決別
五十一話
◆キーア暦144 2月11日◆
「くそ、間抜けか、オレは」
時刻は六時頃、町の人が出てきつつある中、ウィルの姿はエルと戦った広場にあった。理由は至極単純、リークの回収である。
数時間前、小屋に戻ったウィルは、作戦の決行に備えてアイテムの手入れをしようとしたのだが。
「…二本しかない」
アタッシュケースの中には、二本のリークしか入っておらず、リークを広場に残したままだったことに、ウィルはこの時まで全く気づかなかった。
かくして、小屋に戻るなり爆睡しているシズネを横目に、ウィルは広場へと走ったのだった。
ウィルが広場に到着した時、すでに数人の人だかりが出来ていた。幸いなことに、駐屯の兵士はまだ来ていなかったが、一刻も早くリークを回収しなければならないことに変わりはなかった。ウィルは取り柄の魔力感知を生かして、魔力の痕跡を手がかりにリークを探し出していったが、どうしても最後の一本が見つからないでいた。
「兵士の数も増えてきた。この辺りが潮時か」
仕方なく、小屋へ戻ろうとしたウィルは、ある人物の声に引き留められた。
「おはよう、ジャック。あなたも来てたのね」
その声を聞いた瞬間、ウィルは確かに血の気が引くのを感じた。
「…リビア」
そこには、リビア=カーナディア本人が立っていた。
五十二話
リビアを目の前に、ウィルは少しも動けずにいた。
「ジャックも知ってると思うけど…昨日、エルとウーラが死んだわ」
「そう、らしいな」
回らない頭で、なんとか返答する。
(少し考えれば分かる事だ。昨晩の異常に気づいていたならなおさら、そうでなくともリビアのことだ。町の騒ぎには必ず駆けつける。鉢合わせるのは目に見えていた。なのに…)
後悔ばかりが頭を占める中、ウィルは必死に状況を整理する。
(どういう設定でいく? シラを切るか、いっそのこと全て話すか?)
「ジャックは昨日の夜、どこにいたの?」
リビアが問いかける。その表情からは何も読み取れない。
「お、オレは…」
もしかしたら、次の瞬間消し飛ばされているかもしれない。そんな恐怖を前に潰れそうになりながらも、ウィルは口を開いた。
「昨日の夜はこの町にいなかった。今朝早くに戻ってみると、すでにこの騒ぎだったんだ」
考えた末にウィルの出した決断は、シラを切ることだった。
「エルが死んだことも、ついさっき知った。驚いたよ」
「ええ、私も。昨日の夜、少し様子がおかしかったから気にはなったんだけど」
リビアは顔を伏せるようにして話す。ウィル逹のことは何も知らないかの様な雰囲気だ。
「ジャック、話があるの。ちょっと来てくれる?」
リビアの誘いに身構えたウィルだが、敵意のある様子ではない。
「わかった」
仕方なく、ウィルはリビアの後についていった。
ウィルとリビアは広場から離れた、小さな丘に来ていた。
「エルは、私を殺しにきた暗殺者だったの」
木で出来た古いベンチ。そこでに座ったリビアは、おもむろに話始めた。
「二年前だったわ。キーアの本国からここに来る途中で、彼女は襲ってきた。ウーラが阻止したんだけど、あの時は本当に危なかったわ」
ウィルもベンチに座り、黙って聞いていた。自分が殺した相手の話を聞くのは、やはり複雑な気分だった。
「エルを捕まえた時に、すでにエルの雇い主が死んでいたことがわかって、識別は暗殺者ではなく殺人未遂になったの。刑が軽くなったことでエルの身柄は私預りになって、その時にエルを雇った」
「何故、自分を殺そうとした人間を?」
ウィルは思わず訪ねていた。それはウィルにとって、全く理解できないことだったからだ。
「私の昔話、覚えてるでしょ。力を使うなら他人のためにってやつ。エルの身柄は私にあったけど、カーナディア家に楯ついたなら、どのみち死刑は免れない。でも、私の従者になったなら話は別。少なくとも私が生きてる間は、殺されることはない」
「エルの命を助ける。それが理由か」
「ええ」
リビアの言葉を最後に、沈黙が流れる。日はちょうど真上にきていた。
「ねぇ、ジャック。私は彼女達の仇を討つべきかしら」
少しして、リビアは空を見上げながら、不意に口を開いた。
そのリビアの言葉は、ウィル達のことを見透かしてるように感じられた。
(どう答えるか…)
ウィルはしばらく考えた末に答えた。
「…わからない。ただ、俺なら仇は討たない。」
ウィルは結局、自分の本心を話すことにした。
「死人にしてやれることなんて何もない。仇なんて、自己満足に過ぎないからだ。…だが、その相手がもし自身にとっても脅威になるなら、仇ではなく自身のために、俺は殺すだろう」
それは、ウィルがリビアの立場ならの、偽りのない考えだった。
「…そう。やっぱりね」
リビアはウィルの話を聞き終えると、空から目線を下ろした。
「実は昔ね、ジャックと同じことを言ってた人がいるの」
「同じ?」
その事を聞いたウィルは、自分と同じ考えを持った人間がいたことに、純粋に驚いていた。
「でも私は、自分ではなく他人のために生きる道を選んだ。だから仇は、…討とうと思う。主として、従者の無念を晴らしたい。といっても、私がこの町にいるのはあと一日もないんだけどね」
リビアは話はこれで終わりといった様子で、ベンチから立ち上がり、ウィルの方を向く。
「ところで、ジャックは母国に帰れそうなの?」
「…ああ。ようやく帰る当てができた。今日の夜にはこの町を出るよ。だから」
ウィルもベンチから立ち上がり、リビアに向き直る。
「君とはここでお別れだ、リビア。短い間だったが、割と楽しかったよ」
「ええ。私も楽しかったわ、ジャック。…じゃあね」
それ以上の言葉は無かった。リビアは広場の方へ、ウィルは海の方へと、お互い背を向けて歩き出す。それは、二人の決別を意味していた。
リビアが広場に戻ると、すでにエルの亡骸は運ばれていて、騒ぎも小さくなっていた。
「犯人は現場に戻るって、本当だったんだ」
呟きながら、リビアはポケットから一本のナイフ、リークを取り出した。
「さようなら、ジャック。叶うならもう少し、あなたと日々を過ごしていたかった」
リビアはリークを捨て、三人の居ない城へと帰っていった




