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白のネクロマンサー ~死霊王への道~  作者: 秀文
第八章 上級職転職編

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ロレーヌ、暗殺者へ転職する(前編)

 現在、あたしはとある山奥へと向かっている。目的はもちろん、暗殺者アサシンへの転職である。人里離れたとある村が、実は暗殺者アサシンの試験会場なのだとか……。


 ちなみに、旅の連れはギルである。彼もボスに匹敵する万能人間なので、あたしの旅はとても快適だった。


「ロレーヌ様、夕食の準備が出来ましたよ?」


 一人で森を警戒していたら、ギルの呼ぶ声が届いた。あたしはスルスルと森を抜け、ギルの待つ街道へと移動して行く。


「はいは~い! 待ってました~♪」


 そこでは、スーツ姿のギルが待っていた。いつも通りの執事スタイル。そして、彼の前には二人分の料理が並んだ、テーブルとイスが用意されている。


 テーブルやイスは折り畳める簡易式。しかし、テーブルの上には、清潔なテーブルクロスが掛けられている。そういった細かな気遣いが彼らしい。


 また、テーブルに並ぶ料理は、野外とは思えない手の込んだ内容だった。スープにサラダに肉料理。置かれたカップは紅茶かな? 最後はきっと、デザートも出て来る。


 そう、ここは森の中の街道脇。獣はいても、人の気配はまったく無い。そんな場所にも関わらず、今日も私は優雅な夕食を堪能出来るのだ。


 それもこれも、全てはギルの執事スキルによるものなのだよ!


「では、お召し上がりください」


「は~い、頂きま~す!」


 私は席に着き、並べられたスプーンを手に取る。まずは湯気の立つ、温かなスープだ。口に含むと仄かな甘みが広がって行く。今日のスープはコーンポタージュらしい。


「うん、美味しい! やっぱ、ギルの料理は格別だね!」


「喜んで頂けた様で何よりです。それでは、私も頂きますね」


 ニコリと微笑むと、ギルも席に着く。そして、静かに食事を取り始めた。


 そうして、しばらくの間、あたし達は無言で夕食を堪能する。野外にも関わらず、クランハウスと同じ料理が食べられる。あたしはその幸運を、しっかりと噛み締めていた。


 あたしが料理を食べ尽くすと、ギルはどこからかデザートを取り出す。そして、あたしの前にそっと置いてくれる。


「本日はラズベリーを使ったタルトです。ロレーヌ様の好物でしたよね?」


「うん、甘いものは何でも好きだけどね!」


 あたしは用意されたデザートにも手を付ける。出されたタルトは当然美味しい。


 あたしは料理と違って、デザートをチマチマと食べ進める。


「そういえば、前から気になってたんだけどさ?」


「はい、何でしょうか?」


 フォークを口に咥えるあたしに対し、ギルは首を傾げて質問を待つ。


「この料理とか道具とか、どこから取り出してんの?」


 前から気にはなってたんだけど、聞く機会が無かったんだよね。ギルはいつも手ぶらなのに、手品みたいに物をサッと出すのだ。ギルはボスと違い、マジック・バッグも持っていないのに……。


 まさか、特別な魔法が使えるとかかな?


 しかし、あたしの質問に、ギルはクスリと笑う。そして、自分の胸にそっと手を添える。


「私の着ているスーツは特注品なのです。成人した際に、父が贈ってくれたプレゼントでして……」


「ふんふん……」


 ギルの父親って言うと、『銀の翼竜』所属のセスさんだったよね?


 ギルと同じ銀の髪で、あっちもモテそうなおじ様って感じだった。やっぱり、美形の子供は美形なんだね。


「そして、このスーツのポケットは、全てマジック・バッグと同じ仕様になっています。それぞれが独立した、収納空間を持っているのです」


「ええっ……! ポケット全部が、マジック・バッグと同じなの……!?」


 マジック・バッグって、一つだけでもかなりの高額だったよね? ハンスさんも、何年もお金を貯めて買ったって言ってたし……。


 そんな高価な品がポケットって……。しかも、ギルのスーツって、ポケットがいくつも付いてるんですけど……?


「……もしかして、ギルのウチってお金持ち?」


「ははは、ウチというより祖母の財力ですね。何せ私の祖母は、前領主様の妹になりますので」


 前領主様……? それって、今の領主様の父親で、過去にヴォルクスを管理してた貴族様だよね……?


 それに、ヴォルクスの領主様って、王族の次に偉い貴族だよね……? 確か王族の親戚だったはず……。


「えぇ……! ギルって実は貴族だったの……!?」


「いえいえ、祖母は平民と結婚しましたので……。我が家は祖母の代より貴族ではありませんよ?」


 ギルは何でも無い事の様に、爽やかに微笑んで答える。そして、補足として言葉を続ける。


「ただ、父は現領主のユリウス様と従兄弟の関係です。そういった繋がりもあり、執事として重用して頂いてはいますね」


「領主様の、従兄弟……?」


 サラッと、とんでもない告白を聞いてしまった……。


 ギルは普段から、自分の事を話したがらない。だから、この事実を知るメンバーは限られているだろう。もしかしたら、ボスですら知らないのかも……。


 しかし、考えが読まれたみたいで、先回りしてギルが説明する。


「ああ、アレク様はご存知ですよ。ただ、アレク様にとっては、どうでも良いみたいでした。何せ初めて会った日、アレク様の興味は、私の戦闘スキルのみでしたから……」


 当時を思い出したのか、ギルは楽しそうにクスクス笑う。それは普段のキリっとした表情では無く、気を抜いた素の表情って感じだった。彼にしては珍しい事である。


 ……って言うか、ボスもボスだよね。平民と貴族では立場が違う――いや、命の価値が違うというべきかな? 場合によっては、平民が貴族に話し掛けただけで、不敬だと処罰される事もあるのだから……。


 だけど、ボスは相手が貴族でも気にしない。相手が領主だろうと、平然と対等な目線で会話する。あの剛胆さは、賢者様由来なのかな……?


「そして、私が早く打ち解けられる様にと、その事実は皆さんに伏せておいてくれました……。ただ、私としましては、もうそろそろ大丈夫なのでは……と、考えているのですが……」


 ギルは探る様な視線を私に向ける。あたしがどう反応するか、様子を伺っているみたいだった。


 そんなギルの目を見て、あたしは察する。彼が不安を感じている事を。そして、あたしは彼に対して、肩を竦めて見せる。


「確かに驚きはしたけど……。それで今さら態度は変えないよ? 皆もあたしと同じで、ギルの事は仲間としか思わないよ?」


「そう、ですか……。仲間と思って、頂けるのですね……」


 それは小さな呟きだった。だけど、浮かべるその笑みが、ギルの気持ちを物語っていた。それは、とても嬉しそうで、とても安心した笑みだった。


 どうやらギルは、ずっと不安だったみたいだね。自分の生まれのせいで、皆に仲間と認められるか。そんな事は、気にしなくて良かったのに。


 だって、ボスは輪を乱す行為を嫌う性格で、サブリーダーやアンナちゃんは、ボスの考えに従うだけ。ルージュは貴族の子供だし、ハティだって……。


 いや、ハティはダメか。初めに聞いてたら、緊張して避けてたかもね。


 ……というか、あたしも危なかったかも? 今ほどは仲良くなれて無かったかな?


「……まあ、何にしても大丈夫! 今なら誰に話しても、ギルの事を受け入れてくれるからさ!」


「はい、ありがとうございます!」


 ギルはあどけない笑みを浮かべる。心の壁が剥がれたのか、それはとっても魅力的な笑顔だった。


 うんうん、こっちの方が親しみやすいね。これならきっと、直ぐにでも皆と打ち解けられる事だろうさ!


 ギルの柔らかな笑みを見て、私は何だか嬉しくなる。


 そして、つい気を許してしまう。普段ならしない質問を、ついしてしまう……。


「そういや、ギルってボスの事が凄く好きだよね? なんで、そんなに好きになったの?」


「……よくぞ、聞いてくれました!」


 ギルの瞳がキラリと光る。そして、満面の笑みを浮かべる。先程の柔らかな笑みと違い、ギラギラとした太陽の様な笑顔であった。


 あ、ヤバ……。これは逃げれない奴だ……。


「まず、私は幼少の頃に神童と呼ばれていました。今にして思えば恥ずかしい話ですが、他の子供より少し頭の回転が速く、私自身もそれを誇っていたのです……。父はそんな私を危惧し、私が十歳になると賢者様の軌跡を辿る旅へと連れ出したのです」


「ふ、ふんふん……」


 ギルの目がメッチャ輝いてる。子供みたいに無邪気な目である。


 ……実はこの目は一度だけ見た事がある。メアリーと二人で話してる時に、二人共こんな目をしていたのだ。


 余りに熱中し、入っていける雰囲気では無かった。だから、その時の私はそっとその場を離れた。


 三時間程時間を置いて戻ったら、二人はまだ同じ様に語り合っていた。どうやら二人は、ボスの話なら何時間でも話してられるみたいだった。


 ……それ以来、二人が揃って話している時は、極力近寄らない様に心掛けている。


「その旅は、とても素晴らしい物でした……。賢者様の逸話を辿れば、如何に自分が凡人の域を出ていないかがわかりました……。真の天才という物は、そもそもの考え方が我々とは違うのです!」


「ほうほう……」


 あたしは大人しく、ギルの言葉に耳を傾ける。


 よくよく考えると、賢者様の逸話って余り知らないんだよね。院長先生は、賢者様の話を滅多にしなかったからさ。


 きっと院長先生は、噂では無い本当の賢者様を知っている。だからこそ、周囲には話さなかったんだと思う。


 だって、普通じゃないってのは、良い面だけじゃない。悪い面だってあるのだから。


 それはボスを見ているから、何となくわかるのだ。


「伝説のクラン『ホワイト・オウル』は、数多の伝説を残しています。帝国との迎撃戦……。ドラゴンの討伐に魔神との攻防……。数えると切りが無い偉業の数々です……」


「うんうん……」


 ギルの演説に力が入る。この辺りは、ヴォルクスにいる皆が知っている。賢者様の話は有名だからね。


 酒場でのバカ騒ぎなんかでは、大体誰かが話してるくらいだ……。


「しかし、知っていますか? 賢者様の偉業は、十三歳から始まっていたのです。……その始まりとは、単独でのワイバーン討伐になります」


「ん……? ワイバーン……?」


 どこかで聞いた事があるような……。あれって、アンナちゃんから聞いた話だったかな……?


「当然ながら、その時はまだ賢者のジョブは習得していません……。なんと、賢者ゲイル様は黒魔術師と白魔術師のスキルのみで、ワイバーンを倒したのです! 凡人の我々では、まず倒せるとは考えられないと言うのに……」


「……ボスは七歳の時に、一人で倒したんだっけ」


 確かアンナちゃんが、そんな事を話をしてたな。お姉ちゃんのピンチを、ボスが救ってみせたとか。そのアンナちゃんの話も、お姉ちゃんから聞いた話みたいだった。だから、多少の脚色はあるかもって思ってたんだよね。


 ……と、アンナちゃんの話を思い出していると、何故かギルがピタリと固まっていた。そして、まばたきもせず、じっとあたしの事を見つめていた。


「詳しく……。その話を、もっと詳しく……」


「こわっ……!? その目、止めて……! 見てると不安になるから……!」


 ギルがジリジリとにじり寄って来る。テーブル越しとは言え、少しずつ前のめりになっていく。


 そして、感情の感じられない目で、ジッとあたしを見つめているのだ。昆虫とかアンデッドとか、得体の知れない何かに狙われている気分だ……。


「あ、あたしもアンナちゃんに聞いただけだよ……? ボスとサブリーダーとアンナちゃんのお姉ちゃん。この三人でワイバーン狩りに出かけたんだって。ああ、リリーエンタルさんって師匠も付き添ってたみたいだけど」


「噂には聞いた事があります……。精霊術士エレメンタラーリリーエンタル様との修業時代の話ですか……」


 前のめりの姿勢は元に戻る。だけど、妙に体がソワソワして感じられた。


 まるで、エサを前に「待て」をしている犬みたいだ。「良しっ!」って言ったら、飛び掛かって来そうで怖い……。


「一匹と思ってたら実は二匹いて、リリーエンタルさんが不意打ちで、麻痺毒を受けたんだって。その混乱でサブリーダーまで麻痺毒を受けて、アンナちゃんのお姉ちゃんも恐慌状態になってしまって……」


「なんですって……!? まさか、あのリリーエンタル様が不意打ちを受けるとは……。それで……それで、どうなったのですか……!?」


 何か、また前のめりになってない……?


 瞳に感情は戻ったけど、今度は興奮状態になっている。情調が不安定すぎて、扱いに困るんだけど……。


「リリーエンタルさんは、呼び出した精霊で一匹を足止めして……。その間にボスが、一人でもう一匹を倒したみたいだよ。その後は、リリーエンタルさんは自力で回復して、残った一匹も倒せたみたい」


「そこをもっと詳しく……! アレク様はどうやってワイバーンを……!? リリーエンタル様の自力で回復とは……!?」


「いやいや、詳しくは知らないって……! そんなに聞きたいなら、アンナちゃんかボスから聞いてよ……!」


 掴み掛かられた為、あたしはその手をヒョイっと避ける。そして、テーブルから距離を取り、ギルの挙動に警戒する。


 ギルは伸ばした手を戻し、じっと考え込み始めた。そして、とても悩ましい気な表情を浮かべる。


「アレク様の貴重なお時間を……。しかし、知りたい……。アンナ様から概要を聞き、アレク様からは細部のみ聞くべきか……?」


 どうやら、ボスの時間を貰う事に、凄く抵抗があるらしい。あたしやアンナちゃんは良くて、ボスは駄目なの?


 ……なんか、ボスに対する扱いが、下手な貴族より上だよね?


「ああ、それにしても……」


 ギルはふうっと息を吐く。その息は、とても熱い吐息だった。


 そして、ボスが戻ったと思われる、ヴォルクスの方角に視線を送る。ここには居ない、ボスの事を考えているみたいだ。


「やはり、祖父の偉業を超えて行くのですね……。ああ、我が主人は、どこまで……どこまで、駆け上がって行くのでしょうか……?」


 ギルはうっとりとした表情を浮かべる。ボスの事を想像し、蕩ける様に頬を緩める。


 完全に自分の世界に入り込み、トリップ状態となってしまう。その瞳は潤み、まるで恋するおと……。


「…………っ!?」


 あたしは自らの想像に身震いする。何だか一瞬、とんでもない光景が頭に浮かんでしまった……。


 ……うん、この事は深く考え無い様にしよう。考えた所で、誰が幸せになる訳でも無いしね!


「ああ、アレク様……」


「…………」


 あたしは気配を消し、テーブルに近寄る。そして、ささっとタルトを平らげると、そっとその場を後にした。


 一時間程、森をブラブラしてこよう。その間に、きっとギルの意識も戻って来る事だろう。


 ……もし、一時間経ってもトリップしてたら、その時は先に寝てしまおう。何せあたしは、明日には転職試験が控えてるしね!


 あたしは自分を納得させる。そして、嫌な事は忘れる事にする。そうやって現実逃避しながら、あたしは森を散策するのだった。

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