アレク、世界樹の秘密を知る
女王ティタニアは、ゆったりと語り出した。
「――この世界には、マナと呼ばれる力が満ちています。マナとは、魔力等へ変換可能な無色のエネルギーです」
この辺りは、この世界の住人なら、当然知っている知識だ。『ディスガルド戦記』の設定にも記載があった。
ちなみに、戦闘系スキルも、マナを変換して気の力に変えているらしい。その為、この世界で超常の力が使えるのは、マナが理由と言っても過言では無い。
「消費され、力を失ったマナは大地へ沈み、やがて世界樹へと帰ります。そして、世界樹の役割とは、マナへ力を与え、再び世界へ送り出す事なのです」
「……なるほど」
植物が二酸化炭素を、酸素へ変えるみたいな物なんだろうね。この世界ではそうやって、エネルギーが循環してる訳だ。
しかし、一人頷くボクに、リリーさんとリリアナさんは驚きの表情を浮かべる。動揺した様子で、リリアナさんが訊ねて来る。
「こ、これは一部のエルフしか知らない秘密なのだぞ? アレク君は、どうしてアッサリ理解してしまえるのかな……?」
「えっと……。似たような法則を、知っているから……ですかね?」
ボクの返答に、リリアナさんは渋い顔をする。そして、リリーさんは呆れた表情となる。
しかし、女王ティタニアは、クスリと笑うと話を再開させた。
「つまり、この世界で魔法が使えるのは、世界樹がマナの循環を行っているからです。世界樹の機能が止まれば、いずれは世界からマナが消える事となります」
「まあ、そうなるでしょうね……」
世界から植物が消えれば、地上から酸素が消える。そうなれば、多くの生物は死滅するだろう……。
そして、世界樹の場合はマナだ。マナが消えると、魔法やスキルが使えなくなる。人々の文明も大きく後退する事だろう。
――けれど、殆どの生物は死滅する事は無い。
酸素に比べれば影響は少ないとも言える。むしろ、魔物は獣に変わり、元居た世界と似た環境になるかも。
……それを考えると、無いなら無いで、何とかなるんじゃないだろうか?
しかし、そんなボクの考えを読んだかの様に、リリーさんがジト目を向けて来る。
「何故……アレクは、落ち着いていられる……」
「皆が同じ条件なら、マナが無くても何とかなるかと……」
リリーさんの呆れた問いに、ボクは肩を竦めて答える。彼女はやれやれと首を振る。
そんなやり取りに、リリアナさんが慌てた様子で詰め寄って来る。
「世界からマナが消えるという話だぞ! 人類の生活の基盤たる、魔力が使えなくなるのだぞ!? 何とかなる訳が無いだろう……!!」
「え、えぇ……?」
苛立たし気に睨むリリアナさん。そして、それを肯定する様に頷くリリーさん。
……どうやら、この世界の住人にとっては、由々しき事態としか受け取れないみたいだね。
まあ、以前の世界でも、電気が無くなると言われたら、世界中でパニックが起きるだろう。
それを考えると、これが普通の反応。代替案を持っているボクが、異端という事なのだろう。
「えっと……。とりあえず、話を続けて貰えますか?」
認識の差があり過ぎる為、話し合っても平行線だろう。ならば、ここはスルーするに限る。
女王ティタニアも同じ考えなのか、同意するかの様に頷き、話の続きを語り出した。
「そして、私達エルフの女王や巫女とは、世界樹の管理者の事です。――いえ、より正確に言うならば、我々は世界樹の部品と言うべきでしょうか?」
「世界樹の……部品……?」
それは一体、どういう意味だろう? 管理者から言い直した意図とは……?
ボクは首を傾げながら、ふと異変に気付く。リリーさんの表情が強張っているのだ。
見れば、リリアナさんも気不味そうに、視線を逸らしていた。
「エルフの巫女とは、世界樹が作り出した生命体。そして、ハイエルフと呼ばれ、エルフとは別種の存在となります」
「ハイエルフ……?」
ハイエルフとは、エルフの上位種って事だろうか? ぼんやりとした意味はわかる……。
ただ、この世界で、その名を聞いた記憶が無い。『ディスガルド戦記』の設定にも無かったはずだ。
ならば、ボクの知らない存在なのだろうか……?
「エルフとは、マナの扱いに長けた亜人種です。彼等は人に近い種である為、人との間に子を成す事も可能です」
「ハーフ・エルフが存在しえるって事か……」
それはファンタジー物なら、良く聞く設定でもある。特に驚く事でも無いだろう。
……まあ、実際にこの世界で見た事は無いんだけど。
「しかし、ハイエルフは世界樹から作られ、世界樹へと還る存在……。生物とは根本から異なり、魔法生物や精霊に近い存在と言えます」
「……え?」
その説明に驚き、ボクはリリーさんを見つめる。彼女は無表情だった。
しかし、何故かその瞳からは、悲しそうな気配が感じられた……。
「十年に一度、世界樹は数人の巫女を作り出します。巫女達は世界を見て回り、成長して世界樹へと帰って来ます。そして、その中で最も優秀な者が、次代の女王となるのです」
「最も優秀な者が……」
ボクはリリーさんを見つめる。彼女は何も言わず、ただ地面を見つめていた。
……やはり、リリーさんが次の女王に決まっているのか。
そして、リリーさんの態度から、彼女自身が本心から望んでいると思えなかった。それがボクには、とてももどかしく感じられた……。
「そして、これが最も重要な秘密です……。世界樹とは、伝説級のマジック・アイテムという性質も持っています」
「世界樹が……マジック・アイテム……?」
余りにも現実離れした説明に、ボクの思考が一瞬だけ固まる……。
こんな巨大な樹木が、マジック・アイテム? こんな物を、どうやって使うって言うんだ?
世界樹がマジック・アイテムとして、それがどういった意味を持つ? アイテム破壊の影響を受けるとか?
その本質に辿り着けぬまま、ボクはじっと考え込む。しかし、その答えはすぐに教えられる事となる。
「ある条件をクリアすれば、世界樹の所有権を得る事が出来ます。そして、世界樹を支配すれば、世界のマナの流れを操る事が出来る様になるのです」
「何だって……?」
先程ボクは、『皆が同じ条件なら、マナが無くても何とかなる』と言った。
しかし、こちらだけが封じられるなら、話は大きく変わって来る。世界樹の支配者だけが、超常の力を使い放題なのだから……。
現状でそんな事になれば、もはや誰にも止められなくなる。今になって帝国が進軍して来たのは、そういう背景があるからなのか……。
「……ちなみに、ある条件とは?」
帝国の思惑を挫くには、帝国の目的と手段を知る必要がある。
先程の話から、目的は世界樹の支配で間違い無い。ならば、その為に取る手段とは?
ボクの質問に対し、女王ティタニアは手を掲げる。そして、その手を自らの胸元へ移動させる。
「女王の命を奪う事……。現状でしたら、私を殺した者が、世界樹の支配者となります」
「「「…………」」」
場が沈黙で支配される。ボクは返す言葉が見つからなかった為である。
リリーさんとリリアナさんは、女王への配慮による物だろう。ハイエルフである彼女達は、既にその事実を知っているのだろうから……。
そんなボク達に対し、女王ティタニアは微笑んで見せた。
「命を惜しいとは思いません……。ですが、世界樹を帝国の手に渡す事は、世界の破滅を意味するでしょう」
女王ティタニアは、椅子からゆっくり立ち上がる。
そして、テーブル越しに座るボクへと、ゆっくりと頭を下げて見せた。
「この世界を守る為、どうかご助力をお願いします。勇者アレクの力が必要である……。それが、世界樹の判断となります」
「世界樹の判断……」
世界樹にも意思や思考が存在するのだろうか?
……そんなくだらない事を考えながら、ボクはゆっくり頷くしか無かった。




