表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『「絶対に好きにならないでね」と契約結婚したはずのクールな美少女妻が、毎晩俺の寝顔にキスしているのを知っているのは俺だけだ。〜両片思いのジレジレ甘々同棲生活〜』  作者: 藤原朝臣御神常陸介釋寛浩


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
35/54

第35話 友人たちの包囲網

体調が完全に戻った翌日の学校は、妙に落ち着かなかった。


 熱はない。


 喉も痛くない。


 授業にも普通に出られる。


 つまり、もう病み上がりを言い訳にして早退することも、凛音から「今日は午前だけ」と命じられることもない。


 通常運転に戻った。


 ……はずなのに。


「高坂」


 朝の教室で、佐野が俺の机に肘をついてきた。


「何」


「顔が通常運転じゃない」


「また顔か」


「お前の顔は情報量が多いからな」


「俺は掲示板か何かか」


「わりと」


「嫌すぎる」


 佐野は笑いながら、俺の顔をじっと見た。


 やめてほしい。


 こいつは最近、変なところで鋭い。


「で、週末」


「週末?」


「何かあるだろ」


「何も」


「嘘が早い」


「早い嘘って何だよ」


「考える前に否定するやつ」


 佐野は勝ち誇った顔をした。


 俺は教科書を机に出すふりをして視線を逸らす。


 週末。


 快気祝い。


 喫茶店。


 凛音と二人。


 その単語が頭の中で並ぶだけで、顔に出そうになる。


 いや、もう出ているのかもしれない。


 佐野がにやにやしている時点で、たぶん出ている。


「病み上がりなんだから、週末くらい大人しくしてろよ」


「そうだな」


「でも、大人しくする顔じゃないんだよなあ」


「顔で判断するな」


「じゃあ口で聞く。病み上がりデートか?」


「ぶっ」


 今度こそ、普通にむせた。


 喉は治ったはずなのに、咳が出そうになる。


「ちょ、図星すぎる反応するなよ」


「違う」


「何が?」


「デートじゃない」


「じゃあ何?」


「快気祝い」


 言った瞬間、佐野の口角が上がった。


 しまった。


 言う必要のない情報を出した。


「へえ、快気祝い」


「そう」


「誰と?」


「……」


「沈黙」


「一人で」


「一人で快気祝いに行くやついる?」


「いるかもしれないだろ」


「いないとは言わないけど、高坂は一人でそんな顔しない」


「だから顔」


「顔」


 佐野は笑いをこらえるように口元を押さえた。


「で、相手は例の親戚?」


「親戚じゃない」


「おっと」


 また口が滑った。


 佐野の目が完全に獲物を見つけた猫のそれになった。


「高坂、今日は口が軽いな」


「病み上がりだから」


「それ便利に使いすぎだろ」


「便利ではなく」


 言いかけて、止まった。


 凛音の口癖をここで出すところだった。


 佐野が首を傾げる。


「何?」


「何でもない」


「今、便利ではなく、何?」


「正確、とは言ってない」


「言ってないけど、自分で答え出してるぞ」


「……授業始まるぞ」


「逃げたな」


「逃げた」


 認めるしかなかった。


 佐野は笑いながら自分の席へ戻っていった。


 ただ、席に戻る直前、軽く言った。


「まあ、無理すんなよ。病み上がりなんだから」


 からかってばかりだが、最後はそこに戻る。


 そういうところが、佐野のずるいところだった。


     ◇


 同じころ、隣の教室では氷室凛音が白川沙耶に捕まっていた。


「凛音」


「何」


「週末、何か予定ある?」


「……特には」


「その間はある人の間だった」


「間などないわ」


「今、めちゃくちゃあったよ」


 沙耶は机に頬杖をつき、にこにこしながら凛音を見ている。


 凛音はノートを鞄から取り出しながら、できるだけ平静を保とうとしていた。


 平静。


 平静でいなければならない。


 週末は快気祝い。


 看病のお礼。


 喫茶店。


 高坂くんと二人。


 ……考えてはいけない。


 学校で考えると、表情に出る。


 特に白川沙耶の前では危険だ。


「凛音、週末に可愛い服着る予定ある?」


 唐突だった。


 凛音の手が止まる。


「どうして、そうなるの」


「いや、なんとなく」


「なんとなくで人の服装を聞かないで」


「じゃあ、理由ありで聞くね。週末に誰かと出かける予定ある?」


「……」


「沈黙」


「白川さんは、最近佐野くんに似てきたわ」


「えー、やだなあ」


「褒めていない」


「わかってる」


 沙耶は楽しそうに笑った。


 その顔が、非常に危険だった。


 凛音は教科書を机に入れ、椅子に座る。


 普通に。


 何もないように。


 しかし、沙耶は逃がさない。


「ねえ凛音」


「何」


「高坂くん、体調戻ったんだよね?」


「……たぶん」


「たぶん?」


「昨日は平熱だったと聞いているわ」


「へえ、聞いてるんだ」


 しまった。


 言い方を間違えた。


 凛音はすぐに言い直そうとしたが、もう遅い。


 沙耶の目が光っている。


「誰から?」


「本人から」


「へえ」


「体調を崩していた同級生の経過を確認するのは、普通でしょう」


「凛音が?」


「……」


「普通じゃないね」


「白川さん」


「はい」


「人は、成長するものよ」


「便利な言い方」


「便利ではなく正確」


「あ、それ高坂くんも最近言いそう」


 凛音は危うく完全停止しかけた。


 なぜそこで高坂くんが出てくるのか。


 いや、沙耶にはかなり見抜かれている。


 むしろ、気づかれていないと思う方が無理かもしれない。


「で、週末」


「戻るの?」


「戻るよ。可愛い服、着る?」


「普通の服」


「凛音の普通って、だいたい可愛いんだよね」


「そんなことは」


「あるよ。凛音、自覚ないけど」


 沙耶はそこで、少しだけ優しい顔になった。


「もしかして、誰かに見てほしい?」


 凛音は返事ができなかった。


 見てほしい。


 高坂くんに。


 そう思っている。


 スーパーへ買い出しに行ったとき、彼は「似合ってる」と言ってくれた。


 その言葉が、今でも忘れられない。


 喫茶店に行くなら、変に気合いを入れすぎない服。


 でも、少しだけちゃんとした服。


 高坂くんに、変じゃないと言われたい。


 できれば、似合ってると言われたい。


 ……そこまで考えて、凛音は内心で頭を抱えた。


 だめ。


 完全に浮かれている。


「凛音、今すごくわかりやすかった」


「何も言っていないわ」


「顔に出てた」


「出ていない」


「出てたよ。恋する女の子の顔」


「白川さん」


「はい」


「朝から危険な単語を使わないで」


「恋?」


「……それ」


 沙耶はくすくす笑った。


「じゃあ、言い換える。週末、楽しみなんだね」


「……少し」


「少し?」


「かなり、かもしれない」


 言ってしまった。


 凛音は自分で少し驚いた。


 沙耶も一瞬目を丸くしたが、すぐに嬉しそうに笑う。


「そっか。いいじゃん」


「まだ、何も言っていないでしょう」


「言ってないけど、凛音がかなり楽しみにする予定なんて、相当だよ」


「……そうかもしれない」


「相手、大事な人?」


 凛音は机の上のノートを見つめた。


 大事。


 その言葉を否定する理由は、もう見つからなかった。


「……大事では、あると思う」


 声は小さかった。


 それでも、沙耶には届いた。


 沙耶は少しだけ真面目な顔をして、頷いた。


「じゃあ、大事にしてきなよ」


「……うん」


 凛音は小さく頷いた。


 それから一拍遅れて、顔が熱くなる。


 今、自分は何を認めたのだろう。


 かなり危険なところまで来ている。


 でも不思議と、嫌ではなかった。


     ◇


 昼休み。


 俺は佐野から逃げるように弁当を食べていた。


 今日は凛音の弁当ではない。


 普通に購買で買ったおにぎりとサンドイッチだ。


 凛音からは朝、「今日は通常登校の初日だから、弁当より購買で軽めに」と言われた。


 なぜ俺の昼食まで管理されているのか。


 いや、正直ありがたい。


 まだ胃に負担をかけない方がいいのはわかる。


「高坂」


「何」


「今日、弁当じゃないんだな」


「病み上がりだから軽め」


「誰の指示?」


「自分の判断」


「嘘だな」


「何でわかる」


「高坂の自分判断にしては慎重すぎる」


「俺だって慎重になることくらいある」


「風邪引く前はならなかった」


 痛いところを突かれた。


 俺はおにぎりを食べる。


 佐野はにやにやしたまま、焼きそばパンをかじっている。


「で、快気祝いはいつ?」


「……」


「お、沈黙」


「週末」


「言った!」


「もう隠しても面倒だから」


「相手は?」


「言わない」


「氷室さん?」


「言わない」


「反応でわかる」


「じゃあ聞くな」


 佐野は声を出して笑った。


「いやー、外堀埋まってきたな」


「外堀って何だよ」


「こっちの話」


「不穏だな」


「安心しろ。悪いことはしない」


「その言い方が一番怖い」


 佐野は少しだけ真面目な顔になった。


「まあでも、本当に無理すんなよ。快気祝いなら、楽しく行ってこい」


「……うん」


「あと、ちゃんと褒めろよ」


「何を?」


「服」


 俺はお茶を飲みかけて止まった。


「何でそうなる」


「氷室さん、たぶんめちゃくちゃ考えてくるだろ」


「……」


「そこで高坂が何も言わなかったら、たぶん落ち込む」


「お前、本当に誰だよ」


「恋愛相談の佐野」


「嫌な肩書き」


「でも正しい」


 佐野は得意げだった。


 悔しいが、確かに正しいかもしれない。


 スーパーのときも、凛音は服装を気にしていた。


 喫茶店なら、たぶんもっと考える。


 ちゃんと言わなければ。


 似合ってる、と。


 想像しただけで、こっちの心臓も少し危ない。


     ◇


 放課後。


 白川沙耶と佐野は、偶然を装って廊下の端で顔を合わせた。


 偶然を装っている時点で偶然ではない。


「どうだった?」


 沙耶が小声で聞く。


「高坂、週末に快気祝い行くらしい」


「やっぱり」


「相手は言わなかったけど、反応でほぼ確定」


「凛音も、週末かなり楽しみって認めた」


「氷室さんが?」


「うん」


「それは確定だな」


「確定だね」


 二人は顔を見合わせた。


 事件の推理が当たった探偵みたいな顔だった。


「でも、どうする?」


 佐野が聞く。


「邪魔はしない」


 沙耶は即答した。


「だよな」


「凛音、たぶんすごく勇気出してるから。変に茶化したら引っ込む」


「高坂も似たようなもんだ。押しすぎると逃げる」


「じゃあ、見守り?」


「見守り」


「でも、最低限の助言は?」


「それはあり」


 沙耶は少し考えた。


「私は、凛音に服の相談を振る」


「俺は高坂に、服を褒めろって言った」


「佐野くん、意外と有能」


「意外って何だよ」


「褒めてる」


「絶対ちょっと下に見てるだろ」


「ふふっ」


 沙耶は笑った。


 佐野もつられて笑う。


「まあ、あの二人なら大丈夫でしょ」


「大丈夫かな」


「何?」


「二人とも、最後の一言だけ言えないタイプだから」


「それはある」


 佐野は腕を組んだ。


「でも、だからこそ見てて面白いんだよな」


「わかる」


「読者だったら悶えるやつ」


「何の読者?」


「知らん」


 二人は同時に吹き出した。


 廊下の向こうから生徒が来たので、すぐに何事もなかった顔で別れる。


 ただ、別れ際に沙耶が言った。


「これは確定だね」


 佐野も頷く。


「確定だな」


 何が確定なのか。


 本人たちはまだ知らない。


 しかし、外堀はもうかなり深く掘られていた。


     ◇


 家に帰ると、凛音は少し遅れて帰ってきた。


「ただいま」


「おかえり」


 いつものやり取り。


 でも今日は、二人とも少しだけ相手の顔を見てから目を逸らした。


 たぶん学校で、それぞれ友人に何か言われている。


 俺は聞くべきか迷った。


 凛音も同じように迷っている顔をしていた。


「佐野くんに」


「白川さんに」


 同時だった。


 俺たちは顔を見合わせる。


 それから、どちらともなく笑った。


「そっちからどうぞ」


 俺が言うと、凛音は少しだけ目を伏せた。


「白川さんに、週末の予定を聞かれたわ」


「やっぱり」


「高坂くんは?」


「佐野に、病み上がりデートかって言われた」


「……デート」


 凛音がその単語に反応して固まる。


「いや、俺は否定した」


「そう」


「快気祝いだって」


「そう。快気祝い」


「看病のお礼でもある」


「ええ」


 二人して、同じ言い訳を確認する。


 確認すればするほど、逆に怪しい。


 凛音もそれに気づいたのか、少しだけ頬を赤くした。


「白川さんには、可愛い服を着る予定があるのかと聞かれた」


「佐野には、服を褒めろって言われた」


「……佐野くんは、なぜそんな助言を?」


「知らない。でも、たぶん間違ってない」


 凛音は黙った。


 そして、小さな声で言う。


「……服は、少し考える」


「うん」


「でも、期待しすぎないで」


「期待はする」


「高坂くん」


「だって、凛音が考えて選ぶ服なら、たぶん似合う」


 言った瞬間、凛音は鞄を胸元に抱えた。


「そういうことを、すぐ言う」


「本番で言えなくなると困るから、練習」


「褒める練習?」


「必要かなって」


「必要かもしれないけど、心臓に悪い」


「じゃあ、当日だけにする?」


「それはそれで、当日の心臓に悪い」


「難しいな」


「難しいわ」


 二人でそんな会話をして、また少し笑った。


 週末はまだ先なのに、もう充分に落ち着かない。


 でも、その落ち着かなさは嫌ではなかった。


 むしろ、楽しみで仕方ない。


「凛音」


「何?」


「週末、楽しみにしてる」


 凛音は少しだけ視線を落とした。


 そして、逃げずに言った。


「……私も」


 声は小さかった。


 けれど、ちゃんと届いた。


「かなり」


 その一言が追加された瞬間、俺の方が何も言えなくなった。


 凛音はすぐに顔を赤くして、キッチンへ向かった。


「夕飯、作るわ」


「手伝う」


「病み上がりだから皿を出すだけ」


「まだ病み上がり扱い?」


「信用十割になっても、今日は慎重に」


「はい」


「はいは一回」


「はい」


 いつものやり取り。


 でも、空気はいつもよりずっと甘い。


 週末の喫茶店。


 快気祝い。


 看病のお礼。


 そして、周囲からはもう完全に別のものとして見られている予定。


 俺たちはまだ、それを認められない。


 でも認めていないだけで、心はもうとっくに先へ進み始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ