ロレーヌ、暗殺者へ転職する(後編)
ギルドマスターのおじいちゃんは、ぽつりと呟く。
「……どういう、つもりじゃね?」
それは、不機嫌そうな声だった。そして、あたしに対して厳しい視線を向けて来る。
しかし、あたしはそれに構わず、背後のギルに声を掛ける。
「ギル、親子を逃がして! あたしが時間を稼ぐ!」
「無茶です……! ロレーヌ様……!?」
あたしは足元の親子に視線を向ける。縛られたロープが切れ、自由になった親子に対して。
そして、一秒でも惜しいとばかりに声を荒げる。
「逃げなさい……! 必ず、親子揃って生き延びて……!」
あたしは叫ぶと同時に、おじいちゃんを睨み返す。両手のダガーを構え、油断なく相手の挙動に注意を払う。
……勝てないのはわかっている。だけど、時間位は稼いでみせる。
「ほう……? このワシに、刃を向けるか……?」
おじいちゃんはニヤリと笑う。そして、パチンと指を鳴らす。
すると、親子を連れて来た二人が、スッと移動して行く。あたし達が入って来た、出口の階段を塞ぐ様に……。
「そ、そんな……!?」
「かっかっか! 簡単に逃げられてはつまらんからのう!」
これは親子のせいでも、ギルのせいでも無い。あたしの考えが浅かったせいだ……。
彼等だって暗殺のプロ。そう簡単に、親子を逃がすはずが無いでは無いか……。
しかし、絶望するあたしに対し、おじいちゃんは挑発する様に視線を向けて来る。
「じゃが、お主がワシに勝てたなら、親子は逃がしても構わん。……勿論、ワシに勝てるならの話じゃがな?」
「え……?」
おじいちゃんは楽しそうに笑う。それは、あたしの相手を、遊び程度に考えているという事だろう。
相手は上級職である暗殺者のギルドマスターだ。普通に考えたら、基本職の盗賊である、あたしが勝てるはずが無い。だからこそ、この余裕な態度も当然の物なのだろう。
だが、僅かでも望みがあるなら……。親子が助かる道があるのなら……。
「かっかっか! どうやら、やる気みたいじゃな!」
あたしは無言でダガーを構える。二本のダガーを、相手に向けて。
そう、今のあたしは昔のあたしとは違う。ボスに鍛えられ、より戦闘に特化したスキルを習得している。
二本の短剣を巧みに使う『二刀流』。離れた相手に攻撃可能な『スローイング・ダガー』。飛び道具対策の『切り払い』。『短剣修練』と『回避』のスキルも含め、全てLv5まで鍛えている。
これらを使えば、簡単に終わったりはしないはずだ!
「どれ、では腕前を見せてみい……!」
「しっ……!」
おじいちゃんの『スローイング・ダガー』を『切り払い』で対処する。そして、続いて迫るおじいちゃんの右手の斬撃。その手の刃は、怪しい色を反射させていた。
「くっ……!」
「くっくっく……。どうやら気付いたようじゃな!? この刃に塗られた毒に……!」
まさかとは思ったが、相手の短剣には毒が仕込まれていた。咄嗟に『回避』したが、一撃でも貰うと、どうなるかわからない……。
「どうした、どうした……!? 逃げてばかりでは、ワシには勝てんぞ……!」
「くそっ……!」
おじいちゃんの言う事は正しい。しかし、反撃の隙がまったく見つからないのだ……。
相手の攻撃をかわすので精一杯。それも、サブリーダーのしごきがあったからこそ、何とか耐えられている状態なのだ……。
あの地獄の特訓が無ければ、あっさりと一撃を受けていた事だろう……。
「しかし、本当に良く避けるもんじゃな……。その回避能力は、スキルによる物だけでは無いな?」
話し掛けられるが、答えるだけの余裕は無い。一瞬でも気を抜けば、すぐにその隙を突かれるだろうから……。
「その集中力に、その胆力……。相当な修羅場を潜っておるな?」
この状況を何とかして、突破しないと行けない……。この回避だって、いつまでも持つ訳が無いのだ……。
「それは、死への嗅覚か? どれ程の死線を潜れば、それだけの能力が身に付く?」
サブリーダーは言っていた……。死線を超える度に、人は強くなれるのだと……。一歩先へと、進む事が出来るのだと……。
「それは、第六感と呼ばれる類の物……。よくもまあ、そこまで鍛えた物じゃな……」
そして、サブリーダーは言っていた……。人の成長に限界は無いと……。人はどこまでも、強くなって行けるのだと……。
「それに、お主の集中力は、更に高まっておるな? 強敵との戦闘中に成長するとは……。何という戦闘センスの持ち主じゃ……」
ならば、あたしは成長するしかない……。この場で、相手を上回る程に……。相手に勝つ為には、今のあたしには、それしか無い……!
「惜しいな……。その才能を埋もれさせておくのは……」
「あ……。え……?」
急におじいちゃんが距離を取る。予想外の行動に、あたしの刃が虚空を掠める。
……もう、折角ペースが上がって来てたのに!
「そろそろ、終わりにしようかのう……。お主も、既に限界みたいじゃしな……」
「限界……?」
おじいちゃんに指摘され、あたしは初めて気付く。あたしの手足は、気付かぬ内に疲労を溜めていた。カタカタと震え、一度止めると再び動けない程に……。
そして、おじいちゃんは左手にダガーを握る。先程の右手だけで無く。あちらも二本のダガーを握って来たのだ。
本当にこれで、終わらせるつもりなのだろう……。
「最後に、暗殺者の技を見せてやろう……」
おじいちゃんの雰囲気が変わる。先程の様な遊びの気配は無くなる。
おじいちゃんの気配は、何の感情も感じない、無の状態になる。
「アサシネイト……」
静かな呟き。そして、足音一つ無く、ふっとおじいちゃんが目の前に現れる。その移動を、あたしは目で追う事が出来なかった。
そして、その右手の刃は、あたしの心臓を狙っていた。真っ直ぐに進むその刃は、絶対に防がねばいけない攻撃だった。
しかし、あたしは直感的に理解する。その致命的な一撃は、防がせる事を目的とした布石。本命は防いだ後の二撃目にあるのだと。
つまり、この一撃を何とかしても、防ぎようの無い二撃目が来る。二撃目を防げないなら、この一撃を防いでも仕方が無い。ならば、あたしは……。
「な、何じゃと……!?」
おじいちゃんの驚く声が響く。その目は大きく開かれ、驚きの大きさが良くわかった。
「へ、へへ……」
あたしは笑みを浮かべる。相手の意表を付けた事に、ちょっとばかりの優越感を感じる。
そして、あたしの足元には血が滴り落ちる。いや、そんな表現では生ぬるい。血がダクダクと流れ落ち、地面に血の池を作る。
「なんと……なんと、馬鹿な事を……」
おじいちゃんは顔を歪め、右手のダガーに視線を落とす。あたしの胸を突き刺し、血に濡れたダガーを。
そう、おじいちゃんの致命の一撃は、防がれる事無く、あたしの胸を貫いていた。あたしの心臓を貫いていたのだ。
代わりに、あたしのダガーも、おじいちゃんの胸に突き立てられていた。薄汚れた服を切り裂き、おじいちゃんの心臓に――突き刺さっていなかった。
「え……?」
驚きで目を丸くする。そして、おじいちゃんの胸に目を向ける。すると、裂けた服の下に、黒い何かが見えた。その何かが、あたしのダガーを防いでいた。
おじいちゃんは服の裂け目を引き千切る。そして、その下をあたしに見せつけた。
それは、体にピッタリ張り付いた、黒革のスーツだった。光を吸収する様な落ち着いた黒であり、とても柔らかそうな素材に見えた。
実際、おじいちゃんの鍛えられた筋肉がハッキリとわかる。それ程までに柔軟性があり、動きに合わせて伸縮するという事なのだろう。
「これは、暗殺者の最高峰と言われる防具……。アサシンスーツじゃよ……。黒竜の皮から作られ、鋼鉄の刃程度では傷一つ付かん……」
「そ、そんな……」
突き立てた刃は、右手の鋼鉄製……。左手のミスリル製なら、結果は違っていたのかな……?
――いや、仮の話しをしても仕方が無い。どちらにしても、あたしの命がけの一撃は、相手に届かなかった。それが結果なのだから。
「あ……」
あたしは力が抜け、その場に崩れ落ちる。どうも、血を流し過ぎたみたいで、体から力と体温が抜けて行くのを感じる。
「ロ、ロレーヌ様……? ロレーヌ様あぁぁ……!?」
ギルの叫びが聞こえる。そして、すぐにあたしの元へと駆けつけて来た。
ギルはあたしを仰向きに寝かせる。そして、傷口を見て、険しい表情を見せる。
「すぐに……すぐに治療致します……!」
そして、ギルはあたしに向かい、ヒールを掛けてくれる。彼は基本的な白魔法が使える、モンクという職についているからね。
しかし、ギルがヒールを掛けても、あたしの傷は塞がらない。力も体温も、ドンドンと抜けて行く。
それに、痛みも感じなくなって、眠くなって来たんだけど……。
「そ、そんな……。傷が深すぎる……。この傷は、司祭でしか……」
ギルの顔が青くなっていた。それで何となく理解出来た。あたしはもう、助からないんだなと。
だから、あたしはギルに最後の願いを託す。彼ならきっと、上手くやってくれるから。
あたしと違って、ギルは失敗をしないから……。
「こど……も……」
「子供を助けて欲しいのですね……? あの親子を、逃がして欲しいのですね……!?」
流石はギルだね。どうやら、あれだけでギルには伝わったらしい。
その事に、あたしはホッとする。そして、後は大丈夫だと安心する。
「おね……がい……」
「このギルにお任せ下さい……。あの親子は、決して不幸に致しませんから……」
ギルは引きつった笑みを浮かべる。目に涙を溜めながら、必死にそれを我慢していた。
うん、ギルが約束してくれた。これなら、後は大丈夫だね。
「ね……む……」
「はい……。ゆっくりとお休み下さい……。ロレーヌ様……」
そっか……。後は休んで良いのか……。
ギルには悪いけど、後は全部任せてしまおう……。もう、目を開けてるのも、しんどいからさ……。
あたしはそっと目を閉じる。そして、深い闇の中へと落ちて行く――はずだった。
「どきなさい……! 通して……!!」
あたしの眠りは妨げられる。唐突な怒鳴り声によって。
それは、女性の声だった。目を開けるが、視界がぼんやりして良く見えない。
ただ、こちらに急いで向かっているのは感じられた。
「まだ、逝っちゃダメ……! ここで終わっちゃダメよ……!」
その声と同時に、女性は何かをあたしの胸に掛ける。良くわからないが、何かの液体みたいだった。
すると、あたしの胸に激痛が走る。とんでもない痛みが、あたしの全身に駆け巡る。
「あ……! っ……!?」
何なの……? 一体、何をあたしに掛けたの……!?
毒……!? 絶対、今の毒だよね……!?
あまりの痛みに、あたしは悶絶する。激しい熱を持つ胸に、あたしは震える手を伸ばそうとした。
しかし、女性は容赦無かった。あたしの状態など無視して、何かをあたしの口に突っ込む。
「ご……。ごば……!?」
「全部飲みなさい……! いいから、言う事を聞きなさい……!!」
ガッチリと顎を掴まれ、あたしは逃げられ無かった。流し込まれる謎の液体を、拒否権無く飲まされ続けた。
そして、あたしは涙目になりながら抗議する。
「や、めて……! なに、するの……!?」
「……よし、傷口は塞がったわね。これで大丈夫。一日寝れば元通りよ!」
先程までの暴力が嘘みたいに、女性は優しい笑顔を見せる。その笑顔で、とりあえず、これ以上の暴力が無い事は理解出来た。あたしはホッと胸を撫で下ろす。
「まさか……。それは、蘇生の霊薬……ですか……?」
ギルが茫然と何かを呟いていた。女性の持つ瓶が、何か気になるのかな?
ただ、今はそれどころじゃないので、ギルの相手は後回しだ。
あたしは何故か回復した視界で、改めて女性を確認する。その女性は三十台程で、赤毛のショートヘアだった。服装はちょっと汚れた、旅人風の恰好である。
……ん? ちょっと待って……。どこかで見た事がある気が……?
あれ……? もしかして、彼女ってさっきの……?
「かみ、の、いろが……?」
「ええ、さっきまでの黒髪は、カツラだったの……。騙す真似してゴメンなさいね?」
そうだ……。彼女はさっきの母親だ……。帝国の間者で、殺せって命じられた……!
あたしは視線を動かし、男の子を探す。すると、申し訳無さそうに赤毛の子供が立っていた。手には黒髪のカツラを持って……。
「な、んで……?」
「先ほども言ったじゃろ……? お主の覚悟を確かめると……。これは、お主の人格を確かめる試験だったのじゃよ……」
おじいちゃんが済まさなそうな顔で、あたしに説明してくれる。手にはダガーを持って無いし、戦う意思は感じられない。
とりあえず、動けないけど、寝てても大丈夫って事だよね?
「ワシらは暗殺者じゃ……。国の為、大義の為に、人を殺す事はある……。じゃが、命じられたからと言って、誰でも殺す訳では無い……」
おじいちゃんが、ポツポツと語りだす。
その言葉には、信念が感じられた。言葉は静かだけど、熱い思いが込められているみたいだった。
「ワシはギルドマスターになった時、暗殺者は正義の為に有れと願った……。暗殺者の刃には、自らの信念を込めねばらなんと信じた……。そうでなければ、暗殺者はただの殺人鬼に堕ちてしまうからのう……」
おじいちゃんは、過去を思い出すみたいに遠い目をしていた。ただ、その目は優しくて、思い出も楽しい物だったのかもしれない。
そして、おじいちゃんの視線は、ふっとあたしに向けられる。
「命じられたからと非道を行う者を、暗殺者ギルドは仲間と認めん。子供の前で親を殺す。それを非道と思わぬ者など論外じゃ。そんな者達に、暗殺の技術を教える訳にはいかん」
血が足りないのか、頭が全然回らない。おじいちゃんの話しも、半分くらいしか入って来ない。
だから、あたしは一番気になっていた事を質問する。
「つまり、ぜんぶ、えんぎだった……?」
「そういう事になる。ここまでやる気は無かったのじゃが、ちと熱が入り過ぎた。済まんかったのう……」
そっか、全部演技だったのか……。
帝国の間者もいない……。不幸になる親子もいない……。
あたしは誰も、殺す必要なんてなかったんだ……。
「よかった……」
あたしは安心して気が抜ける。そして、いつも通りにヘラっと笑みが零れる。
そんなあたしに、先程の母親がそっと手を伸ばす。そして、あたしの頭を抱えると、彼女の膝に乗せてくれた。
「本当に、困った子ね……?」
その膝は、とても暖かかった。そして、困ったような笑顔も、とても優しい感じがした。
彼女は優しく、あたしの頭を撫でてくれる。母親が、実の子供にするみたいに。
「血を流して、体力も残ってないでしょう? 今はゆっくりお休みなさい。起きたらちゃんと、説明してあげるからね?」
「うん、わかった……」
その声を聞くと、とても安心出来た。この人なら、あたしの事を守ってくれるって気がした。
初めて会ったはずなのに、まるで本当のお母さんみたいに感じられた。
だから、あたしは彼女に甘えて、眠る事にした……。
「おやすみ、おかあさん……」
「ふふ……。私達の新しい仲間は、本当に手が掛かりそうね……?」
困ったような、嬉しいような声が聞こえてくる。
その声を子守歌代わりに、あたしは安らかな眠りへと落ちて行った……。




