25話 志願兵
◇◇◇◇
シャザール砦を落とした次の日。
天幕内で仕事をしていたフレイアのところに、困惑顔の近衛とウェイドがやってきた。
「どうした」
手を止めて顔を向けると、近衛はちらりとウェイドを見やる。いつの間に、このふたりは仲良くなったのか。「殿下から」「いや、近衛から」みたいな感じになっている。
「志願兵の件でなにか?」
フレイアは話をむける。
と言うのも、今朝の軍議で「要衝ゴステアに向かう前に、部隊編成を行おう」ということになったのだ。
今回のシャザール砦攻略作戦に置いて、タレニウムとメンフィスにさしたる損害はなかった。
町の住民に受け入れられたこともあり、安定した休息場所と水の補給も可能になった。
そのため、ここで一度しっかりと打ち合わせを行い、なんなら町の住民に志願兵を募って軍備増強もしようではないか、という話になったのだ。
近衛とウェイドがやってきたのは、その「志願兵」のことだろうか。
もし募集があれば、タレニウムの歩兵として雇おうということになっていたのだが。
「そうなのだが……。一度、大公の意見も聞いておかねばな、ということになってな?」
珍しくウェイドも困惑顔だ。
「年齢か?」
応募してきた志願兵が若くないのだろうか。
農村部ではなく町だから若手もいると思ったのだが。
「いえ、若いことは若いのですが……」
近衛も渋面を作り、そしてウェイドと顔を見合わせて頭を掻く。
「なんだ。どうした」
立ち上がると、ウェイドが手招きをする。
「とにかく、一緒に来てくれ」
そう言われ、フレイアは彼らとともに天幕を出た。
駐屯している街道沿いを、志願兵のいるであろう天幕に向かって歩く。
「俺としては構わんと思うんだが」
「いえ、士気にかかわります! これはモラルの問題でもありますから!」
ウェイドと近衛の意見が一致しないようだ。
(なんだ? 高齢者でなければ、子どもでも来たのか?)
小姓というのは貴族につきものだが、それでも少年兵というのは道義的によくない。
そう言う価値観の違いだろうか。
そんなことを考えながら、ふたりを従えて天幕の中に入る。
「あ……」
そしてフレイアは絶句した。
そこにいるのは。
「女……か」
天幕に用意された簡易イスに並ぶ10人ほどがすべて女性なのだ。
フレイアに気づき、彼女たちはいっせいに立ち上がった。
それぞればらばらではあるが、フレイアに敬意を示す姿勢をとる。
服装も統一感はない。
着の身着のままのものもいれば、すでに旅行鞄のようなものを持参しているものもいる。男装というか、髪をばっさり切ってしまって、切り口がそろっていない者もいた。
だが年齢は似通っているだろうか。
いずれも20代から20代後半。そこはみな、似通っていた。
「通常の……その、一般的と考えられる志願兵については別途加入手続きをしております」
近衛が言い添える。
ようするに青年男性ということだろう。
「ただ、彼女たちに関してはどう扱えばよいのか……」
「あの……フレイア様ですよね!」
ひとりの女性が口火を切る。
フレイアは無言でうなずいた。
彼女たちは椅子を蹴倒す勢いで近づき、フレイアを取り囲む。
「わたしたちも連れて行ってください!」「フレイア様も女性であるのに戦場に行ってますよね⁉ じゃあ、わたしたちも!」
口々に懇願する姿に、フレイアは戸惑う。
「その……私は大公代理として戦場に立っているが……。そなたたちは、その」
どうして。
そう問うと、女性たちは一瞬口ごもる。
ぐ、と奥歯を噛む者や、俯く者。こぶしを握る者もいる。
「セジェル兵に凌辱されました」
決然と顔を上げてひとりの女性が言った。
ぎょっとした近衛を一瞥し、女性はフレイアに顔を向けた。
「シャザール砦を作るためにたくさんのセジェル兵がやってきて……。町の食料やお金を奪いました。そのとき、家に押し入られて……。それで」
女性は目に力を入れる。そうでもしないと、目から涙がこぼれ落ちるのだろう。
「婚約者には、『結婚できない』と言われました。近所にも知られています。家にもいられません。わたしはセジェル兵が憎い。彼らに一矢報いられるのなら、戦場に連れて行ってください」
「わたしもそうです」
隣に立つ女性が、最初に告白した女性の手を握り、強い視線をフレイアに送る。
「わたしが嫁いだのは定食屋でした。そこにもセジェル兵が居座り、毎晩被害に遭いました。セジェル兵が立ち去ると、夫と姑が『離婚してくれ』と。子どもとももう会えません。死のうと思いましたが」
ぎり、と噛み締めた奥歯が鳴る。
「ひとりでなんて死にません。セジェル兵を数人殺してでも道連れにします」
そのあと、ぽつりぽつりと皆が口を開く。
立場はそれぞれだが、はじまりとおわりは同じだ。
セジェル兵に凌辱された。
そして婚約破棄か離婚を告げられ、婚家にも実家にもいられない。
セジェル兵が憎い。
女性たちの志願理由が予想外だったのだろう。近衛はというと、絶句したまま。かわりに、ウェイドが尋ねた。
「志願していることを、家族は知っているのか?」
問いに対する答えはまちまちだった。
言ってきたという者もいれば、自分で判断した、という者。そもそも実家の誰とももう話せないと言う者も。
「俺はいいんじゃないかと思うがな」
ウェイドの声に、フレイアは彼を見上げた。
「近衛が大公を守ってはいるが……。近衛は戦力として活用したい。その代わり、この女たちを大公の護衛やなんかにするというのはどうだ? 同性だし」
そう言って、ウェイドは近衛を見た。
「近衛はどう思う?」
「……大公にお任せいたします」
近衛は押し出すように声を発した。まだショックを受けているらしい。
「なんてことだ……。セジェルのやつらめ」
「だそうだが。大公、どうだ?」
うながされ、フレイアはしばらくじっと彼女たちを見つめていた。
自分と年の変わらぬ女性たち。
フレイアが戦場に立つのなら、自分たちだってかまわないだろう。
彼女たちは、そう言うのだが。
動機が違う。
「……いくつか言いたいことがある」
フレイアが口を開くと、女性たちは固唾を飲んで見守った。
「戦場には、死にに行くんじゃない。生きて戻ることが究極の目的だ。それはわかっているな?」
女性たちはなんとなく顔を見合わせ、うなずく者もいれば、うつむいて視線を下げる者もいた。
「もし死に場所を探しているのなら、軍隊にいてもらっては困る。軍とはそういうところではない。生きるための場所を確保するために戦うのだ」
フレイアは言う。
「セジェルをこの国から追い出し、自分が安心して暮らすために戦うのだ。それはよいな?」
改めて問われ、女性たちはゆっくりと首を縦に振った。
フレイアはそれを確認し、「よし」とうなずいた。
「では、このなかで離婚された者は? よし。婚約破棄された者は? うむ。では残りの者は?」
ふたりほど、どちらでもない者がいた。
「私たちは、夫をセジェルに殺されました」「夫の仇をとりたいのです」
手をつなぎ、しっかりとした声で言う。フレイアはうなずいた。
「では、このふたり以外の……離婚された者と婚約破棄された者。あなたがたには、婚家と嫁ぐはずだった家があるのだな? 彼女たちのように殺されたとか、滅ぼされたというのではないな?」
彼女たちはうなずくものの、どうしてそんなことを問われるのだろうと訝し気だ。
まさか戻されるのか、そんな不安を顔に出す女性もいた。
「いまから嫁ぎ先と嫁ぐ予定だった家に行き、80ルター、カネをもらってこい。近衛」
「は、はい」
「彼女ひとりにつき、ふたりの近衛が付き添え。彼女たちの身なりをみれば家の経済状態もわかる。80ルターぐらいでガタガタ言わせるな。出し渋ったら私の命令であることをきつく言い渡せ」
「承知、しました」
フレイアの顔はどこか無表情に見えるが。
それでも声に怒気は含まれていた。
「もちろんセジェルは憎いが……。傷ついた家族を放り出すなど考えられん。本来であれば家族のもとに返したいが……。そんな家族のもとで幸せになれるとは思えんしな」
フレイアは彼女たちを見まわした。
「80ルターをもらったら、それで改めて考えろ。もう一度ここに戻ってこい、とは言わん。その80ルターで新たな土地に行き、人生をやり直すならそれでもかまわん」
そして、夫を殺された寡婦にフレイアは言う。
「そなたたちは、私から80ルターずつ手渡そう。そして、同じように考えるがよい。軍隊に入るか、新たな道に進むか」
そして顔を近衛に向けた。
「もし明日の昼までに彼女たちが戻ってきたら、私直属の部隊に編制するように。武具や制服を貸与してやれ。彼女たちが私直属になれば、近衛は今後、ウェイド殿下の麾下に入るように」
「……承知、しました」
近衛が深々と頭を下げる。
「では私は仕事に戻る」
そう言って天幕を出た。




