アレク、悲しみを受け止める
アンリエッタは、ボクの胸に顔を埋めている。これでも、先程よりは落ち着いた方だ。
それでもまだ、時折すすり泣く声が聞こえているけどね……。
そんな悲しみの満ちた部屋で、ポルクがポツポツと語り出した。
「アベル兄様も……。昔は優しかったんです……」
その呟きに、ボクはじっと耳を傾ける。背後のギルも、何も言わずに控えていた。
ポルクは悲痛な面持ちで、ぎこちなく笑みを浮かべる。
「ボクが小さな時は、良く遊んでくれました……。とっても、ノンビリしていて、無邪気な人だったんですよ……?」
「はい……。私もその頃は、友人として接して頂いておりました……」
背後のギルもポツリと呟く。その頃の、アベルさんとの思い出があるみたいだ。
……というより、ギルは二十歳でアンリエッタ達より年上。アベルさんとは、同世代な気がする。
それに、元々ギルは、アベルさんの執事になる予定だったんだよな……。
「それが、変わってしまったのは……。恐らく、母様が死んでからでしょう……」
ユリウスさんの奥さん。そして、ポルクやアンリエッタの母親。
噂では聞いた事がある。十年程前に、病気で他界してしまったと……。
「小さかった、ボクや姉様も悲しみました……。ですが、アベル兄様の悲しみは、それよりも深かったみたいです……。母様の死を受け入れられず……。神や世界を呪い……。父様をも恨みました……」
「ユリウスさんを……?」
母親を病気で亡くし、神や世界を呪うのまだはわかる。しかし、それで父親を恨む理由が、ボクにはピンと来なかった。
すると、ポルクはゆっくりと息を吐く。拳を握って、苦し気に声を絞り出す。
「アベル兄様の逆恨みです……。父様が公務で、母様の死に目に会えなかった……。それで、母様より仕事を優先したんだって……」
ボクには理解出来なかった。生前では、両親の死に目に、会えなかった事もあるかもしれない……。
しかし、爺ちゃんの死に目には会った。悲しかったけど、それで誰かを恨む事は無かった。
それは、爺ちゃんが幸せそうに、この世を去ったお陰なのだろう……。
「ポルク達の母さんは……。幸せそうだった……?」
「え……?」
ボクの質問に、ポルクは驚いた表情を浮かべる。その質問が、唐突過ぎたのだろう。
しかし、すぐに笑みを浮かべる。ほんの僅かだけど、苦しそうな表情が緩む……。
「ええ……。父様を……そして、ボク達を愛して逝きました……。ボク達に、幸せになってと、微笑んで逝きましたよ……」
「そっか……」
ならば、爺ちゃんの死に際と、大きく変わる事は無いのだろう。
本人が満足して逝けたのなら、後は残された者達が、どう思うかというだけである。
アベルさんはきっと、母親への愛が大き過ぎて、その死を受け止められなかった……。
その処理しきれなかった感情を、周囲へぶつける事しか、出来なかったのである……。
「家族みんなで、幸せになりたかった……。それだけなのに……。何がいけなかったんでしょう……?」
ポルクのその呟きに、誰も何も答えない。その答えは、誰も持っていないからだ……。
そして、ボクはそっと、アンリエッタの背中を撫でる……。
ボク達はヴェインさん達の戻りを、ただ静かに待ち続ける事しか出来なかった……。




