トールの決意
混沌の神ケイオスが逃げた後、俺達は父さんの居る白亜の塔に集まった。今のメンバーは俺と父さんの他に、アンナさん、ミーアさん、べフェール……。
そして、シャルロッテ元王女――いや、姉さんの家庭教師のアルトリアである。彼女はいつも通りのメイド服姿であった。
父さんは微笑みながら、アルトリアへと声を掛けた。
「奴は読み通り逃げたね。流石はアルトリアだ」
「き、恐縮です、アレク様……。はぁ……はぁ……」
父さんに褒められたアルトリアは、恍惚の表情を浮かべていた。父さんへの信仰心が天元突破している彼女からすれば、その誉め言葉は最高のご褒美なのだろう。
俺はその表情に若干引き、ミーアさんはもの凄く嫌そうな顔をしている。そして、空気を変える為か、それを無視してアンナさんが呟く。
「やっぱり、メリッサの記憶を元に判断してるんだね。シャルロッテの存在を知っていれば、こんなに簡単に引っかからなかっただろうし」
「うん、そうだね。アルトリアがシャルロッテ元王女である事は、アンリエッタにも知らせていない秘密だ。まあ、アンナとトールは自力で気付いたんだけどさ」
そう、シャルロッテ王女が父さんの使徒になり、今も存命である事を知る者は少ない。神々とその使途を除けば、俺とアンナさんが知る程度だろう。
何せ一度はペンドラゴン王国を滅ぼした主犯の一人だ。女神フローラム様の指示で使徒となったが、おいそれと人々に知らせて良い内容では無い。
その事情のお陰で今回は、彼女が裏で暗躍する事が出来た。フェリシアさんから連絡を受けて、母さんの行動を監視し続けていたのである。
「これで一先ず、ペンドラゴン王国が戦場にならずに済んだ。折角、皆が立て直した国だからね。また、神々の都合で滅びるのは忍びないしね……」
「「…………」」
ジト目でアルトリアを睨むミーアさん。それに対して、素知らぬ顔でそっぽを向くアルトリア。
俺が正体を知ってから、こういう光景は良く目にする。もしかすると、この二人は案外仲が良いのかもしれない。
まあ、それはさて置き。俺は気になっていたことをべフェールに確認する。
「ルージュ団長に確認したけど、ケイオスは母さんの姿で逃げたらしい。つまり、まだ母さんは完全に取り込まれていないって事だよね?」
『恐らくはそうだ。完全に取り込んでいれば姿を維持出来ない。その姿を維持したと言う事は、ケイオスは彼女を残す事に価値を見出したのだろう』
白騎士べフェールは目を青く点滅させる。それは肯定を示している時の色である。
しかし、次いでその目が黄色く点滅する。それは肯定でも否定でも無く、警告を示す色だと俺は認識していた。
『ただ、前にも言ったが期待はするな。ケイオスと切り離せたとしても、彼女が元の状態に戻る可能性は非常に低い』
「うん、それはわかってる……。それでも、少しでも可能性があるなら諦めたく無いんだ……」
フェリシアさんから連絡があり、ケイオスは母さんに憑りついていると気付いた。そして、べフェールはそれを聞いて、半分だけ同化したのだろうと判断した。
本来、眷属化であれば、刻竜の力で時間を巻き戻せる。そうすれば、完全な状態に戻るはずだった。
しかし、同化となると話が変わる。その魂が混沌の神と一つになり、神の力での干渉は出来なくなるらしいのだ。
つまり、完全に取り込まれる前に、母さんをケイオスから切り離す必要がある。その上で、母さんの魂がどれだけ残されているかで、母さんが元に戻れるかどうかが決まる。
べフェールが言うには、魂の半分以上が残っていれば元に戻せる可能性が高い。しかし、ケイオスにとって必要なのは頭脳のみ。半分以上が同化しているとべフェールは予想した。
その場合は完全に元の状態に戻せない。場合によっては切り離した直後に命を落とす。父さんの力で転生を行う事も出来ないだろうとの事だった。
それでも、俺にとっては愛情を注ぎ、ここまで育ててくれた母さんである。どうにか助けたいと俯く俺に、父さんは肩を握って力強く告げた。
「最善を尽くそう。ボクもメリッサの事を、諦めるつもりは無いよ」
「父さん……」
見れば父さんの瞳は力強く輝いていた。その瞳にはまだ、諦めの色が見られなかった。
それに勇気付けられ、俺は父さんに微笑んで頷く。すると、それを見計らう様に、室内に神気が溢れ出した。
振り返るとそこには次元の扉が開き、ゆっくりと歩み出る女神フローラム様の姿があった。
「そろそろ準備は良いかしら? 獲物が網に掛かりましたわよ♪」
「うん、姉さん。準備は出来ている。それじゃあ、向かおうか……」
父さんは皆に視線を這わせる。視線を向けられた者達は、覚悟を決めた顔で頷く。この場の全員が、ケイオスと戦うメンバーだからだ。
ケイオスは『神殺し』の神器。彼に討たれた神は、その存在を取り込まれる。そして、この世界からその神が司る力が消える。
例えば、女神フローラム様が消えれば、世界から『繁殖』と言う概念が消えると言う事だ。それは余りにも世界への影響が大き過ぎる。
それ故に、他の神々はこの戦いを静観する事になっている。まずはこの世界から消えても影響の少ない父さん――『転生』に関わる者のみで対処を行うのだ。
フローラム様は特例で――というか、神々のルールを無視し――空間を自在に移動できる。俺達全員に微笑みながら、その手をゲートへと翳した。
「ふふふ、お行きなさい。期待してるわよ、アレク?」
「うん、行って来るね。妻を取り戻して帰って来るよ」
そう告げると父さんは、次元の扉へと足を向ける。その背中に俺達も続く。
――必ず母さんを助ける……。
俺はそう決意しながら、神器『騎士王の剣』を握りしめるのだった。
これにて中編終了となります。
後編は8月のお盆辺りを予定しています!




