38話 作戦遂行
◇◇◇◇
鉄格子がはめられた城門が開く。
フレイアは「しめた」と思った。
挑発に乗って来たぞ、と。
外部からは破壊しかできない城門。
ならば内部から開けさせるしかない。
セジェル兵に出されている指示は「籠城」だろうとフレイアたちは踏んでいた。
ハドリアヌスが援軍を連れてきている。彼らと合流するまでは「籠城」が妥当。
だがこちらからすれば、籠城ほど困るものはない。
せっかく近衛が国境を封鎖したのだ。
まとまった数で後退し、国境を突破されて母国に戻られたら意味がない。
ゴステア城の兵をできるだけ削る。
それがフレイア達の目的だ。
ハドリアヌスの増援部隊と合流したとて、母国に戻れない数。
そこまで潰しておく必要がある。
だからできるだけ男たちを挑発し、怒り狂わせ、攻撃に出てくるよう仕向けなければ。
そこでフレイアが提案したのが、「女性騎兵」だ。
彼女たちに罵詈雑言を吐かせ、バカにされたと怒らせることが狙いだった。
「フレイア様!」
隣の女性騎兵が高揚した声を上げた。
案の定、セジェル兵は怒り心頭のようだ。
そもそも、タレニウム公国と同じで、セジェル王国も男性優位社会なのだろう。女からけなされることなど人生においてないのかもしれない。
それなのに、雨あられと、女性騎兵たちが罵声を浴びせ続ける。
「腰抜け!」「臆病者!」「来てみなさいよ、ほら!」
大声で怒鳴り、手に持った火槍を城に向かって放る。
火槍が尽きた者は、たいまつまで投げ込んでいた。
「言わせておけば、売女どもめ!」
城門が開き、武装した男たちが一斉に飛び出してきた。
すでに朝日が昇りきっていて視界はまずまずだ。
西と東の矢狭間が崩れ、白煙が漂っている中を、怒りに顔をゆがめた男たちが駆けてくる。
「退け!」
フレイアは怒鳴り、指揮棒を上げた。
さっきから大声を出し続けていたため、声全体がかすれている。だが、女性騎兵たちの動きは早かった。
まだ火槍を持っている者は素早く投擲し、手綱を握って馬首を巡らせる。
動きはそこそこだ。訓練のたまものであると思うし、ここまで仕上げてくれた近衛には感謝しかない。
フレイアが馬の腹に拍車を当てるのと、女性たちが馬に鞭を打つのは同時だ。
一斉に、騎馬は退却を開始する。
城門から一本、大きく伸びる街道。
その街道を挟む形で店が多く立ち並び、住宅街が広がる。
この先には「自作自演火事」で建物を倒壊させている。
フレイアを含む女性騎兵たちは、その整備された街道をまっしぐらに駆けた。
「追え!」「逃がすな!」
男たちの声が追いかけてくる。
それよりなにより。
幾多の蹄の音が迫ってきた。
首をねじって後方を確認する。
城門からは、歩兵だけではなく騎馬が続々と出撃している。なかには旗竿を持っている者もいた。
「いいぞ! 馬を全速力で走らせろ!」
フレイアが女性騎兵を励ます。
励ましながらも、自分は手綱を緩めて速度を落とした。
しんがりに移動し、必死に馬にしがみついている状態の女性騎兵のひとりに檄を飛ばした。
「がんばれ! もう少しだ!」
女性騎兵はシールドの向うで目を動かし、硬い表情のままうなずきつつも、必死に馬の速度を上げた。
背後からは地面を揺るがす蹄鉄の音が重なり合う。
最後尾だけではなく、女性騎兵たち全員から不安が立ち上った。
(これでいい)
フレイアはセジェル騎兵との距離感を計りながら全体を見る。
あまり引き離しては意味がない。
追いつけそうで、追いつけない距離。
そして。
必死に逃げる女性、という姿が重要だ。
勝てる。
そう思わせ、脳を酔わせてやらないと意味がない。
できるだけセジェル兵の加虐性を煽り、より多くの兵を城の外に出してやる。
きら、と。
視界の隅に光るものが映る。
視線だけ向けた。
自作自演火事で倒壊させた街中の空白地帯。
そこに潜むのは、ウェイドが指揮する騎兵だ。
その前をフレイア達が駆け抜ける。
一瞬。
ウェイドと目が合った。
いや、あった気がしただけだろうか。
なにしろこちらは全速力で駆ける馬の上だし。
あちらは百人単位の騎馬に囲まれているのだから。
だけど。
確かにウェイドはフレイアを見て笑い、フレイアも指揮棒を軽く上げてそれに応じた。
「行けぇぇぇ!」
フレイアが怒鳴る。
女性騎兵たちがさらに速度を上げた。
セジェル兵が逃がすか、とつられる。
馬に鞭をくれた。
「逃がすな!」「タレニウムの雌馬め!」「一人残らず奴隷にしてやる!」
そんな罵声は。
一瞬にして悲鳴と怒号に変わった。
セジェル兵の北側。
潜んでいたウェイドたちの騎兵が一斉に襲いかかったからだ。
直線行動をしているときの、横からの衝突には耐えられない。
フレイアは馬を走らせながら首をねじる。
背後を見た。
すでに戦闘は始まり、地獄絵図。
転倒した馬の下敷きになる者。
馬に振り落とされ、蹴り飛ばされて動かない者。
果敢に佩刀を抜いたものの、あっさりとメンフィス騎兵の槍に刺された者。
セジェルの兵は逃げる女性騎兵しか見えていなかった。
横からの攻撃など想定していなかったのか。
あるいは忘れていたのか。
だとしたら、策は成功だ。
女性たちの功は大きい。
(いける)
じわり、と胸の中に成功への喜びが沸き立つ。
そのフレイアの耳に、ぴぃーと甲高いモズの鳴き声に似た音が聞こえてきた。
笛の主はロクラン。どこにいるかはわからないが、きっと冷えた目で「まだ気を引き締めて」と言っているような気がして、フレイアは背筋を伸ばした。
背後では「合図だ!」とメンフィス騎兵の声が聞こえる。
彼らは戦闘を停止し、これから街中を通って迂回。城門前に移動する。
退却し、城に戻ろうとする兵を止めるためだ。
街中に逃れようとする兵は個別で駆逐。
城にも街にも戻れないとわかったセジェル兵は前進するしかない。
そこを……。
「フレイア様!」
女性騎兵の声に顔を前に向ける。
「重装歩兵が見えてきました!」
最奥に控えるのは重装歩兵。
セジェル兵に真っ向からぶちあたり、前進。潰す。
女性騎兵たちは重装歩兵が開けた道に、一列になって吸い込まれていく。
一番最後のフレイアは、最前列にいるロクランを見つけた。
「ご苦労!」
声をかけると、やっぱりロクランはつまらなそうに片手をあげ、そして命じた。
「重装歩兵ぇ! 前進!」




