49話 誰もが国を守ろうと思った
「それには及ばん。放っておけ。あと、誰ぞ国境を封鎖している近衛のところに早馬を。封鎖を解き、すぐにゴステアに戻れ、と。ハドリアヌス王ご一行を通して差し上げろ」
姉が死んだから、本国に逃げ帰った。
……ではない。
きっと帰らざるをえないなんらかの事情が出たのだ。
もちろん、近衛を使って挟撃してもいいが、公国軍もギリギリだ。
正規兵は少ない上に、連戦が続いている。
挟撃は息をあわせねば意味がない。各個撃破されては目も当てられない。
「ハドリアヌス王には、あとでたんまり賠償金を支払ってもらう」
これは予感でしかないが……。
ハドリアヌスが逃げ帰った理由。
そのことで、セジェル王国内はしばらくもめる。
きっとタレニウム公国にちょっかいなど出せないほど、もめる。
(そこに、多額の賠償金をふっかけて、国庫も荒らしてやる)
うちの国土が荒らされたのだ。
あちらの国庫を荒らして何が悪い。
「か、かしこまりました!」
兵は回れ右をして、また急いで戻っていく。
フレイアはウォルター准将とカレネン大佐に言う。
「確かに姉を受け取った。今日はもう遅い。明日の朝、今後のことについて話し合おう。だが、賠償金は、かならずいただくこと、書面にしてかわすのでよろしく」
「承知いたしました」
ウォルター准将は敬礼をすると、幌の外で待機していたカレネン大佐を連れ、城の方へとカンテラを揺らして歩いて行った。それをロクランが最後まで見送る。
「どういうことだ?」
ウェイドが唸る。
フレイアは彼から手を放し、どっかと荷台に座った。
「わからん。わからんが……。ハドリアヌス王がなにかした、というわけではないだろう。急ぎ本国にもどっているのだからな」
「ということは、本国にまつわる誰かの仕業か?」
「あの国も、一枚岩ではないのかもしれんな」
ぽつりとフレイアは言う。
「少なくとも、うちは一枚岩だった」
「……だった?」
フレイアの語尾が気になるのか、ウェイドが繰り返す。
「姉は、国を救いたくて人質になると言った。姉の婚約者は、国に迷惑をかけたくない、と自ら身を引き、修道院に入った。私は国を暴徒から救いたくて、大公代理となった。誰もが、国のために、と行動を起こし……。その点においては、我が大公家は一枚岩だった」
フレイアは、仰向けに倒れたままの男を指さした。
「あの男」
「ああ、楽士とか言っていたな」
「姉の婚約者だ」
ウェイドは絶句する。
彼にしては珍しく目を見開き、男とグレイス姫を何度も交互に見比べていた。
「姉と婚約破棄をして修道院に入ったと聞いていたが……。いつセジェルに」
「と、ということはあれか⁉ あの暴漢! 人質として引き渡されるときにグレイス様を襲ったのは……!」
「いや、それはどうかわからん。暴漢がたったひとりなら、可能性はあるが。あれは十数人だと聞いた。姉の婚約者にそのような仲間がいたかどうか」
なにより自分のことで誰かが迷惑をこうむることを避けたかった男だ。
たったひとりで斬りこんだというのなら、違和感がないが。
集団で、となると違う。
(たぶん、姉を襲った暴徒はまた別の誰かの手によるものだろう。それが今回、ハドリアヌスが逃げ帰った理由か……?)
フレイアは立ち上がり、ベッドに近づく。
グレイスの枕元に立ち、そっと手を伸ばして、顎を上げさせる。
「確かに索状痕はないな。……姉上、ちょっと失礼」
言うと、指でグレイス姫の口を開かせた。
「悪い、カンテラを」
「ああ」
フレイアに促され、ウェイドがカンテラを持って近づく。
グレイスの口の中を照らした。
「糸と……これ」
フレイアが、小指の爪より小さな羽根をつまみ上げた。
「たぶん、羽根枕を押し付けて窒息させたのだろう」
「楽士……ではない。元婚約者が、か」
「このままハドリアヌスの慰み者にされるのが哀れと思ったか。公国に迷惑をかけると考えたのか」
フレイアはつぶやく。
姉の元婚約者はなんらかの手を使って。
あるいは誰かにいざなわれて。
姉の命を奪うために、セジェル王城に潜り込んだ。
そして、それをやり遂げた。
「誰もが、公国を守ろうとして……。それで」
フレイアはそのまま語尾を潰えさせる。
ウェイドはそんな彼女をそっと抱きしめた。
「彼を……。姉の婚約者を」
「うん」
「姉の墓の隣に葬ってもよいだろうか」
「いいんじゃないか? 黙っていればわかるまい」
フレイアはウェイドの胸に顔を押し付けたまま、無言でうなずく。
低く、鈍い。そんなセジェル騎兵の足音が徐々に遠くなっていくのを、そうやって聞いていた。




