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タレニウム公国救国史 大公代理フレイアは、政略結婚で国難を乗り切れるのか⁉  作者: 武州青嵐(さくら青嵐)


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27話 貴殿はきれいだ

「俺はな、大公が大好きだ。こんなに愛しく思う女に出会うとは思わなかったぐらい」


 ウェイドはグラスのワインを飲み干すと、机に頬杖ついた。そうして、机に片頬を乗せるフレイアを見つめるから、フレイアは顔をしかめた。


「まだ出会って数日ではないか。惚れっぽいのか? 貴殿は」

「そうでもない。なにしろこんなに惚れたのは大公だけだ」

「へぇ」

「あのな、大公。俺はあの女たちの気持ちがわかる」

「女たち? あの……乱暴された女性たちか?」


 ウェイドは少しだけ口端を下げた。


「もちろん乱暴された気持ちはわからん。気の毒なことだと思うぐらいだ。だがな、居場所がどこにもない、という気持ちは痛切にわかる」

「居場所が……ない?」


 フレイアが繰り返すと、ウェイドはうなずいた。


「王家の四男なんて、産まれた途端、『どうしようか、これ』状態だ。女なら磨いて政略結婚のコマに使えるが、男なんてどうするんだ」


 自嘲気味にウェイドは笑う。


「俺は生まれたときから、居場所なんてなかった。あったのは、『ここじゃないどこかに行かねば』という気持ちだけだ」


 そう言われ、フレイアは、自分はどうだろうと考えた。


 常に姉と容姿を比べられていた気はする。

 だが、「いらない子」などと言われたことはなかった。


 フレイアは賢い、フレイアは慎重だ、フレイアはいい子だ。

 そう言われて育った。


「成長するにつれて、言い寄る女はいたが、俺を引き取ってくれる女はいなかった。俺の容姿と肩書が目当てなだけ。愛玩犬を連れて歩いているようなもんだ」


 ウェイドはまっすぐにフレイアを見る。


「ずっと居場所がなくて、どこかに行きたかったのにどこにも行けない。そんなとき、宰相を通じて大公に出会った」


 ウェイドは愉快そうに笑う。


「当初は、『大公の父』という肩書に惹かれたが」

「私だってそうだ。貴殿の連れて来た兵の数に目がくらんだ」


 互いにそう言い、計ったように同時に笑い出した。


「だがな、大公」

「ん?」


 お互いに笑いの余韻を残したまま、見つめあう。


「大公を見て、触れて。気づいた」

 ウェイドの目がまっすぐにフレイアを見る。射貫く。


「ここが俺の居場所だと思った。君の隣が、俺の居場所だ、と」


 フレイアは黙って彼を見つめる。

 ウェイドは続けた。


「だから大公の力になってやりたい。しんどいことは代わってやりたい。辛いことからは遠ざけたい。だがなぁ」


 ウェイドは苦笑いをした。


「困ったことに、君は『嫌だ』というだろう? しんどくても、辛くてもやり遂げようとするだろう?」


 そう……なのかもしれない。


 例えば、自分に生き別れた兄がいた。異母弟がいた、としよう。

 彼らが突然現れ、「フレイア、もういい。自分が代わろう。わたしこそが正統な大公なのだから」と言ったとしたらどうだろう。


 血筋に問題なく、なにより男子だ。

 フレイアは喜んで大公代理という地位は譲るだろう。


 だが。

 戦場を離れるだろうか。


 彼らを残して? 彼女たちを残して? 

 被害に遭っている公国民と離れて?


「だろう?」

 黙っているからだろう。ウェイドが軽やかに笑った。


「大公は、率先して自分が危険地にいるから人がついてきていると思っているが、それは違うぞ」

「え?」

「大公が危険地に行くから、人がついてくるんだ。君を守ろうと思って」


 あのな、とウェイドはフレイアに顔を近づける。


「大公は誰もが認める大公だ。なぜなら、大公の後ろには『居場所』があるからだ」


 ウェイドの呼気がフレイアのまつげに触れる。フレイアはシャボン玉がふれたように目を閉じた。


「大公はその身で、足で、剣で。奪われた、無くした居場所を切り開いてくれる。だからその後ろに人が続くんだ。これは誰にでもできることじゃない」


 ゆっくりと目を開くと、ウェイドが穏やかに自分を見つめていた。


「フレイアだからできるんだ」


 そう、なのだろうか。


「だから自分を信じろ。決断すればいい。間違えたら、俺が強制的に直してやる」


 はは、とウェイドが笑う。彼の声は甘やかで、やわらかい。

 だからだろう。

 するりとフレイアの心の隙間に入り込む。


「貴殿はおかしな奴だ」


 素直に「ありがとう」と言えばいいのに。

 なぜだか口をとがらせてフレイアはそんなことを言ってしまう。


 ウェイドは気を悪くする素振りも見せず、上半身を倒してフレイアと同じように机に片頬をつけて、顔を覗き込んでくる。


「そうか?」

「そうだ。大公の父になれるかもしれんが……私と結婚しようなどと考えるところがそもそもおかしい」

「大公と? なんで」

「姉ではない。私だぞ?」

「大公はきれいだ。かわいいし」

「お前は本当にきれいな人間をみたことがないんだな。かわいそうに」


 そう言うと、顔を伏せて爆笑された。


「なんだ」


 不愉快になってぶっきらぼうな声をぶつける。ウェイドは笑いの余韻を残したまま、顔を起こした。


「じゃあ、俺基準でいいよ。大公は俺基準のいい女だ。だから大満足だな」


 頬杖をついてフレイアを見下ろし、そんなことを言う。

 やっぱり変なやつだとフレイアが思った時、「大公は?」と言われた。


「ん?」

「大公は俺のことどう思う?」

「変なやつで、美的感覚がゆがんでいて……」

「褒めてほしいなぁ」

「褒める?」


 フレイアはきょとんとしたが、自分の言動を振り返り、確かにけなし言葉しか発していない気がした。


 ウェイドを見る。

 なんだかアイコンを待つ大型犬のようにわくわくした顔をしていた。


「強くてびっくりした」

「お。嬉しいな。武芸には自信があったのに、大公は信じてくれないんだから」

「馬に優しい」

「人聞きが悪い。馬にも、と言ってほしい」

「ロクランは有能」

「それはロクランへの褒め言葉だ」


 珍しく、若干不機嫌そうな顔をするウェイドに、フレイアは気づけば左手を伸ばしていた。


「貴殿はきれいだと思う。この前の一騎打ちのときにそう思った」


 頬に触れ、そう伝える。

 ウェイドはじっとフレイアを見ると、ふわりと微笑んだ。

 自分の頬にふれるフレイアの手に自分の手を重ねた。


「そうか。それはうれしいな」


 少し顔を動かして、フレイアの手のひらにキスをする。

 ちゅ、と甘いリップ音。

 それはフレイアの手のひらから手首に移動し、机に突っ伏すフレイアの首筋。

 それから頬へと移動する。


「よいしょ」

 そしてウェイドは椅子に座るフレイアに腕を伸ばして、横抱きに抱え上げた。


「あとはベッドで」

「キス以外許さんぞ」

「そこが問題だよな」


 ウェイドは笑う。

 フレイアは彼の首に腕を回し、彼に身体を預けた。ウェイドはゆっくりとベッドに向かって歩く。その揺れがとろんとした眠気をもたらす。


「早くセジェル兵を国から追い出さねば。俺の理性がもたん」

「セジェル兵を国から追い出すところまでは同意だ」

「大公にも『ああ、子作りに専念したい!』と思ってもらいたいものだ」

「その時になったらな」

「そのためにも、もっと大公と仲を深めねば!」

「私はもう十分だが」

「これから、これから!」

「いや、悪いが今日は寝る」

「大公!」

「すまん、眠い」

「大公!」


 こうして。

 フレイアは「大公!」と何度も呼ばれながら眠りに落ちて行った。


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