ロレーヌ、暗殺者へ転職する(中編)
転職試験が長くなった為、中編と後編に分かれます!
森の獣道を歩いていると、急に開けた場所が現れる。そこは小さな村であり、寂れた感じでどこにでもある村に見える。
……この村の、裏の顔を知らなければ。
あたしとギルは、並んで村へと近づく。すると、村から中年のおじさんが姿を現した。
ニコニコと笑顔で、人の好さそうな普通のおじさん。来ている服も農作業用なのか、薄汚れた感じである。一見すると、どこにでもいる農夫って感じだね。
「やあやあ、こんな村さ来るなんて、物好きもいるもんだな~。それで、どうしたんだ~? 道にでも迷っただか?」
「あはは、招待状を持って来ました~。案内をお願いしますね~」
あたしは、封のされた封筒を取り出す。そして、おじさんに向かって差し出した。
おじさんは怪訝そうに眉を顰める。それでも、手紙を受け取り中身を確かめてくれた。
「なになに~? ヴォルクスの盗賊ギルドのマスターさんからか~」
おじさんは笑顔のまま、手紙を読み進める。ぱっと見は、本当に印象に残らない様な、普通のおじさんにしか見えない。
おじさんはすぐに手紙を読み終える。その手紙を封筒に戻すと、そっと懐にしまった。
「手紙は本物みたいだな……。いいだろう、着いて来い……」
おじさんの雰囲気が急変した。笑顔は消え、鋭い視線をあたし達に向ける。そして、足音も立てず、村の中へと進み出した。
どうやら、ここが暗殺者の隠れ里で合っていたらしい。おじさんに着いて行けば、暗殺者ギルドへ案内してくれそうである。
あたしとギルは、無言でおじさんに着いて行く。おじさんからはピリリとした空気が漏れ、談笑って雰囲気じゃなかったからね……。
「ここだ……。入るぞ……」
「ここって……物置小屋……?」
案内された場所は、簡素な作りの木の小屋だ。小さすぎて、外から見ても数名しか入れそうにない。本当にこんな場所が、暗殺者のギルドなのだろうか?
あたしが疑問に思っていると、おじさんは気にせず扉を開ける。そして、小屋の中へと踏み込んで行った。仕方なく、あたしとギルも、その後に着いて行く。
おじさんは小屋の隅にある、大き目の木箱を横へとずらす。すると、そこには地下へと続く階段が存在していた。
「へえ、隠し部屋なんだね……」
あたしの呟きに、おじさんは反応しない。あたしの事は気にせず、そのまま階段を降り始めた。
あたしは軽く肩を竦める。そして、ギルと一緒におじさんの背中を負う。
「ここで、ギルドマスターがお待ちだ……」
薄暗い階段を下ると、そこには木製の扉が現れた。おじさんは扉を開くと、中へ入れと促して来る。どうやら、案内してくれるのは、ここまと言う事らしい。
あたしはゴクリと喉を鳴らす。緊張するのを感じるが、ここで立ち止まっていても仕方が無い。覚悟を決めて、扉の奥へと足を進める。
すると、そこにはちょっと広めの部屋が現れた。四角い部屋で、壁も床も土を固めただけ。そして、四面の壁にはそれぞれ扉が存在し、その脇には魔法のランタンが吊るされている。
「かっかっか……! よう来たのう、お嬢さん……!」
部屋の中央では、一人のおじいちゃんが立っていた。豊かな髭と、長い眉は真っ白。顔はシワクチャで、恐らくは院長先生くらいの年齢。服装はそこいらの村人っぽい、小汚い恰好である。
おじいちゃんは、手を腰に回して組んでいるけど、その割には歳を感じさせなかった。足腰がしっかりしていて、背中も曲がっていない。
それに、強い相手特有の、ピリリとした緊張感を感じる。ギルドマスターや、サブリーダーが纏ってる空気みたいな奴だ。
……うん、このおじいちゃんは只者じゃないね!
「ダストンからの紹介じゃったな? なら、実力については問題無かろう。あれはあれで、仕事には誠実な男じゃからのう」
ちなみに、ダストンってのは、盗賊ギルドのギルドマスターの事だ。あたしが頼んだら、暗殺者ギルド宛に、紹介状を書いてくれたのである。
……ってか、いつの間に紹介状を見たんだろう? 紹介状はさっきのおじさんにしか見せてないよね?
「じゃが、奴は身内に甘い部分もある。お嬢さんの覚悟は、確かめねばならんじゃろうな……」
「あたしの、覚悟……?」
あたしは首を傾げる。あたしは試験内容を知らないからだ。
何故か、ボスは知ってるみたいだったけど、あたしには教えてくれなかった。何でも、知らない方が、合格する可能性が高いからだとか……。
そんな訳で、あたしはおじいちゃんの説明を待つ。おじいちゃんは顎髭を撫でながら、何やら楽しそうに説明を続ける。
「ここは暗殺者ギルド。当然ながら、暗殺を生業にする者達が集まるギルドじゃよ」
「うん、そりゃそうだね」
おじいちゃんの説明に、あたしは頷く。当たり前の説明をされてしまったけど、おじいちゃんは何を言いたいのかな?
「……お嬢さんは、人を殺した事はあるのかね? 時に自らの心を殺し、人を殺す覚悟はあるのかね?」
「……え?」
その質問に、あたしは頭が真っ白になる。その意味を理解するのに、若干の時間が必要だった。
人を殺した事があるか? 魔物ならあるけど、人を殺した事なんて無い……。
人を殺す覚悟はあるか? 魔物ならともかく、人を殺すなんて考えた事も無い……。
ここは暗殺者ギルド。暗殺を仕事にする人達のギルドである。
あたしは、そんな当たり前の事も理解せず、この場所に立ってしまっていた……。
「ふむ……。それでは、お嬢さんへの試験内容を伝えよう……」
「な、何……?」
おじいちゃんはパチンと指を鳴らす。あたしはその音に、ビクリと体を震わせた。今から何が始まるのか、不安で仕方なかったからだ……。
そして、奥の扉から、黒ずくめの男性が二人現れる。それぞれに、三十前後の女性と、十歳程の男の子を引き連れていた。
恐らく、女性と子供は親子なのだろう。二人は猿ぐつわを噛まされ、両手を後ろで縛られた状態だった。
「この親子は、先日捉えた帝国の間者でのう……」
「帝国の……間者……?」
見れば、親子の恰好は旅人風に見えた。使い込まれた布の服は、泥だらけで汚れている。
それだけなら良い。しかし、親子は黒髪だった。この国では、とても珍しい事に……。
「そして、必要な情報は既に吐かせ終わっておる……。つまり、いつでも処分可能という訳じゃな……」
「処分……可能……?」
その言葉を理解する事を、あたしの頭は拒んでいた。
帝国の間者を処分可能。その言葉の先を、あたしは聞きたくなかった……。
しかし、おじいちゃんは、無情にもその言葉を口にする。
「お嬢ちゃんの試験は、この母親を殺す事じゃよ。……この子供が見ている前でな」
「なっ……!? 何と悪趣味な……!」
後ろから、ギルの怒鳴り声が聞こえる。しかし、あたしは固まってしまい、その声に反応出来なかった。
おじいちゃんの告げた試験内容が、あたしには余りにも衝撃的過ぎた為だ……。
「簡単な依頼じゃろ? お主の腰の短剣を、この母親に突き刺すだけじゃからな……」
おじいちゃんは、左右の腰に差した短剣を指出す。一本は天竜祭の時に用意して貰った、ミスリルのダガー。もう一本は、ボスに用意して貰った、鋼鉄製の炎のダガーである。
このダガーで、あの母親を殺す……? あたしが、子供の見ている前で……?
「の……残された、子供は……?」
あたしは激しい吐き気を我慢し、気になった事を質問する。
二人共殺すなら、子供の前で見せる理由がわからない。母親の死を見た子供に、彼等は何をすると言うのだろうか……?
「かっかっか……! この位の年齢であれば、いくらでも思想教育が可能じゃ! 帝国への逆スパイを行って貰うのが良いじゃろうな!」
「思想……教育……?」
言葉としては聞いた事がある。だけど、その意味が理解出来なかった。この状況で、この言葉が持つ意味が、あたしには理解出来なかった。――いや、受け入れられなかった。
すると、ギルドマスターはニヤリと笑う。そして、あたしに向かって説明を行う。それは、理解の拒絶を許さない、無言の圧力が込められていた……。
「洗脳と言った方が、わかりやすいかのう? つまり、母親が殺されたのも、この子が辛い目に会うのも、全てはカーズ帝国のせいと言う訳じゃ。カーズ帝国を滅ぼす為なら、この子は何でもする様になるじゃろうなぁ」
「せ、洗脳……?」
母親を殺され……。洗脳され……。あの子は王国の手先になる……?
あたしに、その片棒を担げと言うのか……?
「…………」
あたしは、床に転がされた男の子に目を向ける。その子は目に涙を溜め、あたしに懇願の意思を示していた。
殺さないで欲しい。助けて欲しいと……。
「さあ、暗殺者になりたいのじゃろう? さっさと始末してしまえ……」
おじいちゃんは顎をしゃくる。そして、母親を殺す様に指示を出す。
あたしの心臓は、かつて無い程に激しく鳴っていた。逃げ出したい衝動の中で、あたしは必死に考える。
何で、あたしが母親を殺さないといけない……? 何で、あたしは暗殺者にならないといけない……? 何で、ボスはあたしにこの試験を受けさせた……?
あたしは振るえる右手で、鋼鉄製のダガーに触れる。そして、左手でミスリルのダガーに触れる。
「はっ……はっ……はっ……」
心臓の音が煩い……。考えがまとまらない……。あたしの頭が、心が、悲鳴を上げている……。
だけど、逃げる訳にはいかない……。ここまで来たんだ……。仲間の為にも逃げられない……!
あたしは腰のダガーを引き抜く。左右の手に、それぞれのダガーを握りしめる。
「ふむ……?」
おじいちゃんは、あたしの様子をジッと見つめる。疑う様な視線で、あたしの事を睨み付ける。
「殺意が感じられんのう……。それで、本当に殺せるのかね……?」
「ふう……ふう……ふう……」
あたしは乱れる呼吸を整え、一歩ずつ前に踏み出す。その様子を見て、親子は恐怖の視線を向ける。あたしに対して、絶望の眼差しを向ける……。
「やるしか……ないでしょ……!」
あたしは覚悟を決める。そして、地を駆け、親子に向けて、刃を振るう。
振り払われた刃には、あたしの覚悟が込められていた。




