アレク、帝国の脅威を知る
青い空に亀裂が走り、禍々しい闇が溢れ出す。それは、死の気配を伴っていた。
そして、闇は空を覆い、周囲一帯を夜の様に包み込む。エルフ達の住まう森は、瞬時に魔の支配下へに堕ちてしまう。
「――ルージュ! 全力でガードだ!」
ボクは仲間のルージュへと指示を出す。この状況は非常に不味い……。
見るとルージュは、茫然と空を見上げていた。しかし、ボクの言葉に反応し、すぐさまスキルを発動させる。
「オーラ・バースト! オーラ・バリア!」
『守護者』の守りがパーティーを包む。元『白の叡智』メンバーは、ルージュのオーラ内へと収まった。
それを確かめ、ボクは再び空を見る。やって来るであろう、驚異の正体を確かめる為に。
「――っ!?」
そいつと目が合った。こちらを覗き込む、真っ赤な瞳と……。
そして、そいつは腕を伸ばす。空の亀裂を広げ、この世に顕現する為に……。
「なんだ、アレは……!?」
ジェラハムさんの叫びが聞こえる。しかし、ボクはそれに構っている余裕がない。
ボクは仲間達に向かって指示を飛ばす。
「みんな、ルージュの側に集まれ! ルージュは三十秒毎にバリアを! アンナはヒール・オールを!」
そして、ボクの指示と同時に、衝撃が皆を襲う。空から降り注ぐ、圧倒的な赤い熱波が。
「ぐうっ……! なんだ、この威力は……!?」
ルージュの呻き声が聞こえる。その攻撃を全面で耐える彼は、最も大きな衝撃を身に浴びている事だろう。
しかし、その余波はボク達にも及んでいる。光のバリアに包まれてなお、耐えがたい力に押しつぶされそうになる。
「オーラ・バリア……!」
「ヒール・オール……!」
オーラ・バリアの耐久力が尽きる直前、ルージュはバリアを張り直す。それと同時に、アンナのヒール・オールがボク達の体力を回復させる。
「エナジー・インジェクション!」
続けてボクは、ルージュへの支援を行う。オーラ・バリアは精神力の消耗が激しい。三十秒毎に使い続ければ、あっという間にガス欠となってしまう。しかし、賢者の支援があれば、それを防ぐ事が可能となる。
この精神力支援があるからこそ、賢者は上級パーティーに必須とされる。ハイエンドのレイドバトルや、攻城戦では一人居るかで大きな差となるからである。
「アレク……。奴を打ち落とすか……?」
「無理だ……。倒せる相手じゃない……」
ギリーの問いに首を振る。今のボク達では、奴を倒す事は出来ない。
ボク達を見下ろし、膨大な魔力を叩きつける存在。アレは魔王イグニス。炎を司る魔王である。
魔王と対峙するなら、最低でも伝説級で装備を固める必要がある。更に勝利を求めるなら、最低でも三パーティー以上でレイドバトルを挑む必要がある。
『ディスガルド戦記』における魔王とは、そういった存在なのである……。
「だから、三分だけ耐えてくれ……!」
そう、この状況を三分だけ耐えれば良い。それが、エクストラスキル魔王召喚の効果時間だからである。
そして、強大な力を持つエクストラスキルは、それに見合うデメリットも合わせ持つ。それは、リキャストタイムが二十四時間に設定されている事だ。
つまり、エクストラスキルは一日に一度しか使えない。それも、三分間しか効果を発揮できないスキルなのである。この三分間さえ耐えきれば、エクストラスキルは再発動出来ない。
まあ、エクストラスキルの使い手が、複数居たらお手上げなんだけどね……。
「ぐぅ……。おぉぉ……!!」
――そして、三分が経過する。
周囲を覆う赤い魔力は消え去った。バリア越しに余熱を感じるが、既に魔王の気配も感じられない。
ボク達は何とか無事に、フェリシアの攻撃を耐え凌いだのだ……。
最も、森の大半が焼き払われ、周囲は完全に荒野と化している。迷いの森は、ほぼ消失したと言える状態である。
更に、わかっていた事ではあるが……。自警団のエルフ達は全滅した……。
ジェラハムさんは辛うじて原型を留めている。しかし、その他の四人は跡形も無く、燃え尽きてしまった。
こうなると、ジェラハムさん以外の蘇生は不可能と言える……。
「ん……?」
フェリシアに視線を向けると、彼女はボクへと笑みを向けていた。ボク達が耐え切った事を、当然と言った態度で見つめているのだ。
そして、右手を掲げ、口元へと近づける。手首に嵌められたリング。そのエメラルドの魔石に向かって話しかける。
「こちら、フェリシア。アーレウス皇子と合流済み。作戦を開始せよ」
『――ハッ! 承知致しました! これより、世界樹を制圧します!』
その魔石から、声が返って来た。そして、その言葉がボクに最悪のシナリオを想像し、血の気が引くのを感じる。
ボクは帝国の事を舐めていたのか……? その実力を、過小評価していたのではないだろうか……?
そんなボクの思いが通じたのか、フェリシアはボクへと言葉を掛ける。
「実を言えば……。世界樹の制圧等は、造作も無い事なのです……」
「何だって……?」
誇るでもなく、淡々と呟くフェリシア。その態度から、彼女の言葉が本心だと感じられる。
嫌な予感に苛まれながら、ボクはフェリシアの言葉に耳を傾けた。
「もっと言えば、ヴォルクスやヴァーム砦の攻略も、本気で挑めば容易に成し遂げられたでしょう……」
「…………」
フェリシアは静かにボクを見つめる。口元に微かな笑みを浮かべ。
そして、ボクはフェリシアの眼力に威圧される。その計り知れない実力に、恐怖を感じてしまっていた……。
「しかし、天竜祭で持ち帰られた、悪魔封じの結界……。あれは、紛れも無く、我々とは異なる理論で組まれていました……」
「あ……」
ボクはそれに心当たりがあった。天竜祭当日に、ゼロによって壊された結界の事である。
まさか、その情報が持ち帰られているとは思っていなかった……。
「そして、ヴァーム砦で出現したアンデッド……。彼等は聖属性の魔法を弾いたと、報告にあったのです……」
「魔法を……弾いた……?」
それは、ボクも知らない情報だ。帝国側は撤退の際に、思った以上の情報収集を行っていたらしい。
そして、この世界でも当然ながら、聖属性はアンデッドの弱点である。普通のアンデッドは、ヒールに傷付き、ターンアンデッドで滅びる。
それを弾くアンデッドとなると、一部のレイドボス位しか思い当たらないが……。
「これらの不確定要素……。そして、アーレウス皇子と思われる影……。これらが結び付き、我々は様子を見る事にしたのです……。我等が神の加護を得た、アーレウス皇子が存命なのかを探る為に……」
「そういう、事だったのか……」
ユリウスさんの葬儀の日。ゼロが姿を現した。そして、ボクへと情報を漏らした。
ゼロの憎しみが、暴走した結果だと考えていた。しかし、本当はそうでは無かったのだ……。
帝国にとって、ヴォルクスの支配は二の次。ボクを刺激し、情報を引き出す事を優先したのだ。
そうでなければ、実験動物と呼ばれるゼロが、自由に行動出来るはずもない……。
「そして、我々は確信を得た……。アーレウス皇子が存命だと……」
フェリシアの瞳が涙で潤む。ボクの事を見つめ、畏敬の念をボクへと伝える。
そして、一歩を踏み出し、その想いをボクへとぶつける。
「そして、神より与えられた力を、使いこなしているのだと……!」
フェリシアは感情が高ぶり、とても興奮した状態に見えた。
息を荒くし、自らの思いを爆発させる。
「光と生命の神が、支配者の様に君臨し……! 黄金の一族が、その使者の様に振舞う世界……!」
フェリシアは拳を握り締める。そして、憎々し気に虚空を睨む。
「そして、我々の神は力を落とし……。黒の一族は長年、虐待の歴史を歩んで来た……」
フェリシアはそっと目を閉じる。自らの同胞を思ってか、一筋の涙すら流していた。
「神は我々を見捨てたのか……? ――否! そんな事は決して無い! その証として、皇帝の一族に一人の赤子が生まれた! 我らが神の祝福を受けし、神子とも呼べる皇子が……!」
フェリシアは瞳を見開き、熱弁を振るう。世界の全てに聞かせる様に、声を張り上げ語り続ける。
「そう、アーレウス皇子……。我等がアーレウス皇子こそが、この世界の真なる支配者なのだ! 黄金の一族を根絶やしにし、我らに祝福を与える存在なのだ!」
――フェリシアの言葉に飲まれ、注意が散漫になっていた。
気が付くと、ボク達の周囲は帝国兵が包囲を狭めていた。決してボク達――いや、ボクを逃がすまいと神経を張り巡らせているのだ。
「ああ、我等が救世主、アーレウス皇子……! どうか、我々の元へとお戻り下さい! そして、この世界を正しき方向へと導いて下さい! 既に帝国内で、その実力を疑う者はおりませんとも! 臣民全てがもろ手を挙げて喜び、アーレウス皇子を喝采する事でしょう!」
ジリジリと迫る帝国兵。百名にも及ぶ、最上級の兵士達である。
そして、ボクを熱く見つめるフェリシア。その瞳には、ゼロとは違った狂気が宿っていた。
「さあ、帝国へお戻りください……。そして、世界を黒で塗りつぶしましょう……」
フェリシアは再び腕を伸ばす。ボクがその手を取ると信じて……。
そして、ボクは胸内で呻く。打開策の無い、この状況を苦々しく思い……。




