50話 最終話 この国でずっと
◇◇◇◇
次の日の朝。
フレイアが目を覚ました時、めずらしくウェイドはまだ眠ったままだった。
自分の隣で眠る彼を、なんだか新鮮な思いで見つめる。
いつもは彼の方が先に起きて、フレイアを眺めているか。
あるいは世話を焼くためにすでに起き出しているからだ。
フレイアはじっと彼を観察した。
すっと伸びた鼻筋。
まぶたを縁どるまつ毛。
それも髪色と同じ金だ。
なかには髪は金色だが、まつ毛は黒だという人もいると聞くが、彼は一緒らしい。
へぇ、となんだか物珍し気に眺めていると、「大公」と意外にはっきりと言われてぎょっとした。
「目を閉じて待っているのに。いつキスしてくれるんだ?」
どうやら起きていたらしい。
フレイアは無視し、彼に背を向けてまた二度寝の姿勢をとる。
「ちょ……大公。ほら、キスだけじゃなくていいんだよ? キス以外にもしてもいいんだよ? する? やる? やっちゃう?」
「うるさい。だいたい、しないんじゃないのか?」
「それは昨日の話だ。もう新しい朝がきた。昨日とは違う」
ウェイドの言葉に。
少しだけ感銘を受けた。
「新しい朝、か」
ぽつりとつぶやくと、ぎし、とベッドが軋む。
ウェイドが肘をついて上半身を起こし、フレイアの顔を覗き込んできた。
「どうした?」
「いや。あれだけ昨日、いろいろあったのに。もう新しい朝が来たんだな、と思って」
昨日の早朝は馬に乗り、セジェル兵に罵声を浴びせていた。
昼にはまだ戦闘をしていたような気がする。
夕方にはゴステア城に入り、夜にはハドリアヌス王にも会った。
そして深夜には、姉にも……。
「眠れないと思っていたのに。意外に私は図太いな」
フレイアは苦笑する。
あのあと、姉の遺体は朝に移動させることにして、衛兵に見張りを頼み、寝室に戻った。
ウェイドが「朝まで眠ろう」と言い、フレイアは「眠れない」と言ったのだが。
彼に抱きしめられていると、いつしか眠っていたらしい。
「腹が減るのも、眠くなるのも生きていれば当然だ。図太いとか関係ない」
ちゅ、とウェイドがフレイアの頬にキスをする。
フレイアは掌底で突き返し、身体を起こした。
「起きるのか? もう少しふたりでベッドにいようじゃないか。もうハドリアヌス王もいないのだし」
ウェイドが言うが、フレイアは完全無視だ。
「今日もやること満載だ」
枕を前に抱え、ふうと息を吐いた。
「姉の遺体をまずは移動させねば……。葬儀の手配と、誰だったか……カレネンか。あいつが残党を引き連れて帰るための準備と……。ウォルター准将のこともあるし」
そう言って、髪の毛をかきむしる。
「宰相はいまどこにいるのだ! 近づいてきているのだろうな⁉」
「近づいてきてるし、前にも言ったろう。なにもひとりで全部することはない」
ウェイドは起き上がり、後ろからフレイアを抱きしめる。
「カレネンや准将のことについては俺がやろう。君は姉上の葬儀のことを考えればいい。そうしていたら、働き者の宰相が来てくれるさ」
「そうだな……」
「大公がゆっくりしてくれないと、俺はいつまでたっても子作りができない」
「貴殿はそればっかりだ」
「大公が考えてくれないから、俺が大公の分まで考えているんだ」
「そうか。それはありがとう」
「心にも思っていないな?」
「そういうことは気づくんだな」
フレイアは言い、笑う。ウェイドも笑った。
ぎゅ、とウェイドがフレイアを抱きしめる。
彼からはやっぱりミントの香りがする。
「大公、新しい朝はいつでも来る。だからそう急ぐな」
「そうだな」
フレイアはうなずいた。
タレニウムは小国だ。
今回、セジェルはなんらかの理由で手を引いたが……。今後、手出しをしないとは限らない。
それはなにもセジェルに限ったことではない。
ウェイドの母国メンフィスだってタレニウムを狙っているかもしれないし、ダノン教皇国だって関与をしてくるかもしれない。
生き残るには。
この国に新しい朝を迎えさせ続けるには。
ここは自分たちの国だ、と思い続ける力がいる。
手を出されたら、はじき返す力がいる。
はねのける胆力がいる。
フレイアはウェイドに抱きしめられながら、自分の手を見た。
(姉のためにも。父のためにも)
この国を守る。
公国民を守る。
それがフレイアに託された使命だ。
「ウェイド殿下」
「なんだ」
「明日も一緒に新しい朝をみよう」
「そうだな」
この国で。
ずっと。
了




