決戦前夜
四十九話
「よう、無事だったか」
ウィルは浜辺にある小屋に来ていた。中にはシズネもいる。作戦の前に、失敗や中止があった場合は、一旦ここに集合するよう決めていたのだ。
「ウィルも大丈夫だったみたいだね」
「ああ、見ての通りだいぶ手こずったがな。シズネはどうなんだ?」
「私もたいした怪我はない」
確かに傷だらけのウィルと違い、シズネに目立った怪我はない。
「無傷じゃあないんだろ。無理だけはするなよ」
ウィルは辺りにあった椅子に座る。
時刻は午前2時頃、今からでも行動する時間がある。先ずは、状況を整理しなければならない。
「俺から話そう。作戦がばれたのは、メイドの光学迷彩の魔術によるものだ。売人のピエロ、ダイヤの始末をしたときには、すでに付けられていたようだ」
ウィルは知りうる情報を話していく。
「あの使用人どもは、どうやらこの事をリビアに知られたくなかったらしい。お陰で、リビアにばれるという状況は避けられたわけだが」
「うん、使用人を殺した訳だから、どのみちリビア=カーナディアに敵の存在は気づかれる」
「城の見張りも厳しくなる。とすると暗殺はいっそう困難になるな」
ウィザードを策もなしに殺すなど不可能だ。できることなら日を空けて仕切り直したいが、期日は明後日の朝まで。チャンスは明日の夜しか残ってない。
「…今から銅線を仕掛け直すべきだ。明日になれば、城に入るのさえ難しくなる」
「そうだね。日が上るまで四時間、時間は充分ある」
「そうと決まれば急ごう。隠れ家に銅線の予備があるはずだ」
ウィルとシズネは立ち上がると隠れ家へと急いだ。
「…これでよし」
城の浴室でウィルとシズネは銅線をはり終える。二人だったこともあり、仕掛けはだいぶ早く終わった。
「まだ時間があるな」
「そうだね」
ウィルは、リビアが寝ているだろう上の階を見上げる。
「なあ、シズネ。念のためもう一つ仕掛けをしておきたい。協力してくれるか?」
「仕掛け? 何か思い付いたの?」
「ああ、上手くいくかわからない。そもそも使いたくもない手だが、念には念をだ」
ウィル達は浴室を出て、階段を降りる。目指すは地下だ。
「シズネ、リビアは本当に俺達のことを知らないと思うか?」
「…どういうこと?」
「使用人逹によって、リビアは入浴の時間も就寝の時間もずらされている。俺の知る限りでは、そのことをあいつが不審に思わないはずがない」
エルがフレンチトーストを作った時のことを思い出す。あのとき、リビアはエルの細かな動作さえ捉えていた。そのリビアが、今日のような大きな変化に疑問をもたないものだろうか。
「でもそれなら、リビア=カーナディアが直接私達と敵対してるはず。黙って見ている理由がない」
「それは恐らく…。いや、憶測の話をしても意味がないな。今はとにかく仕掛けのことに集中しよう。時間も限られてる訳だしな」
いつのまにか、牢獄への階段を下りきっていた。ウィルは話を打ち切ると、地下の牢獄を奥へと歩いていく。
(? これは…)
途中、ウィルは檻の近くに一枚のトランプを見つけた。トランプの目はダイヤの五で、以前見たことのあるものだ。
(ダイヤのトランプ、転移用に仕掛けておいた物か)
「どうしたの、ウィル?」
「いや、なんでもない」
ウィルはトランプを拾うとコートのポケットに入れ、先へと急いだ。
五十話
全ての仕掛けを終え、ウィルとシズネは浜辺の小屋に向かっていた。
「…いよいよ明日だな」
ウィルは自然と呟いていた。
到着早々からのシズネの風邪。リビア=カーナディアとの予期せぬ遭遇。レッドアイとその売人による妨害。使用人逹への計画の暴露。どれも本来の計画には無いことばかりだった。
「シズネは上手くいくと思うか?」
隣を歩くシズネに問う。シズネは相変わらず無表情だ。
「上手く、と思う」
「…そうか」
シズネは端的に答える。ウィルはというと、とてもそうは思えないでいた。ウィザードには候補生も含めて三人会ったが、どれも同じ人間とは思えない。少なくとも、たった二人の魔術士でどうこうできるとは考えられなかった。
「シズネは以前にもウィザードを殺したことがあるんだろ。参考に聞きたいんだが、その時はどうだったんだ?」
「私が殺したウィザードは二人。どちらも戦場での暗殺。だから、今回の任務とは根本的に違う」
「なるほどな」
戦場での方が危険だろうが、味方の援護も期待できる。上手くいけば、味方のウィザードを補助する形でも遂行可能だ。逆に今回の場合は、戦場でない分危険は少ないが、味方等の援護は無い。任務の遂行は、現場の人間だけで行わなければならない。どちらがいいという訳でもないが、ジャンルとしては確かに別物だろう。
「…ウィル、人殺しは今回が初めてなんだよね?」
不意にシズネが話していた。
「ああ、そうだが」
「どう思った?」
ウィルは首をかしげる。シズネが自分からこんなに話すことは、今までなかったからだ。
「どうもなにも、やはり良い気分ではないな。特に顔見知りなのはこたえたよ」
ウィルは率直に答える。
「そう、ならいい」
シズネは話を切り上げると、ウィルの前を歩いていく。その表情はどこか嬉しそうだ。
話している内に、ウィル達はいつのまにか浜辺まで来ていた。水平線は薄く光を帯びていて、朝が近いことを知らせている。シズネは浜辺に立つと、海を背にウィルへと向き直った。
「心配しなくてもいい。ウィルは死なないから」
そう言って、少しだけ微笑むシズネに、ウィルは思わず見とれていた。
「…ああ、そうだったな」
ウィルはシークレットに来た時のことを思い出す。あの時もシズネはそう言って、ウィルを励ましていた。
ウィルも遅れて浜辺に踏み出す。
「あれこれ考えるのはやめだ。明日、いや今日か。とにかく、決行に備えて少しでも休もう」
ウィルとシズネは小屋へと向かって、浜辺を歩き出した。
ーこの時見た、明け方の海を背に歩くシズネの姿を、ウィルは生涯忘れることはなかったー




