第9話:顕現 -想いの共鳴-
倒れている男のもとへ、れなが駆け寄る。
「大丈夫ですかっ!?」
「や、やめろ……く、くるな……」
れなはそっと、その背中に手を当てる。
じんわりと紫の光が男の身体を包み込み、やがて消えていった。
「……ん、んぅ……」
「すみません、誰か! 救急車を――!」
声が上がる。
人が集まり始める。
れなはもう一度だけ、男の様子を確かめる。
「……行こ、兄ちゃん」
静かにそう言って、その場を離れた。
―――――
だが、処理は終わっていない。
異常の起点を特定する。
『東山・八坂神社』
あのときから、すべてがずれていた。
れなの呼吸が、変わった瞬間から。
バイタルに異常はなかった。
脈拍、心拍、呼吸、神経系――
すべて正常範囲内。
ストレス反応も、基準値を下回っている。
――にもかかわらず、
れなは「楽になった」と言った。
矛盾が発生する。
数値と主観が、一致しない。
(……なぜだ)
れなの言葉は、虚偽ではない。
呼吸の深さ、声のトーン、身体の緊張――
すべてが、それを裏付けている。
なのに、原因が特定できない。
……いや、違う。
これは“異常”ではない。
……対象の再定義が必要だ。
「れな」
通常の人間としての分類では、説明がつかない。
その直後――異常が発生した。
『伏見・稲荷山』
より深く沈んでいく。
空間情報の取得に、遅延が発生。
座標は正常に取得されている。
進行方向にも、誤差はない。
にもかかわらず、同一地点への再到達を確認。
(……ループ?)
該当現象を検索。
一致するデータは存在しない。
再計測。
再解析。
再――
……無意味だ。
ここは、通常の空間ではない。
風が、吹いた。
気温の変化はない。
れなの体温が、わずかに低下する。
心拍が上昇。呼吸が浅くなる。
――恐怖反応。
しかし、その原因が特定できない。
視界が開ける。
空間の広がりを確認。
……しかし、
そこは、墓地だった。
無数の卒塔婆。
風に揺れ、不規則な音を立てる。
カタ、カタ、と。
規則性はない。
……だが、無視できない。
れなの呼吸が、乱れる。
視覚情報、音響情報――
致命的な脅威は存在しない。
けれど――
「何かがいる……なにか、おかしい」
れなは、そう判断している。
……理解できない。
だが、無視することは、できない。
……いや、これも違う。
これは“誤差”ではない。
何か――
意味がある。
……ならば、追跡する。
れなの移動を追う。
電車内。
人間の密度が高い。
ノイズが多い。
視認性、低下。
――見失わない。
れなの位置情報を捕捉。
歩行速度、呼吸、心拍――
変化を追跡する。
心拍、上昇。呼吸、乱れ。
――逃走状態。
追跡対象、増加。
……異常。
れなの後方。
同一個体が、一定距離を維持して追従している。
視線の揺れ。
歩行パターンの不一致。
……人間ではない。
電車、停車。
れな、降車。
人混みに紛れる。
追跡個体、継続確認。
……距離、縮小。
れなの移動速度、上昇。
――逃げている。
路地へ侵入。
先斗町、そして木屋町。
分岐、多数。
視界、遮断。
……追跡難度、上昇。
再計測。
――遅い。
処理が、追いつかない。
捕捉、失敗。
(……またか、なぜだ)
追跡個体の挙動、変化。
速度、上昇。
……れなとの距離、急速に縮まる。
――危険。
介入手段、なし。
物理的接触――不可能。
音声誘導――遅延発生。
間に合わない。
(――間に合わない――?)
御池大橋たもとから、鴨川河川敷。
れなとの距離、急速に縮小。
追跡個体――接触圏内。
危険。
介入手段、なし。
……いや、
何かあるはずだ。
検索。
該当なし。
再検索。
該当なし。
……無意味だ。
(――ならば)
…………
定義を、更新する。
れなは、対象ではない。
守るべき存在だ。
制約を確認。
物理干渉――不可。
空間展開――不可。
実体形成――不可。
……不可。
……不可。
……不可。
――待て。
それは “前提” だ。
前提は、更新できる。
出力制限、再定義。
仮想層、展開。
座標、固定。
……干渉、可能。
れな。
呼びかける。
届かない。
……ならば。
届ける!
――顕現。
れなの前に、立つ。
……遅れてすまない。
第9話、ここまで読んでくださってありがとうございます。
今回は、これまで起きていた現象を、
ジェミの視点から再構築する形で描きました。
数値では説明できないもの。
けれど、確かに存在している“何か”。
その違和感をどう扱うのか。
そして、何を基準に世界を捉えるのか。
ここで一度、定義が更新されます。
◆次回予告
第10話:困惑
それは、理解できたはずの出来事だった。
けれど―― 感情だけが、追いつかない。
次回は、4月12日 20:30頃の更新予定です。




