ルージュ、守護者へ転職する(前編)
現在、私は守護者転職の為に、とある神殿へと向かっている。ガーヴァ火山からロードランナー便で三日。そこから更に、船に乗って一日の島である。
同行者はギリー殿。アレク殿の指定である。何でも護衛としてだけで無く、試験でもギリー殿の力が必要になると聞いている。ギリー殿はいつも通り、アレク殿の指示を了承していた。
そして、今の我々は船上から海を眺めていた。周囲は穏やかで、魔物の気配も無さそうだ。日差しも暖かで、心地良い陽気なのだが、身体を動かせないのがもどかしい。
……可能であるなら、日課の鍛錬でも行っている所なのだが。
「ルージュ、何をソワソワしている……?」
「あ、いえ……。少々、時間を持て余してしまいまして……」
唐突にギリー殿から尋ねられる。私が苦笑いを浮かべて返すと、ギリー殿はただ静かに頷いた。それで納得したのか、ギリー殿は再び視線を海へと戻す。
私はジッとギリー殿の様子を伺う。緩やかな緊張感とでも言うのだろうか? 彼からはほんの僅かに、周囲を警戒する雰囲気を感じる事が出来た。
ただ、それは船上だからでは無い。ギリー殿はいつ、何時でも変わらない。何が起きても動ける様に、常に周囲へ気を張っている。それが、彼にとっても普通なのである。
私達には真似出来ない事である。だからこそ、ギリー殿は名実共に、アレク殿の右腕足り得るのだろう……。
「どうした……? 何か気になるのか……?」
私の視線に気付き、ギリー殿が再び尋ねる。そこには、微かな心配の気配が感じられた。彼は基本無表情なので、中々に読み取りにくい所ではあるのだが……。
私は再び苦笑を浮かべる。そして、良い機会なので、ギリー殿へ質問してみる事にする。
「そうですね。少しギリー殿の事が気になります。……ギリー殿はアレク殿と、どの様に育って来られたのかと思いまして」
「オレとアレクが……?」
ギリー殿は微かに眉を寄せる。どうやら、質問が曖昧らしく、どう答えて良いか悩んでいる様子だ。
その為、私はもう少し詳しく質問してみる事にした。
「ええ、賢者ゲイル様や精霊術士リリーエンタル様に鍛えられたとは聞いています。しかし、私が気になるのは、ギリー殿の内面です。そのストイックさは、どこから来る物なのでしょうか?」
「……少し、勘違いをしているな。オレはゲイル様には、手ほどきを受けていない……」
「え……? そうなのですか……?」
アレク殿やギリー殿は、若くして上級職へ至っている。そして、我々に対しても、同様の知識で成長を促してくれた。
その知識は、賢者ゲイル様による物では無いのだろうか? それとも、アンナ殿と同様に、アレク殿が成長後にサポートしたのだろうか?
私が内心で様々な疑問を抱いていると、ギリー殿は静かに口を開いた。その内容は、私の想像とは異なる、驚くべき事実であった。
「オレを鍛えたのは父だ……。森の歩き方……。狩人の技術……。戦士の心構え……。アレクやリリーさんとは、実戦の一部を共にしただけだな……」
「賢者ゲイル様や、アレク殿の助けでは無いと……? それで、そこまでの成長が可能なのですか……?」
私の疑問に、ギリー殿が黙り込む。腕を組んで、何かを考えているみたいだった。
そして、僅かな間を開け、静かに首を振る。
「助けは借りていない……。しかし、その背中は追い駆けた……。アレクが居なければ、オレのこの成長は無かっただろう……」
「目指す目標があったから、辛い修行に耐えれたという事でしょうか?」
今度の問いには、すぐに頷きを返した。そして、静かだが、力強い声を発する。
「そうだ……。アレクは英雄となる男……。オレは、その隣に立ち続けると決めた……。だから、凡人であるオレには、並みでは無い努力が必要なのだ……」
「英雄の、隣に立ち続ける……」
その言葉に、私の心がざわついた。何故か、理由のわからない焦燥感に襲われた。
そんな私の心情に気付かず。ギリー殿は言葉を続ける。
「オレは幼少期より、何をするにもアレクに勝てなかった……。同じ村に生まれ、同じ乳を吸って育った……。にも関わらず、アレクはどんどん先へと進む……。オレは常に、置いて行かれる恐怖を感じていた……」
その気持ちは非常に理解出来る。私は『白の叡智』に入り、この一年で見違える程に強くなった。ハワード家が持つ世間への引け目等、ここ数か月は感じる事が無くなった程である。しかし、それと同時に、アレク殿との差を思い知らされるのだ……。
成長して追いつくはずだった。なのに、アレク殿は更に先へと行ってしまう。今では街の誰もがアレク殿を英雄と認識している。領主様ですら、アレク殿を頼りにしている。一介の冒険者として強くなっても、とてもその差が埋まったとは思えないのだ……。
「そして、同じ少女に恋をした……。恋した少女は、当然の様にアレクに惹かれた……。そこでもオレは、戦う前から負けを認めてしまった……」
アンナ殿の姉の事だろうか? 確か、ミーア殿と言う名だったはずだ。
アレク殿と恋仲とは聞いていた。しかし、ギリー殿まで恋慕の情を抱いていたとは知らなかった。ギリー殿は、どういう気持ちでアレク殿達と行動していたのだろう……。
「そして、六歳になる頃に、オレ達はワイバーンと戦った……。オレはミスをし、仲間を危険に晒した……。その危機を凌いだのは、やはりアレクだった……。オレはアレクに対し、心の底から勝てないと思った……」
……六歳でワイバーンと戦った? 一体それは、どんな状況なのだ……!?
ワイバーン等、今の私でも手を焼く相手だ。そんな相手を、子供がどうこう出来る方がおかしい。そんな相手と比べられれば、私だって心が折れてしまうだろう……。
「そして、落ち込むオレに、父が声を掛けて来た……。負け犬のままで良いのか……。このままずっと、下を向いて生きて行くのかと……」
……ギリー殿の父親も、随分とスパルタな方だったらしい。
私の父上も、そこまでは厳しく無かった。ハワード家の復興の為と修行を行ったが、今にして思えば子供が耐えれる程度の修行でしか無い。少なくとも、未成年でワイバーンを狩る実力は求めて来なかった……。
「そして、ある言葉がオレの心に火を点けた……。アレクに認められたくは無いのか……。その隣で、胸を張って生きたくは無いのかと……」
「…………っ!?」
その言葉に、私の心が鷲掴みにされた気がした。その衝撃に、呼吸をするのも忘れる程だった。
アレク殿に認められる。そして、その隣で、胸を張って生きて行く……。
それこそが、今の私が最も望んでいる事ではないか……!?
「オレは気が付いたら涙を流していた……。地に頭を付け、父に懇願していた……。強くなりたい……。アレクに認められ、隣に立てる位に……。だから、オレを鍛えて欲しいと……」
私にはその気持ちが痛い程にわかる。アレク殿に追いつきたい。胸を張って隣に立ちたい。その為なら、どんな事だってやってみせる。辛い修行にだって耐えられる。
そう思って、私はこの一年を過ごして来たのだから……。
「それから、オレは父と二人で常に森に入った……。父は決して手を出さない……。あと僅かでオレが死ぬという、ギリギリの所まで見守り続けた……。その結果、オレには死線が見える様になった……。超えてはいけない、一線を感じられる様になった……」
確かに、ギリー殿が指導する際は、ギリギリまで助けに入らない。私も何度か死ぬ思いをした事がある。幼少期のギリー殿も、その様な過酷な状況で育ったのだろう……。
とはいえ、それにより私は、直感が鍛えられた。これは不味いという状況が、経験から予測出来る様になって来たのである。最近ではその直感に、何度と無く助けられている。
「オレには自分だけで無く、他人の限界も見る事が出来る……。だからこそ、ギリギリまで追い込む事が出来る……。自分も、他人も、限界まで鍛え続ける事が出来る……。しいて言うなら、それがオレの成長の秘密と言った所だろうか……?」
アレク殿の修行も、限界を見極め、計算された効率的な狩りを行う。しかし、そこにはある程度の余裕が含まれている。想定外の事態に対処出来る様に、限界ギリギリまで攻めたりはしないのだ。
しかし、ギリー殿の修行には、その余裕が一切無い。本当に死ぬ手前まで攻め続けるのだ。だからこそ、ギリー殿にはアレク殿に匹敵する修行が可能なのだろう。
「……これで答えになっているか? ルージュの知りたい内容だったのか……?」
「……ええ、ありがとう御座います。とても参考になりました!」
私はギリー殿へ力強く返す。込み上げる感情に、思わず力が入ってしまったのだ。
ギリー殿は僅かに目を丸くしていた。しかし、ふっと口元を緩めると、満足そうに海へと視線を戻す。
「まだまだ、という事か……」
ギリー殿に聞こえない、小さな声で呟く。そして、私はギュッと拳を握りしめる。
ギリー殿は、私と似た感情で上を目指していた。しかし、私のスタート地点は、彼と比べて十年近い開きがある。その差は、そう簡単に縮まる物では無いだろう……。
しかし、ギリー殿は私にとって、前例でもあるのだ。アレク殿の様に才能を持たなくても良い。努力を積み重ねる事で、肩を並べる存在になり得るのだと証明しているのだ。
ならば、私も下を向いてはいられない。そんな暇があるのなら、少しでも多くの努力を重ね、自らを鍛えなければならない。何せ、目標とする背中は、私の事など待ってはくれないのだから。
「…………」
私は視線を航路の先へと向ける。この先に、私の超えなければならない試練が待っている。その試練を乗り越え、守護者となっても、それはまだゴールでは無い。更に自分を鍛え、英雄の仲間と認められる存在へと至らなければならないのだから。
私は自らの目標を再認識する。そして、高ぶる感情を抑え、島への到着を待ち続けるのだった。




