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アサシン クロニクル  作者: キツネ
前水の陣
25/46

メイドの忠義

四十七話


ウーラとシズネによる轟音と衝撃は広場まで届いていた。

「どうやら、あちらの決着はついたようですね。こちらもそろそろ、けりをつけましょう」

エルはそう言ってチャクラムを構える。目線の先には、切り傷と火傷でボロボロのウィルが立っていた。



術式付加・風スペルプラス・ウイング!」

時刻は二十分前。最初に攻撃を仕掛けたのはウィルだった。

エルに向けてリークを三本、高速で投げ込む。

陽の円輪(ようのえんりん)

エルは当然のように避けると、炎を纏ったチャクラムを投げる。ウィルも避けるが、チャクラムの動きは読み辛く体勢が崩れる。

「そこです」

エルはウィルが体勢を崩した所で、二本目のチャクラムを投げつけた。

(チャクラムは軌道が読みづらい。追撃を封じるためにも、避けるよりリークで叩き落としたほうがいい。だが)

「くそ、邪魔な炎だ!」

チャクラム自体を叩き落とすのは簡単だ。しかし、周りの炎はリークでは防げない。リークをチャクラム本体に当てた時、ウィルの腕は炎によって焼き切られているだろう。

仕方なく、ウィルはリークを投げてチャクラムの軌道を逸らす。お陰で難なく避けられたが、二本のチャクラムはエルの元に戻っていき、逆にウィルはリークを一本投げ捨ててしまった。

(このままやってもジリ貧だ。こちらから仕掛けるしかない)

リークを手に、ウィルはエルに向かって走る。エルは慌てることなく片方のチャクラムを投げ、迎え撃つ。

ここで避ければ、さっきと同じことの繰り返しだ。

「一か八か。術式付加・硬スペルプラス・プロテクト!」

ウィルはリークではなく入れ物のアタッシュケースに、硬化の魔術を付加する。

リークのアタッシュケースもれっきとしたアイテムだ。本来の使い方とは違うが、詠唱付加スペルプラスも可能だ。

ウィルはアタッシュケースを盾のようにして、チャクラムを防ぐ。

「熱っ!」

周りの炎が掠り少し火傷をするが、ほぼ無傷で防ぎきる。チャクラムは大きく軌道を逸らし、地面に落ちた。

(よし!)

ウィルはすぐさまリークを構え直す。

術式付加・風スペルプラス・ウイング

速度を高めたリークを投げ牽制しながら、一気に接近する。

チャクラムは本来飛び道具で、防御や近接には向いてない。近づけさえすれば、勝機はウィルにある。

投げられたリークを、エルは横に跳んで避ける。ウィルはその隙に、あと一歩まで間合いを縮めた。

術式付加・電スペルプラス・スパーク!」

電気を纏い、致死性を高めたリークで切りかかかる。

陰の円輪(いんのえんりん)

しかし、リークはエルに当たらなかった。

「!?」

リークを振りかぶった瞬間、突如としてエルの姿が消えたのだ。

「こちらです」

「っ!」

背後からのエルの声と同時に、背中に痛みが走った。訳のわからないまま、ウィルは前に転ぶようにしてエルと距離をとる。声のした方にリークを構えるが、エルの姿はない

「いない? いや、これは」

「はい、光学迷彩です」

とっさに後ろに下がるが、今度は足に痛みが走る。ウィルはリークを投げ反撃するが、やはり見えない相手には当たらない。

(わずかに足音は聞こえる。それでも、致命傷は避けられるがやっとだ。リークに至っては当たる気配がない。どうする?)

「…なるほど。俺達の計画がバレたのも、その透明化のお陰というわけか」

ウィルは少しでも場所を特定しようと、エルに話しかけた。

「はい。駐屯所での事件以来、後をつけさせていただきました。地下牢でウィル様が、レッドアイの売人を始末したことも存じております」

声の聞こえる方向に構えるが、エルの姿は少しもみえない。

「全く気づかなかったよ。その隠密スキル、まるで君の方が暗殺者じゃないか」

「まるでではありません。正真正銘、暗殺者ですから」

皮肉で言ったつもりのウィルだったが、帰ってきた答えは予想外のものだった。

「私は元、帝国の暗殺者でした。私だけではありません、執事のウーラも、元は帝国の兵士です。敵国の私達にさえ行き場を与えてくださった恩を、私はなんとしても返したい。いや、返さなければならない。そのためなら…」

「っが!」

ウィルは突然の背後からの痛みに倒れ込む。見ると、炎を纏ったチャクラムが背後を通り過ぎていき、いつの間にか姿を現していたエルの手に戻っていく。

「もう一度、暗殺者に戻ることも厭いません」

再び炎を纏ったチャクラムが投げられ、エルの猛攻が始まった。



四十八話


ウィルはアタッシュケースを盾に炎のチャクラムをしのぐが、見えないエルに対しては成す術がなく、着実に追い詰められていた。

(見える物と見えない物を同時に相手するのは、予想以上に難しい。せめてどちらかに、的を絞りたいが)

炎のリークにきをとられると、エルの足音に気づけず致命傷を避けられない。逆もおなじだ。

「打つ手なしか!」

迫る炎のチャクラムにリークを投げつける。これで八本目、残りのリークは四本だ。

(リークの残りも少ない。早く手を打たなければ!)

考えていた時、遠くから轟音と振動が伝わってきた。

「どうやら、あちらの決着はついたようですね。こちらもそろそろ、けりをつけましょう」

エルが姿を現して言う。

「戦っているのは、あの老執事か?」

「はい。お仲間様の相手は、執事のウーラが勤めています」

「はっ、年のわりに元気なじいさんだな」

会話を続け、時間を稼ぐ。しかし逆転の方法は思いつかない。

「仲間が心配ではないのですか? ウィル様と仲間の彼女は、仲が良いよう見えたのですが」

「心配してないと言えば嘘になるな。だが、考えるだけ無駄さ。シズネが負ける相手なら、どうあがいても俺では勝てないからな。その時は命乞いでもするよ」

(そうだ、確かシズネと前に…)

ウィルは状況を整理する。

敵は見えない。

加えて防御の手段は限られてる。

リークは残り四本。

負った傷は多いが、動きに支障はない。

遠距離での戦闘は向こうが上手

だがチャクラムは近接には向かない。なら…

(…いける。これしかない)

覚悟をきめて、ウィルはリークに手を掛けた。



エルは、ウィルのことがよく分からなくなっていた。

当初はウィルを、リビアに似たお人好しだと思っていた。任務に不満をもち、リビアを慕っているなら、裏切りにも首を縦に振るかもしれないと考えていたほどだ。

しかし、実際は即答で拒否。加えて先の会話からは、自分のことしか考えてないように思える。

「ウィル様は何のために、リビア様を暗殺するのですか?」

エルは思わず訊いていた。

ウィルは少し考えると、口を開いた。

「任務、ではないな。正直に言うと自分のためにだ」

エルはウィルの言葉に耳を疑った。それほど、エルの中の人物像とはかけ離れた言葉だった。

「自分のためになら、人の命でも奪えると?」

「極論で言えばそうだな」

ウィルは答える。嘘を言っている様子はない。

(…つまり、全て演技だったということですか)

「…わかりました。もはや話す言葉はありません」

エルはチャクラムを握る手に力を入れる。

「終わりにしましょう」

陽の円輪(ようのえんりん)を投げるとすぐに陰の円輪(いんのえんりん)で姿を隠し、ウィルに接近した。



ウィルは炎のチャクラムをアタッシュケースで防ぐと、リークを構える。

(チャクラムは飛び道具だ。投げつけたほうが威力は高いし、足音で気づかれることもない。なのに、なぜそうしないのか)

足音から逃げるように後方へ跳ぶと、コートの端を見えないチャクラムが切りつけていく。

(答えは一つ。透明化はチャクラムを所持してないと、維持できないからだ)

続けて向かってくる炎のチャクラムを、わざと体勢を崩しながらアタッシュケースで弾く。

決めるとしたらこれ以上ないほどの隙をつくり、エルの攻撃を誘った。

(チャクラムを近接で使うとすると、威力の激減は避けれない。故に、狙うとすれば)

「後ろ首、脛椎!」

後方に向けて、全力でリークを振るう。

「!!」

金属音が響き、チャクラムが弾き跳ぶ。ウィルの予想通り、チャクラムを手放したエルは姿を現した。

「っ、はぁ!」

エルに向かってリークを振り下ろす。しかし、振り下ろしたリークはエルの隠しナイフに阻まれた。

「甘いですね。これくらいのことは…」

「わかってるさ。訓練で充分懲りたからな!」

ウィルは足元に落としておいたリークを踏みつけた。

術式付加・光スペルプラス・フラッシュ!」

足元のリークが、目を刺すような光を放つ。エルは思わず目を覆い怯んだ。

「うおおお!!」

僅かな隙を逃がさず、雄叫びと共にウィルはリークをエルの脇腹に突き刺した。



エルは脇腹を押さえてうずくまる。

「うっ、ゴホッゴホッ」

エルは口のなかに血の味を感じながら、脇腹に刺さったリークを抜く。

「確実に急所を刺した。諦めろ」

目の前にはウィルが立っている。さっきまでとは立場がまるで逆だ。

「諦める? まだです、私はここで、倒れる訳にはいかない」

エルはチャクラムを握り直すと立ち上がる。しかし、立つのが精一杯でとても戦えない。

「リビアのためになることが、そんなに大切か?」

ウィルはもはやリークを構えない。勝負はついたとばかりに話している。

「ウィル様には、わからないでしょう。人殺しだった私に、名前を、居場所を、人生をくださった。私はなんとしても恩返しをしたい。そのためなら人殺だって辞さない。リビア様のために、こんなところでは死ねないのです!」

エルはウィルの方へと踏み出すが、バランスを崩し倒れ込んだ。血は止まらず、言葉とは裏腹に意識は遠退いていく。

「人を殺しても、か。やはりわからないな。その忠義が、人殺しに値すると思えない」

「どう、いう」

エルは薄れる視界の中、ウィルを見上げながら問いかけた。

「他人の命に釣り合うのは、自分の命だけということだ。人殺しの理由を他人に求めるなんて、あっていいはずがない。そんな物、少なくとも俺は認めない」

ウィルはエルに背を向けて歩いていく。振り返ることはなかった。

「…確かに、その、通りかもしれません。それでも私は…」

エルはウィルの背中が見えなっても、最期までチャクラムを放さなかった。

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