アレク、国王を脅す
決勝戦は引き分けで終わった。国王の鶴の一言によって……。
――言い分としてはこうだ。
『双方の実力は均衡している。このまま続ければ、どちらかが負傷するやもしれぬ。ならば、ここは引き分けで良いのではなかろうか?』
誰もが耳を疑った。その国王の言い分を……。
何故なら、観客の多くが理解していたからだ。このまま続ければ、どちらが勝利するかについて。
……だが、王族や貴族には、それは受け入れがたい事実だったのだろう。
ヴォルクス領のクランが、王都のクランより格上だと言う事実。そして、二軍と侮り挑ませた挙句に、返り討ちにあっているという状況が……。
そして、これはボク達のシナリオ通り。ポルクやアンリエッタと考えた通りの結果である。
今の国王なら、きっと横やりを入れる。引き分けでお茶を濁しに来るだろうと。
ただし、誤算もあった。それは、アンナの涙だ……。
ボクはアンナの事を誤解していた。彼女は勝ち負けに拘らない性格だと考えていた。
あんなにも負けず嫌いな性格なんて、これまで気付かずにいたのだ……。
アンナには改めて、償いが必要だな。この、馬鹿げた茶番が終わった後になるけど……。
「それでは、『精霊の守り人』がリリアナよ。褒美として望む事はあるか?」
「いえ、御座いません! 私達はこれまで通り、全ての冒険者の手本であり続けるだけです!」
貴賓席から見下ろす国王。闘技場の中央で、国王に平伏すリリアナさん。
優勝者への国王からの言葉だ。それに対して、リリアナさんは国王の望む言葉を返す。
「うむ、実に素晴らしい。今後の活躍にも期待しているぞ」
「はっ! ご期待に沿える様に、より一層の努力を行います!」
満足そうな国王に対し、リリアナさんは頭を下げ続ける。
……そして、観客から見えないその顔は、恥辱に染められていた。
ここまでプライドを汚されたのだ。リリアナさんの怒りは、ボクにも十分伝わって来た。
「では、『白の叡智』がアレクよ。そなたにも褒美が必要であろう」
「…………」
リリアナさんの隣で、ボクも同じく平伏している。しかし、ボクは国王の言葉に返事をしない。
会場内には戸惑う空気が流れる。しかし、国王はそれを無視して言葉を続ける。
「そなた達『白の叡智』は、王宮で召し抱える事を考えておる。そなたを中心とした、宮廷魔術師団の団長等が良いだろうな」
会場にざわめきが起こる。国王の提案するその内容に。
――それは、破格の待遇だった。
この国では、王宮に召し抱えられるだけで誉となる。その上、国王直下の組織を新設すると言っているのだ。これ以上の褒美は、普通では考えられない。
しかし、ボクはその提案に返事をせず、静かにその場で立ち上がった。
「……返事の前に、発言をお許し下さい」
ボクの襟元には、音声拡張のブローチが付いている。その為、声を張り上げなくても、その声は国王まで届いた事だろう。
その証拠に、国王は僅かに眉を寄せる。そして、小さく頷き、許可を出す。
「ふむ……。発言を許そう」
ボクは国王へと一礼する。そして、会場を見渡し口を開く。
「今現在、このペンドラゴン王国には、かつてない危機が迫っています……。南からは帝国の軍勢が……。そして、北からは邪悪なる存在が……」
「邪悪なる存在だと……?」
会場の観客は、王族や貴族の関係者が殆ど。その為、ヴァーム砦の件は、大半が知っている。
しかし、北の脅威には心当たりが無いだろう。何せそのイベントは、まだ始まっていないのだから……。
「そもそも、半年前に襲撃のあった、レッドドラゴンの群れ……。彼等は何故、集団でこの王都へやって来たのでしょうか……?」
会場の空気が一気に変わる。今だ癒えぬ、あの悲劇を思い出し……。
そして、ボクの言葉に予感を覚える。あの悪夢に匹敵する、恐ろしい未来について……。
「ペンドラゴン王国と飛竜王国の境目。そこには、多くのドラゴンが生息する、竜の渓谷が存在します。そして、そこには火竜様によって討伐された、邪悪なる竜の魂が眠っています……」
国王の顔が、引きつるのが見える。この先の言葉が、予想出来たのだろう。
そして、観客全員が息を飲む。この先の展開に、希望が有るのかと……。
「その魂は、長い年月で怨念を溜め、強大な死霊へと変貌をしてしまいました……。全ての生者を恨み、数多のドラゴンを配下のアンデッドへと変える存在に……」
「そ、それは……まことなのか……?」
国王は震える声で問う。会場の誰もが、同じ気持ちでいる事だろう。
だから答える。彼等が知る事を望み、また、知りたく無い真実を……。
「かの地には、かつての伝承を知る種族が存在しています。彼等に訊ねれば、邪悪なる存在へと辿り着ける事でしょう」
会場の中で、ポツポツと声が上がる。どうやら、その種族を知る人達がいたみたいだ。
彼等の発言で、更に真実味が増した。会場内の全ての人々が、続く言葉を待っていた。
「そして、その邪悪なる魂は、私が討伐した悪魔公にも匹敵します。討伐するには、相応の準備と、相当な被害を覚悟する必要があるでしょう」
「悪魔公に、匹敵だと……」
国王は喘ぐ様に声を出す。その表情は苦渋に満ちた物であった。
そして、国王は縋る様な眼差しを、ボクへと向ける。
「ならば……。悪魔公を討伐したそなた等なら、その存在も討伐可能なのか……?」
誰もがその答えを知りたがっていた。そして、ボクの答えに期待していた。
ボクは内心でほくそ笑む。望み通りの言葉を引き出せた事に。
「無理ですね。王国の今の状況では……」
会場に悲痛な叫びが上がる。あの悪夢が、再びやって来る事を想像したのだろう。
会場の空気もあったと思う。国王は慌てた様子で身を乗り出す。
「今の状況と言ったな……? ならば、どうすれば良いのだ!? どうなれば、王国の未来が守られる!」
「派閥争い等、愚かな行為を止める事です。王国が一つに纏まり、ヴォルクスと――いや、王国の全ての民が協力するのです。そうでなければ、邪悪なる存在も、帝国の魔の手も、両方を防ぐ事等、出来るはずもありません」
愕然とする国王。しかし、ボクはそれを無視し、その背後へと視線を向ける。
そこに存在するのは、国王の二人の子供。第一王子エドワードと、第一王女シャルロッテである。
エドワード王子は、父親同様に狼狽えていた。必死な表情で、ボク達の行く末を見守っている。
シャルロッテ王女は、笑みを浮かべていた。まるで他人事の様に、余裕のある態度を見せている。
「この国の未来を憂うなら、国王陛下の本気を見せて頂きたい。王都の勢力を一つに纏め、準備が出来た暁には、私達もこの力をお貸しする事を約束しましょう」
「ぐ、ぐぐっ……」
つまり、それが終わるまで、手を貸さないという事だ。早急に対応を行わないと、大きな問題が起きてしまうというのに。
……なお、大きな問題とは、邪悪なる存在による物では無い。この国の国民の手で引き起こされる事態である。
ちなみに、『邪竜の怨念』というイベントでは、ボスは住処の洞窟から出られない。それは、火竜の封印と、それを守護する種族の存在のお陰である。
しかし、それを知る術は無く、封印の安全性を保障する者も居ない。邪竜が討伐されるまで、王国の民は常に不安と恐怖に苛まれ続ける事となる。
そして、王国の危機に一つになれない王族を、国民が許すはずが無い。自らの生命と安全を守る為、王国の民は立ち上がる事になるだろう……。
その最悪のシナリオを防ぐ為には、後継者争いを止めざるをえない。恐らくは、第一王女派を排し、第一王子派で王宮内は纏まる事になる。
……その為に、ザナック侯爵の引き込みは済ませてあるしね。
会場の観客には、眠れぬ夜を過ごして貰う。それは申し訳ないと思っている。
しかし、この情報は規制される。全ての国民に知れ渡る事は無いはずである。ならば、大事の前の小事として、王国の未来の為に我慢して貰おう……。
さあ、これで十分に楔は打ち込んだ。後はザナック侯爵に任せ、結果が出るのを待つだけだ。
「それでは、私はこれで失礼致します。この国に良き未来が待っている事を、心より祈っております」
ボクは踵を返す。そして、闘技場の出口へ向かって歩き出す。
ちなみに、チラッと見えたリリアナさんの横顔は、とてもスッキリした良い笑顔であった。




