6話 婚姻についての合意を得た
「なんだろう。俺は大公を溺愛する気まんまんだが」
そんなウェイドの軽口を、フレイアは無視する。
「私の母は4人姉妹の3番目だ。そして、母は私と姉を産んだ」
「それで?」
「母の姉妹たちの中で生まれた男児は2人だ。12人生まれて、2人」
フレイアはわずかに身を乗り出し、向かいのウェイドを見つめた。
「母は周囲からさんざん女腹と陰口をたたかれ、結局男が産めなかったという理由で現在も修道院にいる」
「修道院。離縁されたのか?」
ウェイドはひじ掛けに頬杖をつき、フレイアに尋ねる。フレイアは首を横に振った。
「父は認めなかった。だが周囲の圧力に負け、修道院へ。その後次々と『男児を』と女が送り込まれたが、父はすべてを拒絶し、そして……」
「グレイス姫に託された、というわけか。次代の大公を」
フレイアは黙ってうなずいた。
父は自分の死期を知っていたのかもしれない。
それもあってグレイスの婚姻を急いだ。長女が男児を産むかもしれない。その子を大公に据えればいい。
そんな考えがあったのだろう。
周囲からは『あの母親の子だ。今度も女しか生まれないに違いない』。そう言われたが、父は意に介さなかった。
「ウェイド殿下は、私との間に男児を望まれているが、女子しか生まれないかもしれん」
「姫!」「大公代理!」
宰相と近衛の声を、フレイアは手を挙げて制した。
「こういうことを隠して結婚するのはフェアではない。事前にしっかりと伝えておきたい」
それと、と、フレイアは重い息を吐いた。
「父の死後、いろいろとあったせいか、月の物がまったく来ていない。それまでは定期的にちゃんと来ていた。忙しすぎることもあるのだろうが、このことによってひょっとしたら子が……」
「他国から来た俺からすれば、だな」
どんどん沈みゆくフレイアの声は、ウェイドによって断ち切られた。
自分の声に引きずられるようにしてうつむいていたフレイアは、ぷつりと重しから逃れて顔を上げる。
「なぜ男児にこだわるのか。まったくわからん」
あっけらかんとウェイドは笑う。
「なぜ女が大公になれんのだ? うちの国は第一子が継ぐ。性別など関係ない」
「そ、それは……。法律に記されていて」
「ならば変えればいいではないか。なあ、ロクラン」
「と、思いますけどね」
「そんな簡単には!」
フレイアは勢いよく立ち上がる。そして同意を得るために宰相を見る。
が、宰相は真剣な面持ちでウェイドを見ている。
「……確かに、一考の余地はあるかもしれません」
「宰相!」
なにを感化されているのかとあきれたのに、宰相は真面目な顔でフレイアを見上げた。
「もちろんいろんな手順を踏まねばなりませんが……。このままでは大公の血が途絶えます」
「途絶えるわけはない」
「姫自身がおっしゃったではないですか。もし男児が生まれなければ? そもそも子が生まれなければ?」
「子は生まれるさ! なぜなら俺が生まれるまで頑張るからな!」
片目をつむるウェイドの発言は、みなに黙殺された。
「いまのところ亡きトビアス公の直系はフレイア姫のみ。ここを途絶えさせるわけにはいきません。ですが、現状ではそれも危うい」
「だから私は大公代理として……」
「大公になればよろしい。そして嫡子を次代につなぐのです」
「だ、だが……」
フレイアは困惑しながら首を横に振る。
「女の大公などいまだかつて存在したことはない。民や貴族が納得するか?」
「納得します!」
今度声を張り上げたのは近衛たちだ。
「いまこの公国を支えているのは……。守っているのは、誰あろうフレイア大公代理です! 反対などありえない!」「公都にいて指揮していてもよいのに、最前線に来てくださる! こんな方は男でもいない!」
「それは……」
フレイアは言葉をすぼませる。
自分が大公代理となったとき、先頭に立たねば威厳が示せないと思ったのだ。
非常事態とはいえ、女子が大公代理になってもよいものか。亡きトビアス公の弟である侯爵に大公位を譲るべきではないのか。
フレイアとてさまざまに悩んだ。
結果的に侯爵が辞退したことにより、フレイアが大公代理になったのだが、国内にはまだ不満をいだく者がいる。それを黙らせるためにフレイアは「大公代理」という肩書を持って最前線に向かったのだ。
おまけに。
勲章ばかりぶらさげる老いた伯爵どもでは負ける、という現実も見えていた。
槍を構えて突撃ばかりを繰り返す戦争はもう終わっている。
それなのにこの公国ではまだまかり通る。
父トビアスはそれをいつも憂いていた。『攻められれば滅ぶ』。それを知っていたから、外交に力を入れていたのだ。
「まあ、正式な大公になるには法律を変える必要もあるだろうからさ。それは落ち着いてからでいいんじゃないか?」
ウェイドは言うと、頬杖を解いて茶を飲む。
「それより先に、俺と君の結婚式が先だし」
「結婚式?」
フレイアは目をまたたかせた。ウェイドはいぶかし気に目を細める。
「いるだろ? 結婚式」
「さっきしたではないか」
「さっき? いつ」
「二階の執務室。そちらの魔術師の前で宣誓を……」
「あれはあくまで宣誓でさ! 結婚式は違うだろ! 親戚縁者、各国重鎮を招いてさ!」
「……いるか? 宰相。カネがかかりそうだ」
「……姫が不要と思われるのであれば……」
「ならいらん」
「いるだろ、結婚式! 人生に一回だぞ⁉」
力説するウェイドに、フレイアは左手を開いて突き出して見せる。
「そういうなら、まずは指輪ぐらいちゃんとしたのを」
「うぐ」
フレイアの左手人差し指にはまったナットを見つめ、ウェイドが押し黙る。
「とりあえず、今日のところはこのあたりにしよう」
ようやく静かになった室内を見回し、フレイアは告げた。
「メンフィス王国第四王子は、タレニウム公国大公代理のフレイアと本日婚姻についての合意を得た。ふたりの間に生まれた男児が、次期大公となる。みなのもの、異論はないな?」
「異議なし」
宰相とロクランが声をそろえる。
「宰相、明日にでも各国に通達。国中にも広めよ」
「承知。各新聞社と教会に結婚の知らせを」
「ロクラン。うちも本国に連絡」
「かしこまりました」
それから、とフレイアは続けた。
「大公位の継承について変更を行うかどうかは後日議論をすると追記」
「承知」
「大公」
ウェイドが挙手をする。フレイアは唇をしかめる。
「代理、な? なんだ」
「発表は明日になるが、この時点をもって君と俺は結婚したということでいいのだな?」
「それはかまわん。宰相、よいか?」
「かまいません」
「ということだ。だが、結婚式はせんぞ」
「そのことについても後日相談と記しておけ、ロクラン。そっちの宰相もな」
「はいはい」
「まあ……はい」
ふう、とフレイアは息を吐き、くしゃくしゃと前髪を掻き上げた。
「では本日は終了。軍議については明朝0900とする」
近衛たちが踵をそろえて敬礼をし、会議は終了した。




