36話《セジェル》要衝ゴステア城1
明けの明星が空に強く輝くころ、アーネスト大佐は城壁の物見台にいた。
いつ攻めてくるかわからないタレニウム兵が気になり、自分の持ち場は騎兵隊だというのに、物見台に居座っていた。
そうやって眼下にみえる矢狭間の弓兵たちを見ていると、最初は弓兵たちも居心地悪そうにしていたのだが。
次第に、押し黙ったまま動きもしないアーネストを「いないもの」として扱い始めた。
自分たちの仕事に専念をし始め、アーネストも周囲に溶け込み、なんとなくウトウトとしかけたときのことだ。
弓矢兵が「あ!」と上げた大声に目を覚ます。
素早く立ち上がり、単眼の望遠鏡を掴む。
掴むが、そんなものは必要がないほど、それははっきりと見えた。
「あれは……。攻撃櫓?」
バカな、としばらく呆然と立ち尽くした。
「カレネン大佐に報告を!」
監視係が弓兵に命じる。数名が城内部に駆け込み、それ以外はみな、矢の準備を始めた。
(総大将は、あの小娘ではないのか……?)
薄暗闇の中、騎馬と共に前進してくるのは、長方形の細長い建物が2基。
城壁と同じぐらいの高さのあるそれは、見間違えようもない。攻撃櫓と呼ばれるものだ。
可動式で、下部にコマがついている。
ようするに櫓ごと移動してくるのだ。
内部に人が入れるようになっており、上部の窓から弓矢や火縄銃で攻撃。弓兵を倒せば、熊手で城壁にとりつき、内部に入り込む。
攻城戦の常とう手段。
「まさか真っ向勝負で来るとはな。総大将が変わったのか?」
駆け上がって来ただろうに、息も乱していないカレネン大佐がアーネストの隣に並んでいう。
「ですが……。旗印は、交差する矢とバラの蔦」
アーネストは指さす。
騎馬の従者がかかげているのは、まぎれもないフレイアの旗印だ。
攻撃櫓の後ろには多数の騎馬が。
そしてその背後には、重装歩兵が。
闇と同化し、機械的に動くその様子にアーネストはおぞけを感じた。
「ふむ。早朝に仕掛けてくることといい、あの小娘が引き続き総大将か。ならばあの攻撃櫓はなんだ? しかも移動が早いな。どうなってるんだ」
カレネンはいぶかし気に顎を撫でる。剃る時間などなかったのだろう。アーネストもそうだが、顎に無精ひげが生えていた。
「あのように動きの速い攻撃櫓は初めて見ます。まさか新兵器では⁉」
おびえた声に、カレネンは眉根を寄せた。
「士気にかかわる。さような声を出すな」
叱責され、口を手で覆った。
「カタパルト用意!」
カレネンが声を張る。
弓兵の間に設置していたカタパルトに、数人の兵士がとりついた。
「発射!」
三基のカタパルトから、あらかじめ装填されていた岩が、空気を裂いて飛び出す。
どん、と重い音がいくつか城壁の前で上がった。
騎馬と重装歩兵の足が止まる。
だが、攻撃櫓は止まらない。
速度を保ったまま、コマを回転させて城壁に近づいてくる。地鳴りがするほどの速度だ。ぶつかってくる気か、とアーネストは真っ青になる。
「次弾!」
カレネン大佐が怒鳴るが、カタパルトは遠くに重いものを飛ばすという性質上、強力なバネや巻き上げ機を使う。セットするのに時間がかかるのだ。
「これでは間に合いません!」
アーネストが悲鳴を上げた。
攻撃櫓はすぐそばまで迫っている。
「弓兵! 火矢を!」
カレネンが指示した。
「攻撃櫓を燃やせ!」
弓兵たちは矢に布をまきつけ、順次かがり火を使って着火させる。
ぼう、と。
矢狭間から弓兵たちのつがえる矢が突きだされるさまは、狐火のようだ。
たたたたた、と。
断続的に火矢は攻撃櫓に向かって放たれる。
木製だから当たれば燃えるはず。
いくつもの火矢があたり、歓声が上がる。
だが表面に濡らした革を貼っているのか、おもっているより延焼しない。
なにより攻撃櫓の速度が異常だ。
カタパルトの攻撃準備ができたというのに、これでは近すぎて当たらない。
「弓兵! とにかく集中して攻撃櫓を……」
燃やせ、とカレネンは言いかけたに違いない。
だが、口を閉じた。
アーネストは目を見開いた。
攻撃櫓の最上部。
窓が切られたところから、蛍火のようなものがふわりと放出されたのを見たからだ。
「まずい!」
アーネストは大声を上げた。既視感。あれは……。
「来るぞ!」
言うと、自分は耳を押さえて伏せた。
それに続くのはカレネン大佐。
次の瞬間、轟音とともに火柱が上がった。
空気が揺れ、物見櫓の足場が揺れる。
アーネストが手すりにしがみついて顔をのぞかせると、火に取りつかれた弓兵たちが幾人も落下していくのが見えた。それどころか、矢狭間が壁ごとごっそり破壊されている。
「次が来る! 退避だ!」
カレネンが立ち上がって弓兵に向かって叫ぶ。
何人かが尻餅をついたまま動くのが見えるが。
蛍火をつけた弾は、容赦なく落下した。
どん、と。
今度は完全に弓兵が並んでいた壁が崩落した。
「くそ! なんてざまだ!」
カレネンは足場を踏み鳴らした。やめろ、落ちるとアーネストは声にならない悲鳴を上げた。
「陛下がすぐそばまでお越しであるというのに!」
陛下がすぐそばまでお越し。
カレネンの言葉が、アーネストの胸を激しく打った。
(このままでは殺される……)
すでにシャザール砦で失態をしている。
それなのに無為にこのゴステアを落とせば、自分は確実に処刑されることだろう。
「ちっ! 今度は東か!」
物見櫓が揺れる。
カレネンが舌打ちした。アーネストはぼんやりと首を横に向ける。
東の矢狭間が今度は攻撃櫓から火器攻撃を受けていた。
「籠城する前に、城が丸裸にされるわ!」
カレネンは怒鳴ると、アーネストの背中を叩いた。
それでようやくアーネストは我に返る。
「指揮所に行くぞ! ウォルター准将に報告せねばならん!」
怒鳴りつけられ、アーネストは顎を引くようにして頷いた。
そして物見櫓を駆け下りる。
矢狭間に通じる廊下は、負傷兵や救護のための兵でごった返していた。
「どいてくれ!」
何度もカレネンが大声をあげて、矢狭間に行く兵たちと逆行していく。
アーネストは彼の後ろを走りながら、頭の中ではずっと「ここにいては殺される」しか考えられない。
カレネンは大股で進む。白煙が立ち上り、視界が悪くなり始めていた。
外廊下を早足で歩き、城内部に入る。ごん、と一度地響きが鳴る。アーネストが短い悲鳴を上げた。
それを無視し、二階にある指揮所の扉を蹴破る勢いでカレネンは入室した。
「ウォルター准将! 弓兵はもう使えん!」
指揮所には、すでに主だった士官が集まっており、ウォルター准将を取り囲んでいた。
カレネンが入ってきたことで、一斉に顔がこちらに向く。アーネストはまるでそれさえも自分を非難しているように感じて身体をすくませた。
「カレネン大佐。こちらも最悪だ」
ウォルター准将が握っているのは、細長い紙片。斥候からの密文だ。
「兵站を切られた。国境を封鎖されたらしい」
「は⁉ タレニウムにか⁉」
カレネンが目を剥く。ウォルターは口をへの字に曲げた。
「余力があるとは思わなかったな。それに後詰は陛下が連れている増援部隊がやってくれていると思っていた」
「どうやら旗印からみると、大公代理の近衛隊のようです」
士官の一人がウォルターの言葉を補足する。
「では籠城もできんということか⁉」
カレネンが言う。
侵攻開始以降、ずっと兵站の道として使用していたセジェルとタレニウムの国境通路を、大公代理の別動部隊である近衛が封鎖した。
もちろん、他の街道を探し、使うことも可能だ。
だがそれには時間がかかる。
その間、ゴステア城で籠城するというのはあまりに危険だ。
なにしろゴステア城下からの食糧供給も見込めない。
城内部には500近くのセジェル兵がいる。その上、ハドリアヌスが200の兵を率いて、この城にこようとしているのだ。
兵の腹を満たす食料と、持たせる武器が圧倒的に足りない。
「いまなら、まだ陛下の増援部隊と合わせて700の兵がいる。国境を突破し、国に一度帰るほうがいいのではないか」
カレネンがうめく。ウォルター准将もうなずこうとしたのだが。
「陛下のお考えは籠城では⁉」
大声を上げたのは、アーネスト大佐だ。
ぐ、と言葉を飲み込んだのは、ウォルターたちに同調しようとした士官だちだ。
「か、勝手なことをなさっては! 陛下のお叱りをうけますぞ!」
真っ青な顔でアーネストが叫ぶ。
「だが、このままでは閉じ込められる」
ウォルター准将は、がりがりと後頭部を掻いた。




