37話《セジェル》要衝ゴステア城2
「陛下の増援隊は? まだ到着できんのか」
ウォルター准将が、斥候らしき旅装の男に尋ねる。
「できるだけ早く見積もっても、明日の昼かと」
「明日の昼」
ウォルター准将は天を仰ぐ。
その動きに合わせるように、城自体が揺れた。「おっと」。ウォルターが机に手を添え、士官たちはバルコニーに通じるガラス扉を開くために移動した。扉が変形しては開かなくなってしまう。
「あの火薬球、そろそろ尽きると思うか?」
ウォルターがカレネンに尋ねる。カレネンは大きく頷いた。
「シャザール砦でも、5発ほどだったろう。おそらくあれが最後のひとつでは?」
「うちの弓兵はほとんど使い物にならないだろうしな。カタパルトは?」
「矢狭間が落ちたのだ。ともに落ちておるだろう」
カレネンが言う。ウォルターは腕を組んだ。
「正攻法ならば、ここから破城槌で突入してくるのだが……。そこをなんとしても防がねばならん」
「まあ、要衝にある城なだけあって、ここは攻めるにも難しい城。陛下到着までは持ちこたえられるだろう」
そうだな、とカレネンにうなずこうとしたウォルターの声は。
バルコニーから飛び込んできた士官の声で消えた。
「騎兵がおります! タレニウムの騎兵が!」
「騎兵?」
ウォルター准将とカレネン大佐は顔を見合わせた。
変だ。
なぜ突入してこない?
そしてすぐにバルコニーに出る。そのあとをアーネスト大佐も追った。
外は、いつの間にか朝日が昇っていた。
ただ、東西の矢狭間と城壁が破壊されたおかげで、朝もやのような視界だ。
バルコニーからは、城門の様子が一望できる。
本来であれば城主が出立する兵や騎兵を見送るためだ。
だがいま、城門の前に隊列を組んで並ぶのは、セジェル兵ではない。
タレニウムの騎兵。
交差した矢に絡むバラの蔦。その旗印がずらりとかかげられている。
「一騎打ちか?」
カレネンが目を細める。
というのも、いずれの騎兵も槍を持っているからだ。
「だが、あのたいまつは?」
ウォルター准将がいぶかしむ。
すべての騎兵がそういうわけではないが、半分ほどの騎兵が、槍と同じくたいまつを持っているのだ。
バルコニーから見ていることに気づいたのだろう。
その中のひとりが城門まで近づいてくる。
「まさか、あれ。大公代理か?」
ウォルター准将がつぶやく。
というのも、ひときわ鎧や装具が豪華だからだ。
白銀の鎧。黄金の拍車。マントの裏地は深紅だ。
「セジェルの野良犬どもよ、よく聴け!」
シールドを上げ、発する声は、凛としていた。ほれぼれとする。
そしてその声は。
誰が聴いても、女性だ。
「やはり大公代理か」「フレイア内親王だ」「前線に来た」
士官たちがざわめく。
「大公代理のフレイア・ローズ・タレニウムである! ここは我が公国! 居座ることは許さぬ! 即刻立ち去れ!」
「……美人ではないか」
カレネンが突如として言い、誰ともなく吹き出した。ウォルターも苦笑しつつ、大声を張る。
「我はこの城を預かるウォルター准将である! ハドリアヌス王の命により、この城はもらいうけた! 姫君は姫君らしく、王城に戻られよ! そして我が王の到着を待たれぇぃ!」
「フレイア姫はご結婚なさったとか! 閨で殿下をお相手なさってはどうか⁉」
「でなければ捨てられますぞ!」
ウォルターに続き、士官たちが罵声を浴びせる。
その後に続く嘲笑は、セジェル兵のものたちだ。
「おまえらの頭はそればっかりか、鬼畜どもめ!」
それらを一掃するほどのフレイアの大声が返ってきた。
かぶっていた兜を外し、城門に向けて投げつけると、バルコニーを指さしてにらみつけてくる。
その勢いに。
兵たちだけではなく、士官たちも口を閉じた。
「我が国の女性にした非道、なにより許せん! 絶対に許せん!」
怒髪天を突くとはこのことか、と。
誰もがその勢いに飲まれた。
「慈悲深い神がお前たちの罪を許そうとも、このフレイアが許さん! 地獄に蹴落としてくれるわ!」
「黙れ、女ごときが調子に乗りおって!」
怒鳴り返したのはアーネストだ。
顔を真っ赤にしてバルコニーにしがみつき、唾を飛ばして大声を張った。
「嫌ならば拒めばよかっただろう! みな、身体を許したということはそういうことだ!」
「そうだそうだ!」「操を守りたければ、死ねばよかったのだ!」
士官たちは笑い、兵たちも嘲笑した。
「公国の女に、セジェルの強い種を仕込んでやったのだ!」「腰を振って喜べ!」
ある程度のセジェルからの罵声が止むと。
驚いたことに、タレニウムの騎兵たちから笑いが起こる。
しかも。その声はすべからく女だった。
「へったくそだったくせに、なにいってんだか!」「モテないものだから、戦場で弱い者いじめしかできないのね!」「セジェルの女が可哀そう! あんな夜では満足できないでしょうに!」
騎兵は鎧兜を着用の上、騎馬に乗っていたため気づかなかったが、いずれも女性兵士のようだ。
「ここにいるのはいずれも被害者だ! お前たちに一矢報いんと志願した兵だ!」
フレイアはバルコニーをにらみ上げた。
「我らの怒りと、地獄からの迎え火に焼き尽くされるがいい!」
そう言うと、持っていた槍の穂先をたいまつの火に近づける。
ご、と。
鈍い音を立てて槍の穂先から火を噴いた。
「火槍か!」
とっさにバルコニーから離れる。
というのも。
フレイアがこちらに向かって火を噴く槍を投擲したからだ。
それを皮切りに、女性騎兵が次々と火槍を城内へと投擲し始める。
「なんというやつらだ」
指揮所に入った士官たち。だれもがあっけにとられた。
セジェルでは考えられない。
女性とはか弱く、おとなしく、考えが浅い。だからこそ、男が庇護し、正しき道に導いてやらねばならぬ存在だ。
それなのに、タレニウムでは武器を持って歯向かってくるではないか。雄々しく。
ウォルター准将は士官たちの様子を一瞥して内心舌打ちした。
だめだ。初手で飲まれた。
この空気をどうにかせねば。
そう思った時、室内に悲鳴が上がる。
「お、女になど負けたら……!」
震える声に、誰もが声の主を見た。
アーネスト大佐だ。
「陛下になんと言われるか……!」
「アーネスト、かまうな。放っておけ。どうせ城内には入れん」
まずいと思ったのだろう。カレネンが声をかけるが、血走った眼をアーネストは彼に向けた。
「なにをするかわからない奴らですぞ⁉ 次はどんな手段でやってくるか……!」
それに反論する人間は指揮所にはいない。確かに、公国兵の戦い方は自分たちとまるで違っているのだから。
「いまなら……勝てるのでは?」
「……なんだと? アーネスト」
ぽつりと漏らしたアーネスト大佐の言葉を、カレネンは素早く拾いあげた。
「貴官、よけいな……」
「ウォルター准将! あの騎兵がこちらに突進して来たら、そのあとに続くのは重装歩兵です! いまのうちに叩いておかねば!」
ぎらつく目で、アーネストはウォルター准将に凄んだ。
「女だけの騎兵です! いまなら全員屠れる!」
「やめておけ、アーネスト大佐。相手の挑発に乗るな」
ウォルター准将も静かになだめる。
だがアーネストは、強い光を瞳に宿したまま士官たちを見た。
「貴官らもバカにされたままでいいのか! あの女たちは我らを侮辱したのだぞ⁉」
言われて、同意を見せる士官もいる。そしてそれは徐々に広がりを見せた。
「准将、バカにされたままでよろしいのか!」「これはセジェルの沽券にかかわる!」
ウォルター准将に詰め寄り始める。
「落ち着かんか!」
カレネンも間に入って声を張った時、派手な金属音と喚き声が外部で沸いた。
「報告せよ! なんの音だ!」
ウォルターがバルコニーに待機している士官に怒鳴る。
「城門付近で突発的な小競り合いが……!」
狼狽した様子で見張りが告げる。
おそらく、女性騎士の挑発や火槍による攻撃に耐え兼ね、城門付近を守る兵がやり返したのだろう。
ち、と。
ウォルターが舌打ちする。
その後、大きな金属音とともに、いくつもの大声が上がった。
「誰かが城門を勝手に……!」
「開けたのか! 愚か者め!」
カレネンが床を蹴りつける。
「わたしが城への侵入を防ぎます!」
アーネストがウォルターに言う。
「あの女たちを蹴散らしてご覧にいれます!」
これは好機だ、とアーネストの目はぎらついていた。
アーネストは自分の力を知っている。
ウェイドのような百戦錬磨の騎士と戦って勝てると思うほどうぬぼれていない。
だが。
女になら勝てる。
この際、性別はどっちでもいい。
なんなら隠しておけばいい。
城内に入ろうとして来た《《敵》》を蹴散らした。
陛下にそう報告することが可能だ。
挽回できる。
アーネストは強く確信していた。
「……ではアーネスト大佐に命じる。門前の騎士を下がらせよ。あと、誰ぞほかにも」
ウォルターが促すと、ふたりの士官が挙手をする。
「頼む」
仕方ないことだと自分に言い聞かせるように深い息を吐いたものの、ウォルター准将は念を押すことも忘れなかった。
「いいか、深追いはするな。陛下からの命令は籠城だ。攻撃が届かぬところまで撤退させたら、すぐに城に戻るように」
アーネストは返事をするのも忘れて、指揮所を飛び出していった。




