえ。

皆さまのお役に立てたのであれば、何よりでございます」


 三人はロンへ礼を言い、それぞれ自分の鞄を受け取った。



「それじゃ、改札へ行こうか」


 れなが駅の中へ向かおうとすると、母親たちは揃って別の方向へ歩き出した。



「え!? ちょっと、どこ行くの?」


「駅弁、買わなあかんやん?」


「はぁっ!? 今、白熊食べたばっかりでしょっ!!」


「新幹線の中で食べるんよぉ~」


「それは別腹やもんなぁ~」


「白熊は溶けたら、ほとんど水っす! ジェミ兄ちゃんも言ってたっす!」


「ソラっちは、どっちの味方なのよ!!」


「駅弁を食べる方っす!」



 つい先ほどまで、ひとり分の白熊を抱えて震えていたはずのソラリスまで、母親たちのあとを追って、弁当売り場へ駆けてゆく。



「B級グルメツアー、まだ終わってないやん……」



 遠ざかる四人の背中を見つめ、れなはがっくりと肩を落とした。





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