4話 戦争の発端
◇◇◇◇
その日の晩。
セシル城の一室において、フレイアは宰相とともに、ウェイドと向き合っていた。
「このような部屋で誠に申し訳ないが、非常時故に許していただきたい」
フレイアが詫びる。
セシル城の二階・三階部分は投石器によってかなり破壊されたが、一階のキッチン付近はまだ生きていた。
フレイア達がいるこの部屋は、本来リネン室だ。
いまはすべて取り払って机と椅子を運び込み、簡単な接客室としている。
ちなみに茶の準備をしたのは近衛たちで、いまも警備を兼ねて部屋の隅にワゴンと一緒に待機していた。通常の王城内では考えられないことだ。
「とんでもない。大公と一緒ならどこでも天国だ」
ウェイドはにこやかに笑い、提供された茶を飲んだ。その隣では副官のロクランが真面目腐った顔で座り、紙にペンを走らせている。まさかウェイドのセリフをそのまま書いているわけではないだろうが、とフレイアは心配になった。
「改めて礼を申し上げる。おかげで助かった。ありがとう」
フレイアは立ち上がり、頭を下げる。隣にいた宰相も同じく立ち上がって深く腰を折った。
小さなローテーブルを挟んで向かいにいるウェイドからは陽気な笑い声が上がる。
「気にするな。やつらもさすがに命は惜しいとみえて撤退は早かったな」
そりゃそうだろう。
籠城していたフレイアたちの戦闘員数はわずか130ほど。それを300で取り囲み、一気に攻め入ろうとした矢先に、500の兵がやってきたのだ。
しかも無傷で士気も高い。主体は重装歩兵だ。
開戦当時こそ戦うマネをしていたが、すぐにしっぽを巻いて撤退した。
「領民たちも久しぶりに眠れることだろう」
まだしっかりと見回ったわけじゃないが、家に明かりがともっている風景を見たのは、このセシル領に来て初めてではないだろうか。夜間、人がいるとわかれば敵兵が強奪・強姦目的で押し入るために、どこも息をひそめていたのだ。
「まあ座れば? 俺の城じゃないけど」
椅子の背に腕を回し、気楽な様子でウェイドが言うから、「本当にそうだな」と言いそうになった。
フレイアは黙ったまま、とりあえず椅子に座る。数拍置いて、宰相も隣に座ってロクランよろしくペンを手に取った。
「いくつか尋ねたいんだが、いいかな」
ウェイドがわずかに首を右に傾ける。
さら、と彼の髪が揺れた。室内の照明を受けて金砂のような輝きを孕む。ふとフレイアは自分の様子が気になった。
風呂なんて何日入っていないだろう。
ここには侍女もメイドもいない。襲われたら身を守れないからだ。
だから自分のことは自分でするようにしているが。
彼から見た自分はずいぶんとみすぼらしいことだろう。
(ま、いまさらか)
生まれたときから容姿を姉と比べられてきた身としては、髪ははえていればいいし、服は着ていればいい。
「大公?」
「いや、なんでもない」
見つめすぎたらしい。慌てて首を横に振ると、嬉しそうに微笑まれた。
「いや、好きなだけ見てくれてもいいんだが。それはこのあとの時間にしよう」
「そんな時間はないと思う」
「そうか? いや、人生はわからんぞ?」
「それよりなにをお尋ねになりたいのか」
「ああ、それな」
はは、とウェイドは笑い、椅子の背に回した腕を外す。
向かいにいるフレイアと目を合わせた。
「そもそもなんでセジェル王国が攻めて来たんだ?」
「……我がタレニウム公国は、その昔、セジェル王国の一部であったことはご存じか?」
フレイアはテーブルの上のカップとソーサーに手を伸ばした。ウェイドがうなずくのを確認し、小さく息を吐く。
「いまから120年前のことだ。当時のタレニウム公爵は、セジェル王の許可を得て独立した。それがいまのタレニウム公国だ」
「よく独立を許したな」
「当時は最貧領だった。ここはセジェル王国の辺境であるし、山ばかりで穀物の収穫も少ないしな」
当時は辺境という立地を生かし、宿泊業でにぎわう領だった。
タレニウムはセジェル王国の最東端にあり、タレニウムを挟んで西にはメンフィス王国が。南には領土に食い込む形でダノン教皇国が位置する。
メンフィス王国、ダノン教皇国、セジェル王国。
いずれからも商人がやってきてタレニウムで売買を行う。そんな土地だった。
だから、穀物を栽培して一定の収穫量を納入するというセジェル王国の納税スタイルに合わなかった。納税される栽培植物はその時々によって違う上に、王都からは「田舎」「最貧地」とバカにされる場所でもあった。
当時のタレニウム公爵が「友好関係をきづいたまま独立」を持ちかけても、「生きて行けるのか?」と笑われたぐらいだそうだ。「いずれ、やっぱり合併してくれと泣きついてくる」と。
その状況が一転したのは、タレニウムの山から大量の石炭と鉄、金が発掘されたからだ。
「うちに大量の資源があるとわかった途端、いろいろとな……」
フレイアの声に暗い色がにじむ。
農作地に適さないと見向きもされなかった山から資源が大量に発掘されると、タレニウム公国は最小国でありながら、その豊かさは他国にひけをとらなくなった。
途端に手の平を返したのはセジェル王国だ。
「もともとうちの国だった」と先代王のころから難癖をつけはじめた。
なんとかそれを外交によってかわしてきたのだが、それにも限りがある。
そのうえ、神はなんとも最悪なめぐりあわせをしてくれた。
タレニウムに絶世の美女を。
セジェルに漁色家の国王を。
それぞれ誕生させたのだ。
「セジェルの王、ハドリアヌスはグレイス姫を求められたとか」
ソーサーごとカップを引き寄せ、お茶を口に運ぼうとしたフレイアは動きを止めた。
隣では宰相も身体を硬直させる。
「……そうだ」
ハドリアヌス・ロト・セジェル。
あのクソめ、とフレイアは吐き捨てた。
「ハドリアヌスは、自身に妻がいるというのに、姉をよこせと」
「愛妾か」
「名目上は人質だ。セジェル王国も教皇国が近いからな。愛妾など公然と口にしようものなら破門だろう。それに王妃陛下はかなり悋気の強い方と聞いた」
セジェル王国の真南にも、ダノン教皇国がどっしりと構えている。
ダノン教の強いしばりによって生活しているセジェルでは、妻以外の女性との性交渉は認められていない。重婚などもってのほかであり、愛妾など悪魔の所業。
セジェルの王ハドリアヌスは、海を越えた別大陸の王家から妻を迎えている。セジェルも大国だが、妻の実家もかなりの大国だ。
その妻を追い出せば自分の地位が危うい。
だが近隣に知れ渡るほどの美姫であるグレイスは欲しい。
ついでにタレニウムの富も欲しい。
そこで実行したのが「第一王女であるグレイス姫を人質としてよこせ。さすれば今後10年は侵略・吸収合併などせん」というものだった。
「10年か……微妙だな」
ウェイドは顎を撫でて独り言ちる。フレイアはうなずいた。
「グレイス姫は20代だろう? 女性にとってはいちばん大事な時期だ。婚期とするにも子を為すにもな」
「そうだ。姉にはすでに我が国に婚約者がいるが……。ハドリアヌスは姉を他国との交渉に使われてはかなわんと思ったのかもしれん。王族の女など、基本的に政略結婚が前提だからな」
姉は、妹のフレイアから見ても、あまりに美しすぎた。
他国からの結婚の申し出はひっきりなしにあり、どこに嫁がせても禍根が残りそうだった。
そこで父は同国人と結婚させることにしたのだ。
降嫁させる前提で、姉の子には公位継承権をはく奪する旨が記された綸旨も発行された。
姉の相手は、タレニウム公爵家の遠縁の騎士。
見た目も年齢も釣り合ったふたりで、仲もよかった。
「そのため、フレイア姫が『姉の代わりに人質になる』と申し出てくださったのですが……」
宰相がそこで言葉を濁らせる。
「ああ、それが有名になったアレですか」
ロクランが無表情のまま言う。
がちゃり、と。硬質な音がするからなにかと思ったら、壁に控えていた近衛たちが憤怒の顔で一斉に佩刀に手をかけていた。
「やめろ。事実だ」
フレイアは苦笑いで近衛たちに手を振る。武装解除せよ、と暗に示す。
『はあ? 不細工はいらん。美姫だから意味があるのではないか』
ハドリアヌスははっきりとそう言い、それがそのまま各国に広まった。
おかげでフレイアは『醜女の妹』として有名になったのだ。
「姉の婚約者は状況を鑑みて婚約破棄を申し出て修道院に入った。そして姉はセジェル王国に人質として行くことになったのだが……」
フレイアは口をつぐむ。
「国境で問題が発生したと聞いたが?」
ウェイドが促す。
「わたしは付き添っておりました」
決然と顔を上げたのは宰相だ。
「こちらはわたしと、それからグレイス姫。姫の侍女がふたり。セジェル王国からは内務大臣と駐留外交官が待機していました。もちろん武官も数名」
その間、国境の通行は封鎖されていたのだという。
グレイスと侍女は馬車から降りた。
駐留外交官はグレイスと顔見知りだったため、少しでも安心させるようと国境線のむこうからしきりに話しかけてくれたのだそうだ。
グレイスもそれに対して「お久しぶりですね」とか「今日は本当にありがとう」と口にしたそうだ。
そうして、グレイスと侍女が国境を越えてセジェル王国に入ろうとしたとき。
事件は起きた。




