アレク、アンリエッタと再会する
ペンドラゴン城の自室。今のボクは、そこで一時の休息を取っていた。
ソファーに背を預け、ボクは大きく息を吐く。
「これで、準備は整った……」
あの会合から三週間が経つ。その間にボクと仲間達は、伝説級の装備を三つ入手した。
一つ目は『天竜の鎧』。光属性を持つ鎧で、全属性ダメージを軽減する効果がある。これで、ルージュの防御力が大きく上昇する。
二つ目は『風竜のブーツ』。俊敏性に大きな補正が掛かり、風属性の加護も得られる。これで、ギリーの攻撃、回避、防御能力がバランス良く上昇する。
三つめは『土竜の爪拳』。高い攻撃補正を持ち、土属性の追加ダメージも付く。これで、ハティの攻撃能力が大きく上昇する。
「後は、ボスの攻略か……」
準備は万全と言えない。本来なら、伝説級で装備を固め、挑むべき相手なのだ。
しかし、万全を期すなら、半年以上の時間が必要となる。帝国の脅威を前に、それだけの時間は悠長過ぎる。
なので、今の装備、メンバーでボスへと挑むのだ。この世界で伝説を残す、強大な存在へと……。
――と、不意にノックの音が響く。
「アレク様、アンリエッタ様がお見えです。お通しして宜しいでしょうか?」
声の主はギルだ。彼はボクへと、入室の許可を求めていた。
……そういえば、忘れていた。今日はアンリエッタが来る日だったな。
「問題無いよ。入って貰って」
ボクは平静を装い、ギルへと返事を返す。流石に忘れていたとは言えないしね……。
そして、ボクの返事によって扉が開かれる。ギルが爽やかな笑みをボクへと向ける。
「それでは、私はしばらく席を外させて頂きます。ギリー様が外で警護をされてますので、何かあればそちらへ……」
「うん、わかった。案内ありがとう」
ボクの返事を聞き、ギルは静かに頷く。そして、アンリエッタを入室させ、自分は扉を閉めて去っていく。
久々の再会なので、ギルなりの気遣いかな? 彼なら同席しても問題無かったけどね。
ボクは苦笑を浮かべる。そして、部屋に残ったアンリエッタへと視線を移す。
「やあ、顔を合わせるのは一年ぶりだね?」
「はい。一年ぶりの再会になりますね……」
ボクを見つめるアンリエッタ。今の彼女は、清楚な白のドレス姿だった。
腰まで伸びるブロンドヘアー。おっとりした表情。それでいて、強い意志を感じさせる瞳。
一年ぶりに会うアンリエッタは、ボクの記憶にある姿のまま……。
「――いや」
ボクの知るアンリエッタは十九歳の姿だ。そして、今のアンリエッタは二十歳。少し大人っぽくなった気がする。
まあ、だからといって、何かが大きく変わった訳ではないんだけど。
「さあ、馬車での移動で疲れただろう? 座って話をしようか」
「……ええ、それでは」
ボクは小さなテーブルを挟み、向かいのソファーを勧める。
何故かアンリエッタは、僅かに顔を顰める。しかし、気のせいだったのか、そのまま笑顔でソファーに座った。
「それで、早速で悪いんだけど、すぐに式の段取りを話したいんだ。午後からまた打ち合わせでね」
「え……。その……とても、お忙しいのですね……?」
アンリエッタは眉を下げ、寂しげな笑みを浮かべる。ゆっくりと、話せると考えていた為だろう。
そして、ボクとしても余裕があれば時間を作った。アンリエッタとゆっくり話がしたかった。
……ただ、今は私情で時間を裂ける状況でも無いのだ。
「うん、とても厳しい状況でね。皆が一丸になって帝国の脅威に備えている。ボクが引っ張って行かないと、本気で王国は滅ぶかもしれないんだ」
「そう……。その様な状況ですの……」
ボクの答えに、アンリエッタは俯いてしまう。どうやら、状況を察してくれたらしい。
ボクは内心で胸を撫で下ろし、話を進める事にした。
「それで、一週間後の結婚式の段取りだけど……」
「ア、アレク……。その前に、少し……」
ボクの話をアンリエッタが遮る。強い意志を宿した瞳が、ボクを真っすぐ見つめていた。
そして、アンリエッタは僅かに胸を反らし、ボクへと問い掛けて来た。
「何か……。気になる事はありませんか……?」
「え……?」
アンリエッタは姿勢を正し、ボクからの答えを待つ。その表情から、何かを期待しているとわかる。
その為、ボクはアンリエッタを改めて観察する。雰囲気から察するに、服装に関する事だろう。
アンリエッタの恰好は白のドレス。ほんのりと青みがかっており、上品な仕立てになっている。
それに、青い石の付いたイヤリング。無骨なデザインのネックレス。アクセサリは控えめである。
……うん、上品で似合っている。だけど、それだけである。
ボクは内心で嘆息する。今はそんなやり取りをしている時では無いと言うのに……。
「うん、とても似合っているね。そのネックレスは、もう少し高価な物が良いだろうけど」
「え……? ア、アレク……。もっと、良く見て下さい……!」
何故かアンリエッタは、焦った様子で食い下がる。ボクの答えは、お気に召さなかったらしい。
そして、そんなアンリエッタの態度に、ボクは苛立ちが募る。
「アンリエッタ……。そんなくだらない事は止めるんだ。今はそんな時じゃ無いって、わかっているだろう?」
ボクは強い口調で、アンリエッタを窘める。この位は強く言わないと、マイペースな彼女には通じないだろうからね。
……しかし、アンリエッタの反応は、ボクの予想した物では無かった。
「……りません」
「え……?」
絞り出す様なアンリエッタの言葉。しかし、掠れたその声は、良く聞こえなかった。
聞き返すボクに、アンリエッタは拳を握る。そして、憤怒の瞳でボクを睨み付ける。
「くだらなく、ありません……! これは、とても大切な事です……!」
アンリエッタは叫ぶと同時に立ち上がる。ボクを見下ろすその視線には、はっきりとした非難が含まれていた。
茫然とするボクに、アンリエッタは怒りをぶつける。
「知っていました……! アレクが、自分を犠牲にする人だって……! 周囲の期待に応え様とする人だって……!」
パッと聞けば、肯定の言葉にも聞こえる。しかし、そうで無い事位はボクにもわかる。
その瞳には大粒の涙を溜め、握った拳は振るえているのだから……。
「けど、身内を大切にする人でした……! 私の事を――私達の思い出を、大切にしてくれる人だって……。ずっと、そう思っていました……!」
自分の事を大切に……? アンリエッタを優先しないから、彼女は怒っているのか?
――そう思うと、ボクの中にも怒りが込み上げて来た。
「何を勝手な事を……。ボクがやってるのは、この国を守る行為だぞ! なのに、自分の事を、もっと大切にしろだって……!?」
ボクも同じく立ち上がる。苛立ちを乗せて、アンリエッタへ反論した。
すると、アンリエッタは目を丸くする。ゆっくり首を振り、小さく否定を行う。
「ち、違います……。私が言いたい事は、そういう事では……」
「だったら、何だって言うんだ……! ボクが毎日、どれだけ悩んでるか知ってるのか……! 皆に無理を言ってるか、知って言っているのか……!」
それは、アンナやマルコ副団長だけでは無い。ザナック侯爵やポルク。国王のエドに対しても。
それだけでは無い。メリッサに命じて、王都ギルドにも無理をさせている。騎士団にも半ば脅して、強制的な訓練を行わせている。
王都ブラウン……。そして、ペンドラゴン王国に所属する、全ての人々に負担を掛けている。
なのに、今のボクが私情を優先させられると、本気で思っているのだろうか……?
「王国が滅びれば、結婚なんて悠長な事を言える状況じゃないんだぞ! 本当なら、結婚式なんて挙げている場合じゃないんだ! それなのに……少しは自分の立場を考えてくれよ!」
ボクの叫びに、アンリエッタは肩を震わせる。どうやら、少しは堪えたらしい。
その証拠に、アンリエッタはポロポロと涙を零す。俯きながら、小声で弁解を始める。
「違います……。そうじゃないんです……。私の伝えたかったのは……」
「じゃあ、何だって言うんだよ……」
アンリエッタの涙に、ボクの興奮も少し収まる。むしろ、少々の後ろめたすら感じていた……。
ジッと待つボクに、アンリエッタはゆっくり呟く。
「アレクは……この国に必要な人……。私が独占出来るなんて……して良いなんて……思っていません……」
「…………」
アンリエッタは、そっと両手を持ち上げる。そして、胸元のペンダントを掴む。
何かに縋る様に、ネックレスに付いた青い石を握りしめる。
「でも、アレクが……苦しそうだから……。私の知るアレクは……そんな顔をしないから……」
「苦しそう……?」
アンリエッタは何を言っているのだろう……?
ボクはいつも通りだ。責任の重さで疲れる事もある。
だが、それだってヴォルクスに居た時から何も変わっていない。
ボクはこれまで通り、やるべき事をやっているだけなのだが……。
「アレクは、いつも……皆を導いて来ました……。どんな苦境でも……笑顔で導いて来ました……」
「笑顔……?」
ボクはそんなに笑っていただろうか? 苦笑は多かったと思うけど……。
それに、今はそんな状況じゃないんだ。笑っていられる状況では……。
「アンナや、ギリーと……会話をしていますか……? あの二人なら……アレクの心を、守ってくれるって……思ってましたのに……」
「何を言ってるんだ……?」
アンナとギリーなら、毎日顔を合わせている。午前中にミーティングを行い、その日の行動を指示している。
……いや、あれを会話と言うのだろうか?
多分、会話とは言わない気がするな……。
「ごめんなさい……。見ていられない……。今のアレクを……見ているのが、辛いのです……」
アンリエッタは伏せていた顔を上げる。そして、一瞬だけ視線が交差する。
その瞳は涙で濡れていた。悲しみに染まっていた。
そんなアンリエッタに、ボクは何と声を掛けて良いかわからなかった…‥。
「ごめんなさい……。支えて、あげられなくて……ごめんなさい……」
アンリエッタはそのまま扉へと向かう。涙を零しながら、ゆっくりと歩き出す。
「あ……」
止めようと思えば止められただろう。今の弱々しいアンリエッタであれば。
しかし、何と呼び止めれば良いのだろう? この場に相応しい言葉は何なのだろうか?
アンリエッタの考えが理解出来なかった。ボクはただ、その背中を見送るしか出来なかった……。




