第12話 祈りを選ぶ自由
坂を下りきると、村の入り口だった。
私の、ミレル村。
誰かが、私たちに気づいた。
「リーゼ……? リーゼか!」
声を上げたのは、村長のガレスさんだった。
白髪の、寡黙な人。
私を、育ててくれた人。
「ガレスさん!」
私は、駆け寄った。
「無事だったか」
ガレスさんは、私の肩に手を置いた。
「手紙は、受け取った。
ずっと、待ってたぞ」
その声は、震えていた。
「無理、すんなよ」
いつもの口癖。
でも、その目は、潤んでいた。
村人たちが、次々と集まってきた。
「おかえり、リーゼ!」
「よく、帰ってきた!」
そして、彼らは、私の後ろの聖女たちを見た。
痩せて、疲れ切った少女たち。
「この子たちは……」
誰かが言った。
「私の、仲間です」
私は言った。
「神殿で、ひどい目に遭ってた。
みんな、帰る場所がなかったり、しても遠かったり」
私は、頭を下げた。
「お願いします。
この子たちを、受け入れてください」
村人たちは、顔を見合わせた。
そして、ガレスさんが、笑った。
「何を、水くさい」
彼は言った。
「困った子を追い返す村じゃ、ない。
みんな、うちの子だ」
その瞬間。
コラリーが、泣き出した。
「いいんですか……?
わたし、孤児で。
帰る場所が、なくて……」
村のおばさんが、彼女に駆け寄った。
「あらあら、こんなに痩せて」
おばさんは、コラリーを抱きしめた。
「いいんだよ。
今日から、うちの子になりな」
コラリーは、声を上げて泣いた。
「ありがとう……ありがとう……」
その姿に、私も涙が出た。
帰る場所を、作る。
あの約束を、果たせた。
その夜。
村は、宴になった。
温かいスープ。
焼きたてのパン。
畑で採れた、野菜。
聖女たちは、夢中で食べた。
「おいしい……」
ノエルが、涙ぐんでいた。
「こんなに、おいしいもの、初めて」
マレナさんも、珍しく笑っていた。
「悪くないわね、田舎も」
痩せていた頬に、少しずつ赤みがさしていく。
人間らしさが、戻ってくる。
それを見て、私は思った。
これでよかった。
逃げて、よかった。
数日後。
王都の崩壊の報は、村にも届いていた。
神殿は、瓦解した。
大司祭は、失脚した。
搾取の真実が、すべて明るみに出た。
「よくぞ、逃げてきた」
村人たちは、私たちをねぎらった。
ある日の昼。
村に、見慣れない一団が現れた。
立派な馬車。
隣国の、旗。
馬車から、一人の男が降りた。
長身で、物腰の柔らかな人。
「リーゼ殿、だね」
彼は、微笑んだ。
「俺は、ユーリ・カルディア。
約束どおり、会いに来た」
王弟、ユーリ。
私は、身構えた。
「保護の話なら」
私は言った。
「私たちは、誰かに、ただ守られたいわけじゃない」
「分かっている」
ユーリは、うなずいた。
彼は、まっすぐ私を見た。
「俺が提案したいのは、保護じゃない。
新しい、仕組みだ」
「仕組み?」
「聖女の、新しい在り方だ」
ユーリは言った。
「祈りは、義務じゃない。
契約だ。
報酬を払い、休息を保証する。
そして、辞めたければ、いつでも辞められる」
私は、目を見開いた。
「祈りを、強制しない。
聖女が、自分の意志で祈る。
そういう、仕組みを作りたい」
報酬。
休息。
辞める自由。
それは、私がずっと、望んでいたものだった。
「本当に……?」
私は聞いた。
「ああ」
ユーリは、うなずいた。
「だが、一人では作れない。
聖女自身の声が、いる。
あなた方の力を、貸してほしい」
私は、マレナさんを見た。
コラリーを見た。
ノエルを見た。
みんな、私を見ていた。
私は、ユーリに向き直った。
「条件があります」
私は言った。
「細かいところまで、私たちにも決めさせてください。
二度と、誰も使い潰されない仕組みにしたい」
ユーリは、笑った。
「もちろんだ。
むしろ、それを望んでいた」
私は、深く息を吸った。
ここから、新しい何かが始まる。
「祈れ」と命じられた、あの日。
報われない祈りに、絶望した、あの日。
でも、今は違う。
これから作るのは。
強いられる祈りじゃない。
自分で、選ぶ祈りだ。
私は、村の畑を見た。
そこで、コラリーが村の子と笑っていた。
ノエルが、野菜を運んでいた。
マレナさんが、おばさんと話していた。
みんな、生きていた。
人間らしく、笑っていた。
私は、空を見上げた。
青く、高い空。
「やってみます」
私は、ユーリに言った。
「私たちの手で。
誰も、泣かなくていい仕組みを」
風が、吹いた。
畑の麦が、金色に揺れた。
長い、戦いだった。
でも、私たちは、勝った。
一人じゃない。
全員で。
そして、これからも。
私たちは、自分の足で立って、進んでいく。
「祈れ」と命じられた少女は、もういない。
ここにいるのは。
自分の意志で、祈りを選ぶ。
そんな、私たちだ。
―― 完




