老執事の執念
四十五話
私は戦場で敗れた。従えた兵はみな死に絶え、守るべき砦はすでに形もない。残ったのはこの老いぼれのみ。この地獄で私だけが生き残ってしまった。
『あなた、仙拳のウーラ=ウォンでしょ』
無様に生き残ったこの老兵に何の意味があるのか。残り少ない生で何をなせるのか。何を望むのか。
『ちょうどボディーガードを探していたの。あなたが適任だわ』
もし、もう一度。チャンスがあるのなら。かつて成せなかったことを、成せる機会があるのなら。
『私はリビア=カーナディア。よろしくね、ウーラ』
この死に損ないの余生、我が主に捧げよう
イスカの町に轟音が響く。それが老人の拳による音だとは、誰も想像しないだろう。
「くっ」
シズネはヴァジュラを乱発して、間合いに入られないよう牽制する。ウーラは無駄のない動きでかわしながら、避けられない物だけを叩きおとし、接近してくる。グローブに地の属性の魔力を纏っているのだろう。電撃に触れているのに、感電する様子はない。
(胴体に当てなければ効果は無い。でも、間合いを縮める訳にはいかない)
近くなればなるほど、銃を使うシズネは不利になり、拳で戦うウーラは有利になる。加えて、地の属性で強化した拳を食らえば、華奢なシズネではひとたまりもない。
「なら!」
シズネはヴァジュラを上空に向け、ウーラの真上に電の柱を設置する。
「電の柱!」
シズネは同時に、ヴァジュラから電撃を打ち出し、ウーラを上と横との二方向から挟撃する。片方を防げば、片方を受けざるをえない。
(とった!)
避けられない完璧なタイミングに、シズネは勝利を確信した。しかし、ウーラは電撃を防ごうとしなかった。
「砦門」
ウーラは全身に地の魔力を纏い、あろうことか横からの電撃に突進したのだ。
「!!」
凄まじい轟音が響き、夜の町を閃光が照らす。
シズネが目を細めながら見ると、ウーラは纏った魔力を鎧のようにして電撃を弾いていた。ウーラは後方からの電撃にもかまわず、電撃の中を無理矢理シズネに向かって走る。
予想外の反撃に驚いたシズネは、一瞬動きが止まる。その隙を、ウーラは見逃さなかった。
「鉄塔掌!!」
鉄の強度まで硬化させた右腕を、シズネに向かって、直線で繰り出す。
「かはっ!」
ウーラの拳は、狙い通りみぞおちに命中した。
小さい悲鳴と共に、肺から空気を押し出される。拳を受けたシズネの体はくの字に曲がり、軽く吹き飛ばされた。
四十六話
「っ…」
シズネを吹き飛ばしたウーラは顔をしかめる。体中火傷をしていて、とくに背中の傷はかなりひどい。
(砦門でも防ぎきれないとは。さすがは雷鳴の魔術士。ですが…)
「やはり、力の大半を失っている御様子。以前のあなたなら、私は跡形もなく消し炭にされていたでしょう」
ウーラは、うつ伏せに倒れたまま動かないシズネに近づいていく。
「それではご覚悟を。我が部下の仇、とらせていただきます」
シズネの頭に向けて拳を振り上げる。しかし、振り下ろそうとした瞬間、背後から衝撃が駆け抜けた。
「電の柱」
倒れたままのシズネが、ヴァジュラの引き金を引いていた。
体勢を崩し前のめりになるウーラに、上半身だけを起こしたシズネがヴァジュラを構える。
「ぐっ」
引き金と同時に、ゼロ距離で電撃が放たれる。ウーラはとっさに左腕を盾にするが当然防ぎきれず、今度はウーラが吹き飛ばされた。
地面に手をついて受け身をとるが、左腕は黒く焦げ、感覚が全くない。
(これでは左腕は使い物にならないですね。それより、背後からの攻撃は一体…)
考えながらウーラは右腕に魔力を纏わせ、立ち上がろうとしているシズネに構えた。
息ができない中、シズネは意識的に呼吸をしながら立ち上がる。
(…危なかった)
上手く当てられたお陰で、逆に骨や内臓を潰されずに済んだ。外した時の予備に、電の柱を二つ設置していたことにも救われた。一つしか設置していなかったら、今ごろシズネの頭は潰されていただろう。
ウーラの様子を見る。左腕で防がれたが、かなりのダメージを与えられたようだ。
(向こうも手負い。そう長くは戦えない。多少強引にでも、一撃で頭を狙いにくる。なら)
シズネは電の柱を、自身の周りに五つ配置する。
「全火力をもって、正面から向かえ打つ」
意識を集中し、ヴァジュラの銃口をウーラに定めた。
(片手で電撃をさばききるのは不可能。追い詰められる前に、こちらから切り込むしかない)
ウーラは、残りの魔力を全て砦門に回す。電撃に耐えうる砦門は、後一回が限界だ。
(おそらく向こうも、回避を考えず全力で迎撃してくるはず。突破さえすれば、この拳一つでも頭部を粉砕できる)
銃口を向けるシズネを、正面から見据える。
かつてあの戦場で遠く及ばなかった彼女に、あと少しで手が届く。
「この年になって、成長できるとは思っていませんでしたが。やはり、長生きはするものですな、シズネ=アマクサ殿」
二人の間を沈黙が支配する。
「不落砦門!!」
沈黙を破ったのはウーラだった。地面を砕くほどの踏み込みで、魔力の盾を纏ったウーラが突進する。
「電の砲!!」
対してシズネは、五つの電の柱とヴァジュラから、一斉に電撃を発射する。
二つの魔力がぶつかり、イスカの町にこれまでにない轟音と衝撃、閃光が走った。
ウーラが目を開けると、見馴れたイスカの空が広がっていた。立ち上がろうとするが、腕に力が入らない。よく見ると、右腕が肘から消し飛んでいる。頭だけを動かすと、銃を下ろしたシズネが目に入った。
「…そうですか。私はまた届かなかった。今回も私は敗れたのですか」
「そんなことは無い。あなたの拳は私に届いていた」
シズネは、倒れたままのウーラに近づいていく。
「あなたにそう言っていただけるとは光栄です。…一つお聞ききしたいのですが、私のことを覚えていらっしゃいますか?」
「…うん、覚えてる」
シズネは目を伏せながら答えた。
「案外と、お優しい方なのですね。そして、嘘は下手くそだ。無理をしなくてもいいのです。私も、もしかしたらと思っていただけですから。ああ、しかし…」
ウーラは深く溜め息をつくと、微笑しながら続けた。
「あなたへの復讐のためだけに生きていられたなら、心置きなく死ねたのてすが。…遺言と思って、どうか聞いてください。リビアお嬢様には、手を出さないでいただけないでしょうか?」
シズネは少し考えると、ウーラの目を見て答えた。
「可能な限り、命は奪わない。約束する」
「…はっはっは。やはり嘘の苦手なお方だ」
ウーラは笑ってそう言い残すと、静かに目を閉じた。




