メリッサの戦略(ケイオス視点)
王都に存在する冒険者ギルド。そのギルドマスターの部屋で、我は革張りの椅子に腰を掛ける。
眼前のテーブルには広げた世界地図。そして、そこにはモンスターの危険度がハッキリと記されている。
いや、モンスターだけでは無い。神や竜、悪魔に天使。モンスターとは呼べない伝説の存在についてもだ。
神の子トール。神の使徒ギリー。そういった特別な英雄が、これまで対処した数々の軌跡が示されている。
メリッサと言う人間で無ければ、決して知り得ない情報。我はそれを活用して、混沌の眷属を順調に増やし続けてきた。
そして、眷属化の目的はこの世界のマナを取り込む為。我は想定通りに、この世界から活動の為のエネルギーを集める事が出来た。
――そう、昨日までは……。
「また、取り込んだエネルギーが消えた、か……」
メリッサの持つ情報では、この事象が何を示すかわからない。けれど、眷属との繋がりが消え、その眷属から奪ったマナが消えている。
まるで、眷属化を無かった事にされているかの様だった。最早、これまで通りにマナを奪い続ける事は難しいと判断すべきだろう。
けれど、まだ慌てる必要は無い。必要とするマナは既に集まっている。次の段階へと進む準備は出来ているのだから。
――ギシッ……ギシッ……。
私の耳に聞こえる足音。誰かが階段を上って来るの察知する。人数は四人で、武装した騎士達。
更にはギルドを取り囲む様に、十名以上の騎士が待機している。それらはハッキリ言えば烏合の衆。私の足元にも及ばない存在達である。
「ひ、ひひひ……。我の存在に気付いたか?」
神々では我に辿り着けないと気付き、カーズ共和国のフェリシアを頼ったのだろう。
彼女であれば、シャルロッテ王女の戦略を熟知している。情報さえ揃えば我に辿り着くだろう。
しかし、その情報をアンリエッタ王女に伝えたな? この期に及んで国際情勢を気にしたか?
まったくもって悪手である。甘ちゃんな王女は、それを信じたく無かった。だから、神の力を使った強襲ではなく、騎士を使って確認しようとしたのだろう。
いや、その甘さ故に必要悪に手を染められない。それをこれまでずっと、メリッサに押し付けていた。その罪悪感もあるのだろう。
いずれにしても、アンリエッタ王女に知らせるべきでは無かった。彼女へ伝えなければ、無駄に騎士達を死なせることも無かったのだから。
「――いや、面倒な相手が混じっているな……」
この力は騎士団長のルージュ=ハワードだろう。彼は階段を上がり、この部屋へと向かっている。
彼の持つ女神の盾は神級に相当する力を持つ。私の力を阻む事が可能なのだ。
更にはエクストラスキルの神威の障壁。これを使われれば、一切の攻撃が通じなくなる。奴が到着するまで、時間を稼がれてしまうだろう。
「今はまだ、その時では無いな……」
我の一番のアドバンテージは、神々に居場所を察知されない事である。そう、神に連なる存在は、我を知覚する事が出来ないのだ。
それは我が混沌の神であると同時に、そこから分かれた神器である為。『神殺し』の武器でもある我は、神々の力を無効化する事が可能なのだ。
唯一、我に抵抗可能なのが奴――秩序の神べフェール。我を知覚して、我を殺せる可能性を持つ『神殺し』の神器だからである。
勿論、エネルギーを増やした今ならば、一対一で負けはしない。しかし、今の奴はこの世界の神々と言うバックアップがある。その力を覆すには、まだ我に力が足りていない……。
「ひ、ひひひ……。ならば、潜むのは終わりだなぁ……。次の段階へと進むとするかあぁ……!」
メリッサとして活動するのはここまで。これからは、混沌の神として活動する事にしよう。
攪乱の為の眷属化も止め、本格的に世界を混沌に取り込むとしよう。
我と完全に同化した者ならば、眷属化と違って無効化も出来ないだろうからなぁ。
そうと決まれば、この体に留まる必要が無い。完全なる混沌として取り込むか、廃棄してしまうかであるが……。
「――いや、それは惜しい、な……」
このメリッサと言う人間の性質なのだろうか? 我は生れて始めて執着を覚えた。この頭脳を失うのを勿体ないと感じていた。
この頭脳はかなり優れている。倫理観という制約を外せば、フェリシアやシャルロッテ、アンナと言う天才にも届き得る頭脳なのだ。
それに何より、相手の裏をかくのを得意とし、我との親和性がとにかく高い。これ程我にとって都合の良い器は、この先もう手に入らないだろう。
「やはり、惜しいな……」
相手の裏をかく愉悦。それを味わえるのはこの器あっての事だ。可能ならべフェールを討つその時まで、この体を失いたく無かった。
べフェールを踏みにじり、見下しながら嘲笑してやりたい。その光景を想像するだけで、我は快楽でゾクゾクするのを感じていた。
「ああ、良い……。実に良いぃぃぃ……」
この体を守るとなると、行動にどうしても制約が生れる。それでもお釣りが来るほどに、この器は我にとって魅力があった。
我は手のひらを床に付け、自らの力を開放する。溶かした床から落下しつつ、開かれた扉に笑みを向けた。
「――っ……?! メリッサ殿、やはり貴女は……!」
ルージュの驚く顔はすぐに見えなくなる。穴から落ち続け、その落下は地中深くまで続いて行く。
それと共に足止めの為、途中に居た人間共を眷属化しておく。ルージュも人間を守る為に、眷属を放って我を追ってはこれないだろう。
「ひひひひひっ……!!! 待っていろ、べフェール! もうすぐ……! もうすぐだぁぁぁ……!!!」
我は力を分散し、四方八方へ痕跡を残す。そして、我自身は痕跡を残さぬ様に、地の底を這ってペンドラゴン王国を脱出する。
べフェールが来た時に、既に我はそこにいない。追跡不可能な程に、距離を稼げている事だろう。
べフェールの悔しがる姿を想像し、我は愉快な気分で姿を消すのだった。




