アレク、等級の意味を知る
ボク達を囲む帝国兵。その数は百名程。いずれも、レベル、装備が整った精鋭である。
そして、ボクへと歩み寄る、帝国軍大将のフェリシア。エクストラスキルを習得し、ボク達を超える実力は疑い様も無い。
……これは、既に積んでいると言えるかもしれないな。
「仕方が無い……。一旦、相手に従うか……」
仲間達を守るには、それが最善の選択肢だろう。ボク達が大人しく従えば、アンナ達の命は保証して貰えるはず。さて、後はどの様に交渉を切り出すかだが……。
――と、そこへ想定外の声が届く。
『――世界樹を守らねば……』
『――女王をお守りせねば……』
「……え?」
その声には、聞き覚えがあった。音声では無く、直接頭へと届く声。強い思いが、その言葉には宿っている。
そして、過去に聞いたのはヴァーム砦。同じく、帝国兵に蹂躙され、無念を内に死んでいった兵士達の声である。
「まさか……」
ボクはゆっくりと振り返る。ジェラハムさんの遺体の方へと。
……そこには、ボクの想定通りの存在が立っていた。
『エルフ族の誇りに掛けて……』
『世界樹の危機を救う為に……』
半透明となったエルフの亡霊。その数は四人である。
いずれも、魔王イグニスに焼き尽くされ、肉体を失った存在。彼等は強い意志を宿し、ボクの事をジッと見つめていた。
ちなみに、ジェラハムさんの亡霊は存在しない。それは彼の感情故に、ボクへ助けを求められなかったからだろうか……。
「戦う力が欲しいのか……?」
ボクの言葉に、亡霊達は一斉に頷く。彼等は何故か、ボクが持つ力を知っているらしい。
当然ながら、ボクのユニーク・スキル『死者との取引』は、エルフの誰にも話していない。それは、リリーさんを含めてである。
つまり、この力は亡霊となった者には、何らかの形で知る事が出来るという事なのだろう……。
「けど、使うべきか……?」
百名の敵兵相手に、たった四人のアンデッド。逆転の可能性は非常に低い。
しかし、現状は打つ手が無いのも確か。失敗すれば、この後の交渉に響く。それを考慮してでも、博打を打つべきだろうか……?
「…………」
ボクは視線をフェリシアへ向ける。彼女は足を止め、ジッとボクの事を見つめていた。その瞳は、とても興味深そうに見えた。
恐らく、フェリシアはボクの様子から、今の状況を理解しているのだろう。彼女はボクの力を知っているしね。
……ならば、ここは一芝居打ってみるのもありか。
「フェリシアさん、少し宜しいでしょうか?」
「何でしょうか? アーレウス皇子……」
ボクの呼び掛けに、フェリシアは優しく微笑む。表情だけを見れば、平常を装えていると言えるだろう。
しかし、その感情は隠しきれていない。その瞳を見れば、溢れんばかりの好奇心が疼いているとわかる。
……ああ、やはりフェリシアは、ガウルと同じ穴の狢か。
「今から性能試験を行いたいと思います。申し訳ありませんが、お付き合い頂けないでしょうか?」
「ええ、承知致しました。いつでも、そのお力をお振るいになって下さい」
ボクのやる事を理解し、それでもなお乗って来る。試験と言われ、断れる性格では無いのだ。
当然ながら、帝国軍の大将としては失格だ。軍事行動において、その選択にはデメリットしか存在しない。
しかし、フェリシアは大将であると同時に研究者でもある。魔術の深淵を極めんと、日々研鑽を積んでいる者でもあるのだ。
ならば、次が存在するか不明な試験。研究者としては、決して逃す事など出来るはずが無い……。
ボクは彼女の気が変わらぬ内に、早速ユニーク・スキルの発動を試みる。
「召喚ヴァンパイア」
ボクの身体から、有り得ない程の魔力が抜け出す。通常、四体のヴァンパイア召喚に、ここまでの精神力消費は無いはずだ……。
それはつまり、ユニーク・スキルの発動を意味する。眼前で跪く四体のヴァンパイア。彼等は紛れも無く、通常とは異なるユニークな存在のはずだ。
「帝国兵を蹴散らして下さい」
「一班から四班まで前へ! ヴァンパイア一体に対し、一班で対応を行いなさい!」
帝国兵の中から、四つのチームが前へ出る。それぞれ、悪魔術士、奈落童子、怨霊騎士で構成されたパーティーである。
召喚されたヴァンパイアは状況を理解したらしい。それぞれ散らばりながら、各チームとの戦闘に突入する。
「ほう……。これは、これは……」
フェリシアは、いつの間にか手帳を取り出していた。そして、激しい勢いでペンを走らせている。
生き生きとしたその表情は、先程とは違った雰囲気を纏う。もしかしたら、こちらがフェリシアの、本当の素顔なのかもしれない。
ボクは視線を移し、各チームの戦闘状況を確認する。見れば、状況は拮抗していた
中級アンデッドのはずのヴァンパイア。それが、上級パーティーと同等の戦闘力を持っているのだ。
そして、その理由も戦闘を見ればわかる。ヴァンパイアの能力に、エルフの戦士が持っていた力が、上乗せされているのだ。
明らかに、ヴァンパイアを上回る身体能力。その上で、エルフのスキルや戦闘技能が使用されている。
ユニーク級で固めたパーティー相手なのに、出鱈目な戦闘能力だな……。まあ、多彩なスキルを使用しているのもあるのだが……。
「さて、これはどうでしょうか?」
とはいえ、今の状況は何の打開策にもなっていない。四人のヴァンパイアが、帝国兵の一割を相手可能と言うだけなのだから。
なので、もう一工夫を加えてみる。この程度で、状況が変わるとも思えないけど……。
「死の祝福」
このスキル効果は、召喚したアンデッドの強化。ステータスを35%アップさせる物である。
元々のステータスが高いユニーク・ヴァンパイア達だ。この能力アップで、相当な効果を見せてくれるとは思うが……。
「ほう! 五班から八班まで加勢せよ!」
流石は帝国軍の大将だろう。能力の強化具合を確認し、瞬時に配下へ指示を出す。
そして、一瞬は押し込んだ勢いが、再び拮抗状態へと戻る。能力強化したユニーク・ヴァンパイアは、下級のレイドボス相当の能力と言った所みたいだ。
……うん、レイドボス召喚とか、かなりヤバいスキルになって来たね。
とはいえ、やはり状況の打開には至らない。これは本当に、性能試験だけで終わりになりそうかな……。
「ん……?」
気が付くと、フェリシアの手には、一冊の本が握られていた。先程の手帳と違い、古く、黒い表紙の本である。
そして、その本からは禍々しい気配が漂っていた。寒気すら感じさせる、触れてはいけない雰囲気を感じるのだが……。
「アーレウス皇子。死者を操る伝説の禁書。その存在に心当たりは?」
「まさか、ネクロノミコンですか……?」
死霊術士が装備可能な、伝説級の魔導書。召喚したアンデッドの能力を大幅に強化する能力がある。
フェリシアの手にした本が、そのネクロノミコンなのだろうか? しかし、このタイミングで出す理由とは? まさか、彼女もアンデッド召喚で対応するつもりなのか?
しかし、フェリシアはボクの疑問に答えを返さない。それどころか、まったく関係の無い話を始め出す。
「ブラック家の秘文書の中に、この世界には『等級』が存在するとあります。下は『一般級』、次いで『特殊級』、『伝説級』。最後に『神級』となります」
「なんの、話ですか……?」
突然の話に狼狽えながら、ボクはフェリシアに問う。しかし、彼女は楽し気に笑うだけだ。
「私は衝撃を受けました……。普段から我々の使う魔法は、全て『一般級』だからです。それは、一般職の黒魔術等のみで無く、上級職の儀式魔法すら含めてです……」
全て『一般級』……? 上級職を含めて……?
それは、何を前提とした話なのだろう……? そして、今の状況と、どう繋がるのだろうか……?
「そして、ブラック家の初代当主は、『一般級』を解析し、新たな魔法を生み出しました……。そう、その等級は『特殊級』……。完全にオリジナルの魔法を完成させたのです……!」
フェリシアの言葉に、再び熱が帯びる。興奮した様子で、彼女の思いを語る。
「更に、秘文書にはこう有ります。『同じ等級同士は打ち消す事が可能。しかし、上の等級を、下の等級が打ち消す事は出来ない』と……。これは、ディスペルやターンアンデッド等の、相手の魔法を打ち消す際の話となります」
「ふむ……」
いやまあ、ボクは知ってる知識なんだけどね。『ディスガルド戦記』内では、基本常識だったし。
とはいえ、この世界では知られていないだろうな。レイドボスや攻城戦が、一般的では無い世界だからね……。
「そして、ヴァーム砦の一件で、ターンアンデッドを弾いたと報告を聞いた時……。私はすぐに理解しました。アーレウス皇子のアンデッド召喚は『一般級』では無いのだと」
ああ、そこに話が繋がるのか。
……って、違うな。まだ、ネクロノミコンにの話には繋がっていない。
「そして、私はすぐに疑問を抱きました。では、その等級はいずれなのかと。果たして、『特殊級』なのか、『伝説級』なのかと……」
ユニーク・スキルらしいし、『特殊級』なのでは?
……とはいえ、『死者との交信』はともかく、『死者との取引』は強力過ぎる。
恐らく、能力的にはエクストラ・スキルにも匹敵している。そして、エクストラスキルは『伝説級』に分類されていた。
ならば、ボクのユニーク・スキルは成長し、『伝説級』に達したという事だろうか?
「ですので、次は私の実験にお付き合い下さい。アーレウス皇子のスキルは、果たして支配可能なのかどうかを……」
「なんだって……?」
ボクのスキルを支配……? それは、どういう意味だ……?
「私はアンデッド召喚の魔法を解析し、アンデッド支配の魔法を生み出しました。その等級は『特殊級』。通常の死霊術士では、私にアンデッドの支配権を奪われる事になります」
「アンデッドの……支配……?」
――その言葉に、ボクは息を飲む。
相手の魔法を打ち消すのでは無く、奪う事が出来る。なんて、凶悪な魔法なんだ……。
そして、ボクは眼前で続く戦闘に目をやる。そこには、レイドボス級のヴァンパイア達が存在していた。
「さらに私は、今回の件で研究を進めました。この支配魔法を、『伝説級』へと昇格出来ないかと。そして、その鍵となるのが、このネクロノミコンです」
「まさか、完成したのか……」
フェリシアの手に視線を向ける。そこには、一冊の魔導書が開かれていた。
支配したアンデッドを、大幅に強化可能な『伝説級』の魔導書が……。
「支配魔法の媒体に、『伝説級』を組み込む。これで、理論上は等級が『伝説級』へと昇格されるはずです。アーレウス皇子の能力は、まず間違いなく『伝説級』。この試験には、これ以上の研究材料は存在しないでしょう……」
フェリシアは笑う。とても綺麗で、残酷な笑みを浮かべる。
そして、ネクロノミコンから力が溢れる。それは、フェリシアが支配魔法を発動した事を意味する。
「『伝説級』の魔法を支配する……。実に甘美な響きだと思いませんか?」
同意を求める様に、フェイリシアは言葉を掛ける。どうやら、彼女はボクの事を、同類だと思っているみたいだ。
しかし、ボクは決して同類では無い。ましてや、フェリシアとは敵対する立場と考えている。
この実験が成功しない事を、ただ一心に祈り続けていた……。
「さて、それでは実験開始です」
フェリシアの嬉しそうな声が響く。彼女は本当に楽しそうに、両手を広げて魔法を放つ。
「死者の支配!」
その言葉に従い、魔導書が呼応する。
四人のヴァンパイアに向けて、闇の触手を解き放ったのだった……。




