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タレニウム公国救国史 大公代理フレイアは、政略結婚で国難を乗り切れるのか⁉  作者: 武州青嵐(さくら青嵐)


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28話《セジェル》ドミニク王室家政長

◇◇◇◇


「セシル城だけならまだしも、シャザール砦まで落とされるとは!」


 謁見室には、ハドリアヌス王の怒声が響き渡る。

 ドミニク王室家政長は肩をすくめるようにして、国王の激しい怒りをやりすごし、ブラッドリー軍務長は直立不動で耐えた。


「なにをやっておるのだ! ルパートとアーネストは二人仲良くカードでもしていたのか!」


 椅子から立ち上がり、階下に控えるふたりをにらみつける。

 今日はいつものガウン姿ではなく、王にふさわしい服装をしていた。


 なぜなら、ご機嫌うかがいということで、先ほど王妃メサイアの白鳥宮に訪問していたからだ。


 大国から招いた姫君のご機嫌だけはそこないたくないハドリアヌスは、彼女の宮に訪問する際は、時間をかけて身づくろいをし、さまざまな贈り物を持参する。


 このところ、王妃と王の関係は良好だ。

 夜に王妃の部屋に訪問することも増え、王妃が《《あの人》》のために派遣した楽士も王に気に入られているし、素性も知られていない。


 だが、ドミニクはこの平穏が、嵐の前の静けさだと知っていた。


 王が王妃を訪問するのは、ただたんに、《《あの人》》を相手に性欲を処理できないからだ。


『懐妊しているかもしれません』


 宮廷医師がそう言いだしてから、ハドリアヌス王は慎重になった。

 いままでは新しい玩具を試すように様々なことをしてきたが、自分の子が腹にいるかもしれないとわかるや否や、手のひらを返して態度を改めたのだ。


 楽士の音楽を聞かせ、メイドたちに本を読ませ、良い香りのする花を毎日届けさせている。

 そのさまは、まるで好きな女に接するかのごとしだ。


「ルパート将軍は総大将に一騎打ちを申込み、敗北。その後、アーネスト大佐が兵をまとめて応戦いたしましたが、火器による攻撃で砦が崩壊したあとでしたので、どうにもできず、敗走したとのことです」


「ルパートが負けた⁉ あの小娘相手にか!」


 ブラッドリーの語尾を食い気味にハドリアヌスは言い、目を剥く。


「当初、フレイア内親王殿下が抜刀して現れたそうですが、夫君であるウェイド殿下が代わりにルパート将軍と戦ったそうです」

「ウェイドか」


 そこでようやくハドリアヌスは多少落ち着きを見せた。


「金竜王子だな。あやつの剣技と馬術は何度か観たことがあるが……。なるほどな」

 ハドリアヌスは音を立てて椅子に座り、ぞんざいに足を組んだ。


「で? 金竜王子の軍はどこまで進んでいる」

「ウェイド殿下の軍ではなく、あくまでフレイア内親王殿下の軍でございますが、シャザール砦付近の町に数日滞在し、軍を編成して西に進んでおります」


「フレイアの? あのふたりは結婚したのだろう? ならば総大将は金竜王子ではないのか」


 いぶかし気にハドリアヌスが言う。ブラッドリーは直立不動の姿勢を崩さずに答えた。


「旗印に変更はございません。二本の交差する矢にバラの蔦。フレイア内親王殿下の御旗にございます」


 ハドリアヌスはひじ掛けに頬杖をつき、しばし沈黙する。


「ということは、これからも戦の作戦を立案するのは、あの小娘ということか」

「その可能性が大きいかと」


 ブラッドリーは一歩、大きくハドリアヌスのほうに踏み込んだ。


「フレイア内親王殿下は定石にとらわれた戦を行いません。兵を増員し、完全な態勢をとって迎え撃つしかございません」

「……奴らの次の攻撃目標は?」


「要衝ゴステア城でしょう。ここを落とされれば、わが軍は撤退せざるを得ません」

「して、ブラッドリー。お前の作戦は?」


「まずは完全なる籠城です。その間に、我が国から1000の兵の追加加入させ、圧倒的な数で押しつぶします」

「1000」


 ハドリアヌスは舌打ちして顔をしかめた。


「その兵に伴う食糧や武器などを考慮すると……。かなりの経費となるな」

「ゴステアを落としてはなりません」


 ブラッドリーはさらに一歩踏み込んだ。


「もうすぐ種まきの時期になります。最長でもあと1か月ほどしか農民兵は使用できません。ゴステアを守る兵の中にも農民兵がいます。あと少しで手薄になってしまうのです」


 種まきの時期であることはタレニウムも同じだ。

 あちらとて、志願兵や農民兵は故郷に返さねばなるまい。


 ただでさえ少数の兵たちなのだ。

 タレニウムがセジェルと戦うとなると、数があるいまだけしかない。


「向こうは短期間でしかけてくると思われます。これまでの戦法を見るに、火器で城を破壊。その後、騎馬を火縄銃で倒し、白兵戦に持ち込むことが多いように思います」

「そのようだな」

「タレニウムほどの火薬はこちらにはございませんが……。火炎瓶等で応戦することは可能です。まずは、タレニウムの投石隊をつぶし、城を守りつつ、重装歩兵は騎馬で攪乱してはいかがでしょうか」

「……ふむ」


 ハドリアヌスは再び沈黙した。

 窓の外を眺め、口を閉ざしたまま。


 ドミニクはそっとその王の顔を盗み見る。

 頬に残った傷さえ、芸術家が描いたように美しい。

 黙っていれば彫刻のような。そんな美貌を持つ若き王だ。


(……タレニウムなど放っておけばいいのに)


 ドミニクは内心、ため息をつく。


 戦争など、なぜ起こすのか。

 あのような小国、鉱物資源がなくなれば価値はない。いずれ潰える運命なのだから無視すればいいのに。


 どうして代々の王はあの小国に惹かれるのだろう。

 手放したのは自分だというのに。


「追加兵は200だ」

 ハドリアヌスが唐突に言う。


「に、200ですか⁉」


 あまりに少ない、とブラッドリーは口ごもる。

 そんな彼に、ハドリアヌスはにやりと笑った。


「そして、わたしも行く」

「……なんと、おっしゃいました?」


 珍しくブラッドリーが表情を動かした。

 あっけにとられる。

 そんな表現がぴったりの顔だ。

 これにはハドリアヌスも吹き出した。


「ブラッドリー、お前でもかような顔をするのだな」

「いえ……、失礼いたしました。陛下自らご出陣なさいますか? ならば兵の士気も上がるというもの」


 ブラッドリーは慎重だ。

 好戦的な王のことだ。

 いずれこうなることはわかっていたが、ブラッドリーの立場からすれば止めなければならない。

 不興を買わずに。


「ブラッドリーよ」

「はい」

「余ならば、戦わずに勝ってみせるぞ、あの小娘に」

「……どういう、意味でしょうか」


 さらに戸惑うブラッドリーを一瞥して愉快気に笑うと、ハドリアヌスは視線を移動させた。


「ドミニク」

「は、はい」


 いきなり名前を呼ばれて、ドミニクは背筋を伸ばし、素っ頓狂な声で返事をした。


「あの部屋の女を同行させる。宮廷医師と必要な人材と……そうだな、あの楽士も同行させろ。あの男が音楽を奏でるときだけ反応するからな」

「え? は?」


 ドミニクはうろたえる。


(あの女とは……。彼女のことか?)


 なぜ、どうして。

 というか、動かしても平気なのか? 死にはしないのか?


「出立の日はまた知らせる」

 ハドリアヌスは言うと、立ち上がった。


「ブラッドリー」

「はい、陛下」

「こののち、軍議に入る。必要な将を集めよ」

「かしこまりました」


 ブラッドリーでさえ何も言えず。

 ただ、退室する王を見送った。



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