閑話:ユリウスの憂鬱
私がこのヴォルクス領の領主となり、どれ程の時間が過ぎただろうか?
伝説のクラン『ホワイト・オウル』が去って少ししてからだ。恐らくは、二十年以上になるだろう。
私は自らの執務室で、秘書からの報告を聞く。彼の名はフューズと言い、彼との付き合いも二十年近い事になるな……。
私はフューズの報告に満足する。領地経営の報告は順調――いや、アレク君のお陰で上向きだからだ。
ただ、ヴァーム砦の欠員は、頭が痛い問題ではある。しかし、こちらは予算も組み、部隊の再編成も進めている。後は状況が落ち着くのを待つのみである……。
「……私からの報告は、以上となります」
「ご苦労。いつも、助かっているよ……」
本当に、彼が居なければ、私一人ではどうにもならない。
それ程までに、ここ最近のヴォルクスでは、良くも悪くも変化に富んでいるからな……。
そして、軽く頭を下げるフューズに、私はいつもの如く質問する。
「あ~、それで、アベルの方はどうだ……?」
アベルとは、私の長男の名だ。いずれは、私の後を継ぎ、このヴォルクスの領主になる予定の。
しかし、アベルは余り才能が有る方では無い。今もフューズに再教育を任せている所なのだ。
そして、彼の反応はいつも通り。私の望む物では無かった……。
「アベル坊ちゃんは、相変わらずですよ……。身が入っておりませんね……」
「そうか……」
このやり取りは、毎日の日課となっている。フューズの返しも淡々とした物だ。
しかし、親としては期待してしまう。子育てとは、本当に難しい物である……。
私は小さく息を吐く。すると、今日はフューズの言葉が続く。
「ユリウス様……。いい加減、諦めては如何ですか……?」
「うん……?」
フューズの言葉に、私は思わず眉を寄せる。それは、彼の言いたい事が理解出来たが故に。
そして、私がもっとも望んでいない決断についてだ……。
「アベル坊ちゃんは、領地経営――いえ、人の上に立つ器ではありません。多くの民が望む通り、ポルク坊ちゃんを、後釜にすべきです」
「それは……」
その忠告は、周囲の多くから上がる物だ。友人のザナックからも、耳にタコが出来る程に言われている。
アベルは兎に角視野が狭い。それに対し、ポルクは視野が広く、周囲への気配りも出来る。
ヴォルクスの多くの民が、ポルクを望む事は理解している。しかし、それを決断するという事は、アベルを切り捨てるという事になる。
私は一人の親として、その決断だけは取りたく無かった……。
「ユリウス様が、男手一つで育てられ、愛情を持って接している……。それは、周りから見れば一目瞭然。しかし、当のアベル坊ちゃんには、伝わっていないご様子です……」
「まあ、子供というものは、そういう物なのだろう……」
アンリエッタは素直で、ポルクは賢い。それ故に、私への感謝の気持ちを示してくれる。ただ、それは二人が優秀過ぎる為だ。
アベルは才能は無いが、普通の子なのだ。優秀な妹や弟と比べては、可哀そうという物である。
そんな、私の考えが伝わったのだろう。フューズは大げさにため息を吐く。
「跡目争いを避けたい気持ちもわかります……。しかし、このままの方が、余程大きな火種を残してしまいます。それは、ユリウス様もご理解していますよね?」
「勿論、わかっている……」
だからこそ、アンリエッタにはセスを付け、ポルクには『銀の翼竜』を与えた。
アレク君とも良好な関係を築き、更にはヴェイン殿へもサポートを依頼した。
ここまで優秀な人材で周りを固めれば、平凡なアベルでも上手くやれる事だろう。
余程の事が無い限り、周囲の人材が、周辺の外敵を排除してくれるはずである。
……それと、欲を言えば、アンリエッタにはアレク君と結婚して欲しい所だな。
そうすれば、アレク君は確実にこのヴォルクスを守ってくれる。この領地も長年に渡り、安全が約束されるはずだからな。
私が未来予想を脳内で行っていると、フューズは再びため息を吐く。
「ユリウス様の考えはわかっております……。ただ、アベル坊ちゃんについては、もう少し良く考えてみて下さい……」
「わかった、わかった……。他に打てる手が無いか、改めて考えておくよ……」
しつこいフューズに、私は手を振って示す。それを見た彼は、小さな息を吐いて退室する。
そして、私は彼の背を見送り、顔には苦笑を浮かべる。彼の気持ちに感謝しつつ。
「本当に、わかっているのだ……。最悪の未来が、訪れる可能性も……」
証拠が無いから何とも言えない。しかし、私達のすぐ背後まで、帝国の気配が迫っている。そんな予感も感じているのだから……。
「ヴェイン殿……。頼みますよ……」
未来ある子供達に、少しでも良い環境を整えて上げたい。その鍵は、ヴェイン殿が握っている。
彼なら上手くやってくれるだろうが、私の胸内には一抹の不安が残り続けた……。
次回の新章は、9/30(月)の0時に更新予定です!




