想定外の来訪者
ヴァーム砦から帰宅した翌日、メリッサを通して、領主から情報が伝えられた。
帝国兵側は多数の死傷者を出し、そのまま帝国領へと敗走して行ったらしい。ヴァーム砦の周囲を捜索する限りでは、潜んでいる帝国兵は確認出来なかったそうだ。
また、詳しい状況は調査中との事だが、ヴァーム砦へ向かう敵兵も存在しなかったらしい。恐らく、ボクやユリウスさんを誘い出す為に、偽の情報を渡されたのだろうとの事である。
ボクはクランハウスのリビングで、ゆったりとソファーにもたれ掛る。そして、気だるげに、手元のコーヒーへ口を付ける。
「……かなり、参っているご様子ですね?」
「まあ、正直な所、ね……」
報告を終えたメリッサが、心配そうな瞳でボクを見つめる。今日の所はふざける気も無いらしく、ボクとしては助かっている。
そして、昨日の出来事をボンヤリと思い出す。未だ整理のつかない、ボクの気持ちと共に……。
まず、多くの人が亡くなった。一晩とはいえ、共に過ごし、心を通わせた人達がだ。
ケトル村で多くの人を殺している為、人の死だけでは、ここまで堪える事は無い。しかし、知り合いの死には、まだまだ多くのダメージを受けてしまうらしい。
……そういう日常にいれば、慣れる事もあるのかもしれない。
しかし、ボクがそれを望まぬ以上、この心の弱さは受け入れるしかない。痛みも時間と共に、癒えるのを待つしかないだろう。
次に、ボクの持つ英雄願望。ボクは自分の心の幼さを、改めて思い知らされた。周りに褒められ、ちやほやされ、ボクは良い気になっていたのだ。周りが望む程に、万能な力なんて持っていないのに……。
ヴォルクス城での演説。ヴァーム砦での演説。共に望まれたとは言え、ボクには過ぎた行為だった。何も責任が取れない癖に、周囲の期待を煽ってしまったのだ。
「なんて……身勝手な……」
自身の行動を振り返り、ボクは自己嫌悪に陥る。無責任な過去の自分に、吐き気さえ覚える。
ボクが調子に乗らなければ……。身勝手に煽ったりしなければ……。今回の死傷者も、もっと少なく済んだかもしれない……。
ボクは再びコーヒーを口にする。少しでも、この気分が紛れる様にと……。
「余りご自身を責めないで下さい……。アレク様は、理想が高過ぎるだけですから……」
「理想が高過ぎる……?」
メリッサの言葉に、ボクは首を傾げる。メリッサの伝えたい意図を掴めず。
するとメリッサは、小さく頷いた。寂しそうな笑みで、ボクを気遣いながら。
「アレク様は、周りの全てを助けたいと考えています。誰も殺さず、幸せにしたいと……」
「まあ、手の届く範囲ですけど……」
それは、前から口にしていた事だ。ボクの力が及ぶ範囲で、身内を助けたいと言う事は。
もっとも、最近は身内以外も対象に含め、手を広げ過ぎていたとは思う……。
「しかし、本来そんな事は、不可能な事なのです。神でない身で、他人の人生を定める事は出来ません。生死も、禍福も、それは自身ですら決められない物なのです」
「うん、それも正しい意見だとは思うよ……」
ボクだって、大切な恋人を救えなかった。ギリーやアンナにしたって、本当は別の生き方が出来たかもしれない。
だけど、それでもボクは諦めたく無かった。出来る事はやり切って、後悔しない人生を送りたかった。
今のボクは生前の様に、何も出来ぬ身では無いのだ。やりたい事が出来ず、悔しい思いをする人生なんて、もう二度と御免だから……。
ボクは胸内で、過去の苦い思いが蘇る。そんなボクに、メリッサは諭す様に優しく語る。
「……普通は大人になり、折り合いを付ける物なのです。死も不幸も、すぐ隣にあるのだと……。物語と違い、誰も助けにやって来ない……。そして、誰かに縋るのでは無く、自力で何とかするしか無いのだと……」
「メリッサ……?」
メリッサの瞳は、ボクを真っすぐ見つめていた。それなのに、何故かボクを見ていない。違う何かを見ていると感じられた。
その瞳は子供が夢想する、夢物語を語っている時みたいな……。
「だけど、誰もが心の奥底で、望んでいるのです……。私達が本当に困った時に、助けてくれる誰かの存在を……。子供の時に夢見た、英雄の出現を……」
「…………」
メリッサはそっと瞳を閉じる。何かを想っているのだろう。彼女はしばらく、そうして動かなくなった。
そして、僅かの間を開け、メリッサは再び瞳を開く。彼女の瞳は、ボクを真っすぐ見つめていた。
「……子供の夢でも、良いでは無いですか? アレク様は、現に多くの人々を救っています。何もしない大人になるより……理想を追い求める少年心のままで、良いのでは無いでしょうか?」
「理想を追い求める……」
メリッサの言葉によって、不思議とボクの心は軽くなった。それはきっと、ありのままのボクの心が、彼女に受け入れられたからだろう。
皆が期待する英雄では無い。無責任でも、理想を追い求めたい、ボクの幼い心が……。
ボクの心が温かくなる。ヴァーム砦で冷えた心が、再び火を灯したかの如く……。
――そんな空気を壊すかの様に、唐突に声が掛けられる。
「かっかっかっ! 青春しとるのう!」
「「えっ……!?」」
ボクとメリッサは、共に声の方へと振り向く。居ないはずの、第三者へ向けて。
すると、その声の主は、窓枠に腰を掛けていた。彼は黒装束の老人で、楽しそうにこちらを見つめていた。
「良い雰囲気の所、邪魔して悪いのう。ただ、このまま盛り上がられると、余計に声が掛け辛くなりそうじゃからな!」
「いえ、これ以上、盛り上がる事はありませんから」
「いえ、折角ですので、勢いに身を任せてみては?」
ボクの否定に、メリッサが食い下がろうとする。さり気無く、胸を押し寄せる辺りがあざとい。
そんなボク達を、老人は笑って見つめる。ボクはチラリと彼を観察する。
年齢は六十過ぎで、長くて白い髭と眉が特徴的。来ている服は隠密性の高そうな黒装束。
そして、フィットした服の下には、引き締まった肉体が収まっているのだろう。その立ち姿にも、どことなく隙が無い。
……というか、今日はギリーやロレーヌ、メアリーも屋敷にいる。この老人は、どうやってここまで侵入出来たのだろうか?
「……それで、貴方はどちら様でしょうか?」
「うん? ワシは暗殺者ギルドのギルドマスターじゃよ。まあ、先日引退して、ギルドマスターは辞めたんじゃがな」
「「はあっ……!?」」
想定外の返答に、ボクとメリッサは驚愕する。
何故、山奥にいるはずのギルドマスターが? そもそも、引退したってどういう事だ?
混乱するボクを他所に、メリッサは違う意図で興奮していた。
「あ、暗殺者ギルドのギルドマスターと言えば、あの伝説の『ホワイト・オウル』のメンバーでは無いですか! 生きた伝説とここで出会えるとは……。何という幸運! 是非とも、サインをお願いします!」
「かっかっかっ! まだまだ、ワシを知る者がおるとはのう。過去の栄光も、捨てたもんじゃ無いわい!」
メリッサはペンを取り出すと、慌ててジャケットを脱ぎ始める。そして、ワイシャツ姿の背中を、老人に向ける。
……って、えぇ? ワイシャツにサイン貰うの?
それって、事務局の制服じゃ……。まあ、メリッサだから、きっと何とかするんだろうな……。
そして、サインが終わり、興奮したメリッサが落ち着く頃に、ボクは老人へと声を掛ける。
「それで、ご用件は? ロレーヌを呼びますか?」
「ロレーヌちゃんにも用事はあるんじゃが、まずはお主に許可を貰わねばな……」
老人はスッと姿勢を正すと、ボクに向かって頭を下げる。
突然の行動に動揺するボクを置いて、老人はボクへと願いを告げる。
「ゲイル殿への大恩を返す為、このヴェインはヴォルクスへ戻って参った。この老体が動く限り、アレク殿の手足となり、この国を救う一助となりましょう。どうか、『白の叡智』の末席に、このヴェインを加えて頂きたい!」
「「え、えぇ……!?」」
暗殺者ギルドの元ギルドマスターが、ボクのクランに加入したいだって……?
――いや、それより重要な問題がある。
先程のメリッサの行動で気付くべきだった。彼女はヴェインさんを、『ホワイト・オウル』のメンバーと言っていた。
それはつまり、ヴェインさんが爺ちゃんの仲間だったという事だ。その実績、地位から、暗殺者の最高峰が、彼である可能性が高い。
そんな人物が、何故今になって、ボクの元を訪ねて来たのだ……?
ボクの戸惑いが通じたのだろう。ヴェインさんは、ニヤリと笑って指を一本立てる。
「加入を望む理由は三つある。一つは、先程言った通り、お主の祖父に恩がある為」
「ふむ……」
その辺りは疑う必要も無いだろう。爺ちゃんはリーダーだったし、過去の逸話はいくつも残っている。ヴェインさんが嘘を吐いても、すぐにバレるだけ。そんな嘘は付かないだろう。
納得するボクに向かい、ヴェインさんは二本目の指を立てる。
「二つ目の理由は、ロレーヌちゃんの為。ワシは彼女の師匠として、無謀な彼女を鍛えてやりたいと考えておる」
「あ~……」
そういや、転職後にチラッと話を聞いたな。ロレーヌはギルドマスターに弟子入りしたと。
それと、試験時にかなり無理をして、周りに迷惑を掛けてしまったとも……。
ギルから聞いた話の内容から、これも嘘では無いと思われる。
ボクの態度で察したのだろう。ヴェインさんは三本目の指を立てる。
「三つ目の理由は、この国が荒れ始めた為。王都の騒乱も、帝国の侵略も、今後は『白の叡智』が関わらずに済むと思えん……」
「う……。嫌な予言を……」
ただ、ボクにはその言葉を否定し切れなかった。先日の、ヴァーム砦の一件がある為だ。
敗戦濃厚な状況を、ボクの能力でひっくり返した。いくらユリウスさんでも、王族に対してボクの存在を隠し通せないだろう。
そうなれば、王族や多くの貴族が、ボクを表舞台に引きずり出そうとするはずだ。そして、一たび帝国と開戦ともなれば、ボクの戦力を当てにする軍事関係者は多い事だろう。
この先の王都の派閥争いや、帝国の動きにもよる。しかし、ボクが無関係でいられる可能性が、極めて低いのは間違い無かった……。
渋い顔をするボクに、ヴェインさんは二ッと笑う。そして、優しい声で語り掛ける。
「直接的な戦闘は遠慮させて貰うが、これでも諜報の腕は誰にも負けんつもりじゃ。今のお主には必要な能力じゃろ? 悪い事は言わんから、ワシを雇っておいてはどうじゃね?」
「ははっ……。断る理由が無いですよね……?」
ギルの話から、彼は信頼に足る人柄と聞いている。自らの正義の為に、ギルドマスターを引き受けた位なのだとか。
更には爺ちゃんの仲間で、能力も折り紙付き。喉から手が出る程に、ボクが欲する能力を兼ね備えている。
ボクはヴェインさんに右手を差し出す。そして、彼もそれに答え、右手でボクの手を掴む。
「ヴェインさん、これから宜しくお願いします。頼りにさせて貰いますよ?」
「任せておくが良い。次代が育つまで、現役で頑張らせて貰うつもりじゃよ」
ヴェインさんの笑みに、ボクも笑みを返す。こうして、ボクは新たに、頼もしい仲間を得たのだった。
……そして、ボク達のすぐ隣では、メリッサが号泣していた。ボクとヴェインさんのやり取りが、彼女の琴線に触れたみたいだった。




