メイドの忠義
四十七話
ウーラとシズネによる轟音と衝撃は広場まで届いていた。
「どうやら、あちらの決着はついたようですね。こちらもそろそろ、けりをつけましょう」
エルはそう言ってチャクラムを構える。目線の先には、切り傷と火傷でボロボロのウィルが立っていた。
「術式付加・風!」
時刻は二十分前。最初に攻撃を仕掛けたのはウィルだった。
エルに向けてリークを三本、高速で投げ込む。
「陽の円輪」
エルは当然のように避けると、炎を纏ったチャクラムを投げる。ウィルも避けるが、チャクラムの動きは読み辛く体勢が崩れる。
「そこです」
エルはウィルが体勢を崩した所で、二本目のチャクラムを投げつけた。
(チャクラムは軌道が読みづらい。追撃を封じるためにも、避けるよりリークで叩き落としたほうがいい。だが)
「くそ、邪魔な炎だ!」
チャクラム自体を叩き落とすのは簡単だ。しかし、周りの炎はリークでは防げない。リークをチャクラム本体に当てた時、ウィルの腕は炎によって焼き切られているだろう。
仕方なく、ウィルはリークを投げてチャクラムの軌道を逸らす。お陰で難なく避けられたが、二本のチャクラムはエルの元に戻っていき、逆にウィルはリークを一本投げ捨ててしまった。
(このままやってもジリ貧だ。こちらから仕掛けるしかない)
リークを手に、ウィルはエルに向かって走る。エルは慌てることなく片方のチャクラムを投げ、迎え撃つ。
ここで避ければ、さっきと同じことの繰り返しだ。
「一か八か。術式付加・硬!」
ウィルはリークではなく入れ物のアタッシュケースに、硬化の魔術を付加する。
リークのアタッシュケースもれっきとしたアイテムだ。本来の使い方とは違うが、詠唱付加も可能だ。
ウィルはアタッシュケースを盾のようにして、チャクラムを防ぐ。
「熱っ!」
周りの炎が掠り少し火傷をするが、ほぼ無傷で防ぎきる。チャクラムは大きく軌道を逸らし、地面に落ちた。
(よし!)
ウィルはすぐさまリークを構え直す。
「術式付加・風」
速度を高めたリークを投げ牽制しながら、一気に接近する。
チャクラムは本来飛び道具で、防御や近接には向いてない。近づけさえすれば、勝機はウィルにある。
投げられたリークを、エルは横に跳んで避ける。ウィルはその隙に、あと一歩まで間合いを縮めた。
「術式付加・電!」
電気を纏い、致死性を高めたリークで切りかかかる。
「陰の円輪」
しかし、リークはエルに当たらなかった。
「!?」
リークを振りかぶった瞬間、突如としてエルの姿が消えたのだ。
「こちらです」
「っ!」
背後からのエルの声と同時に、背中に痛みが走った。訳のわからないまま、ウィルは前に転ぶようにしてエルと距離をとる。声のした方にリークを構えるが、エルの姿はない
「いない? いや、これは」
「はい、光学迷彩です」
とっさに後ろに下がるが、今度は足に痛みが走る。ウィルはリークを投げ反撃するが、やはり見えない相手には当たらない。
(わずかに足音は聞こえる。それでも、致命傷は避けられるがやっとだ。リークに至っては当たる気配がない。どうする?)
「…なるほど。俺達の計画がバレたのも、その透明化のお陰というわけか」
ウィルは少しでも場所を特定しようと、エルに話しかけた。
「はい。駐屯所での事件以来、後をつけさせていただきました。地下牢でウィル様が、レッドアイの売人を始末したことも存じております」
声の聞こえる方向に構えるが、エルの姿は少しもみえない。
「全く気づかなかったよ。その隠密スキル、まるで君の方が暗殺者じゃないか」
「まるでではありません。正真正銘、暗殺者ですから」
皮肉で言ったつもりのウィルだったが、帰ってきた答えは予想外のものだった。
「私は元、帝国の暗殺者でした。私だけではありません、執事のウーラも、元は帝国の兵士です。敵国の私達にさえ行き場を与えてくださった恩を、私はなんとしても返したい。いや、返さなければならない。そのためなら…」
「っが!」
ウィルは突然の背後からの痛みに倒れ込む。見ると、炎を纏ったチャクラムが背後を通り過ぎていき、いつの間にか姿を現していたエルの手に戻っていく。
「もう一度、暗殺者に戻ることも厭いません」
再び炎を纏ったチャクラムが投げられ、エルの猛攻が始まった。
四十八話
ウィルはアタッシュケースを盾に炎のチャクラムをしのぐが、見えないエルに対しては成す術がなく、着実に追い詰められていた。
(見える物と見えない物を同時に相手するのは、予想以上に難しい。せめてどちらかに、的を絞りたいが)
炎のリークにきをとられると、エルの足音に気づけず致命傷を避けられない。逆もおなじだ。
「打つ手なしか!」
迫る炎のチャクラムにリークを投げつける。これで八本目、残りのリークは四本だ。
(リークの残りも少ない。早く手を打たなければ!)
考えていた時、遠くから轟音と振動が伝わってきた。
「どうやら、あちらの決着はついたようですね。こちらもそろそろ、けりをつけましょう」
エルが姿を現して言う。
「戦っているのは、あの老執事か?」
「はい。お仲間様の相手は、執事のウーラが勤めています」
「はっ、年のわりに元気なじいさんだな」
会話を続け、時間を稼ぐ。しかし逆転の方法は思いつかない。
「仲間が心配ではないのですか? ウィル様と仲間の彼女は、仲が良いよう見えたのですが」
「心配してないと言えば嘘になるな。だが、考えるだけ無駄さ。シズネが負ける相手なら、どうあがいても俺では勝てないからな。その時は命乞いでもするよ」
(そうだ、確かシズネと前に…)
ウィルは状況を整理する。
敵は見えない。
加えて防御の手段は限られてる。
リークは残り四本。
負った傷は多いが、動きに支障はない。
遠距離での戦闘は向こうが上手
だがチャクラムは近接には向かない。なら…
(…いける。これしかない)
覚悟をきめて、ウィルはリークに手を掛けた。
エルは、ウィルのことがよく分からなくなっていた。
当初はウィルを、リビアに似たお人好しだと思っていた。任務に不満をもち、リビアを慕っているなら、裏切りにも首を縦に振るかもしれないと考えていたほどだ。
しかし、実際は即答で拒否。加えて先の会話からは、自分のことしか考えてないように思える。
「ウィル様は何のために、リビア様を暗殺するのですか?」
エルは思わず訊いていた。
ウィルは少し考えると、口を開いた。
「任務、ではないな。正直に言うと自分のためにだ」
エルはウィルの言葉に耳を疑った。それほど、エルの中の人物像とはかけ離れた言葉だった。
「自分のためになら、人の命でも奪えると?」
「極論で言えばそうだな」
ウィルは答える。嘘を言っている様子はない。
(…つまり、全て演技だったということですか)
「…わかりました。もはや話す言葉はありません」
エルはチャクラムを握る手に力を入れる。
「終わりにしましょう」
陽の円輪を投げるとすぐに陰の円輪で姿を隠し、ウィルに接近した。
ウィルは炎のチャクラムをアタッシュケースで防ぐと、リークを構える。
(チャクラムは飛び道具だ。投げつけたほうが威力は高いし、足音で気づかれることもない。なのに、なぜそうしないのか)
足音から逃げるように後方へ跳ぶと、コートの端を見えないチャクラムが切りつけていく。
(答えは一つ。透明化はチャクラムを所持してないと、維持できないからだ)
続けて向かってくる炎のチャクラムを、わざと体勢を崩しながらアタッシュケースで弾く。
決めるとしたらこれ以上ないほどの隙をつくり、エルの攻撃を誘った。
(チャクラムを近接で使うとすると、威力の激減は避けれない。故に、狙うとすれば)
「後ろ首、脛椎!」
後方に向けて、全力でリークを振るう。
「!!」
金属音が響き、チャクラムが弾き跳ぶ。ウィルの予想通り、チャクラムを手放したエルは姿を現した。
「っ、はぁ!」
エルに向かってリークを振り下ろす。しかし、振り下ろしたリークはエルの隠しナイフに阻まれた。
「甘いですね。これくらいのことは…」
「わかってるさ。訓練で充分懲りたからな!」
ウィルは足元に落としておいたリークを踏みつけた。
「術式付加・光!」
足元のリークが、目を刺すような光を放つ。エルは思わず目を覆い怯んだ。
「うおおお!!」
僅かな隙を逃がさず、雄叫びと共にウィルはリークをエルの脇腹に突き刺した。
エルは脇腹を押さえてうずくまる。
「うっ、ゴホッゴホッ」
エルは口のなかに血の味を感じながら、脇腹に刺さったリークを抜く。
「確実に急所を刺した。諦めろ」
目の前にはウィルが立っている。さっきまでとは立場がまるで逆だ。
「諦める? まだです、私はここで、倒れる訳にはいかない」
エルはチャクラムを握り直すと立ち上がる。しかし、立つのが精一杯でとても戦えない。
「リビアのためになることが、そんなに大切か?」
ウィルはもはやリークを構えない。勝負はついたとばかりに話している。
「ウィル様には、わからないでしょう。人殺しだった私に、名前を、居場所を、人生をくださった。私はなんとしても恩返しをしたい。そのためなら人殺だって辞さない。リビア様のために、こんなところでは死ねないのです!」
エルはウィルの方へと踏み出すが、バランスを崩し倒れ込んだ。血は止まらず、言葉とは裏腹に意識は遠退いていく。
「人を殺しても、か。やはりわからないな。その忠義が、人殺しに値すると思えない」
「どう、いう」
エルは薄れる視界の中、ウィルを見上げながら問いかけた。
「他人の命に釣り合うのは、自分の命だけということだ。人殺しの理由を他人に求めるなんて、あっていいはずがない。そんな物、少なくとも俺は認めない」
ウィルはエルに背を向けて歩いていく。振り返ることはなかった。
「…確かに、その、通りかもしれません。それでも私は…」
エルはウィルの背中が見えなっても、最期までチャクラムを放さなかった。




