42話 新兵器
「い……生きて……?」
ようやくフレイアが絞り出す。
ハドリアヌスはもう一度茶を飲み、のんびりと「ああ」と返事をした。
「襲われた直後は瀕死でな? まあ、いまでもいつ死ぬかわからんと医師に言われているが」
「貴様、それをなぜ言わん!」
「大公!」
テーブルに手を突き、足をかけてハドリアヌスに迫ろうとしたフレイア。
その腰に取りつき、制止したのはウェイドだ。
「おいおい、人にマナーのことをうんぬんと言える立場か?」
はは、とハドリアヌスがリットン少将に笑いかける。リットン少将は目線を下げて発言を避けた。
「国境付近で暴漢に襲われ、亡くなったと聞いておりましたが」
「放せ、ウェイド殿下!」
暴れまわるフレイアを抱きしめ、机に押し付けたまま、ウェイドはハドリアヌスに尋ねる。
「おお、内親王が暴れまわるから茶が……。王子よ。これは暴れ馬だな。夜に乗りこなせているのか?」
「答えろ、ハドリアヌス王!」
フレイアはウェイドに上から押しつぶされながら、目だけはハドリアヌスから離さない。
「確かに、我が国に来るときに、なんらかの意図を感じる暴漢に襲われ、グレイスは首に剣を受けた。そうだな、リットン少将」
「はい。傷は深く、出血量はかなりのもので……。もって数日と言われていました」
フレイアは荒い息を漏らしたまま、「そうだ」と同意した。
「我が国にもそのような連絡をよこしたよな? だから姉を我が国に戻してくれ、と!」
父はそう連絡をした。
だが、ハドリアヌスは「こちらで葬る」と。
「こちらで葬ると連絡してきたではないか! そのあとは、我が国が仕組んだ自作自演だとなじり、挙句の果てには難癖をつけて侵攻してきた!」
「死んだら、我が国に葬る、と言ったまでだ。まだ死んでない。そして、自作自演だとはいまでも思っているぞ?」
ハドリアヌスは平然と言ってのける。
フレイアは急に息苦しさを感じた。
何を言っているのか、まったくわからない。
異文化どころか、異次元の話だ。
「ウェイド……。重い。どいてくれ」
漏らした声もかすれ、そういえば今朝、大声を出しすぎたんだったと思いだす。
異変に気付いたのか。
ウェイドは慌ててフレイアを引き起こし、椅子に座らせる。
「それでな? 当初の予定通り、グレイスには貴国からの人質ということで、余の城で過ごしてもらっている」
ハドリアヌスの声を聞きながら、フレイアは意識して呼吸をする。
なぜだか、どんどん呼吸が早く、浅くなるのだ。
(姉が生きていた……。セジェルにいた……)
ホッとしている。
ひとまずはホッとしている。
だが不意に浮かんだのは……。
「よもや替え玉ではあるまいな⁉」
よく似た女性を「グレイス」に仕立て上げて策を弄しているのではないか。
「並び立つほどの美人がいるか? この世に」
ハドリアヌスが一笑に付する。
「そなたも会いたいだろうと思ってな。実は連れてきておるのだ」
「え」
思わず立ち上がろうとするフレイアを止めたのは、リットン少将だ。
「まだ到着しておりません。先ほども申し上げました通り、グレイス内親王殿下の容態は非常に重いものです。なので、移動には細心の注意を払い、幌付きの4頭馬車で、できるだけ揺れが少ない速度で走らせておりますゆえ」
「あ」
フレイアとウェイドは同時に顔を見合わせた。
幌付きの巨大な馬車が運ぶもの。
あれは新兵器ではなかった。
重体の姉を運ぶための馬車だったのだ。
「姉は……。姉の容態は……?」
喋ると、喉になにかが絡む。
ウェイドが背中を撫でてくれた。ちらりと机上を見ると、フレイアとウェイドの茶器が倒れ、中身がこぼれ出ている。
ロクランがそっと手を伸ばして、それらを片付けてくれていた。
「まだ意識は戻っていない。寝っぱなしだ」
ハドリアヌスが言い、リットン少将が補足した。
「医師が言いますところによりますと、多量に出血したため、脳に影響が出ているのではないか、と。呼びかけにも、それから刺激にも反応いたしません」
「刺激」
ハドリアヌスが笑う。なんだ、とフレイアは目をすがめたが、リットンが続けた。
「スープなど水気のあるものを飲み込むことは可能ですし、現在、椅子に座ることも可能になりました。ただ、全身に力が入らないものですから、支えや補助は必要ですが」
「スープだけか……」
ウェイドがつぶやく。
言いたいことはわかる。それでは長くはもつまい。
「姉を返してもらいたい」
フレイアが訴える。
「それはできん」
すげなくハドリアヌスが応じた。
「なぜ。人質だからか? 人質の用をなさんではないか。そちらの手を煩わせるばかりなのだから、我が国で……」
「余の子を孕んでおる」
再び。
ハドリアヌスの発言が爆風を起こした。
こぼした茶の代わりをウェイドに差し出したロクランは動きを止め、ウェイドも凍り付く。
フレイアはこれ以上目が開かないというぐらい目を開いて、目前の男を見た。
「ただ眠っているだけでも後光がさすほどに美しいからな。つい手を出した。リットンの言うとおり、刺激になんの反応もせんのが惜しいが、名器だ。毎晩毎晩抱いていたのだが、女官が言うには、月のものがきておらんそうでな?」
ハドリアヌスは愉快そうに笑う。
「グレイスが余の国に来て4か月……いやまだ3か月か。孕んだ直後ではあるのだろうが……。このまま無事、出産をした場合、だ」
ハドリアヌスは足を組み、その膝に頬杖をついてフレイアを見た。
「タレニウム公国の長女が産んだ男子であれば。それは大公となりえるのだな?」
「お前と……姉上の子だと……?」
ようやく喉からしぼりだしたのは、その言葉だ。
瀕死の姉に。
この男は。
あろうことか、この男は……。
「フレイア。貴殿は正統な大公代理ではない」
「それは詭弁でございましょう!」
ウェイドがなじる。
声が、聞こえる。
「詭弁? どうして」
「すでに正式な手続きを経て、フレイアは大公代理となっております。グレイス姫にはそのような背景がないではありませんか」
「必要か? それが」
「必要でしょう」
男たちの言い争う声が聞こえる。
だが。
その声が、どんどん遠くなって……。
「大公⁉」「フレイア大公!」
ウェイドの大声と。
珍しく驚いたようなロクランの声を最後に。
ぷっつりと意識が途絶えた。




