23話《セジェル》ドミニク王室家政長2
メサイアは続ける。
「昨日、実際にあの人のところで演奏させたらしいわ。見ていた医師が言うにはね、はじめて反応したとか。まばたきしたらしいわ。それでね、陛下はことのほかお喜こびで」
王妃メサイアの言葉にドミニクは戸惑った。
すでに演奏させた?
あの人が反応した?
陛下がお喜びに?
「まあ、この楽士の演奏。聞けないことはないわ。わたしも気に入ってよ」
「ありがとうございます」
楽士が頭を下げる。
ドミニクは改めて青年を見た。
これといって特徴があるわけではない優男。言葉にもなまりはなさそうだ。王妃メサイアが故郷から呼び寄せたとは考えられない。
であるなら。
どんな接点でこの男は王妃に取り入ったのだ。
「あ……あの」
「なにかしら、ドミニク」
「この楽士は、いったいどのような経緯で……」
王室に、いや、メサイアと出会ったのだ。
「わたしの侍女がよくしているメイドがね、『腕のよい楽士がいるが、どこかの貴族がパトロンになってくれないだろうか』って」
侍女の知っているメイド。
(もはや他人。いや……この場合は)
王妃メサイアは、この楽士の素性を隠したいのではないか。
自分が紹介したら陛下が警戒する、と言っていたが……。
そもそもこの楽士の出自を知られたくないのだ。
「ねえ、ドミニク」
「は、はい」
我に返り、慌ててドミニクは姿勢を伸ばした。
「あの人がここにきてもう3か月になるでしょう?」
「そう……なりますでしょうか」
「聞いた?」
「え、なにが、でしょうか」
本当にわからず、ドミニクは前のめりになる。
その反応がおかしかったのか。
くすりとメサイアは笑った。
「医師が言うのよ」
「宮廷医師ですか?」
「そう」
「なにを……」
「月の物が来てないって」
「え?」
まさか王妃メサイアの待望のご懐妊だろうか。
(これで王室が安定する……! 第一子を懐妊したとなれば、王妃も鼻が高かろう!)
どきりと胸が高鳴ったのに。
メサイアは目をすがめ、ドミニクの心臓を射抜いた。
「あの人のことよ。この王城に来てから、一度も月の物が来てないらしいわ。この意味、わかる?」
高揚したのは一瞬だ。
ドミニクは凍り付いたように動けない。
王の第一子を産むのが……正妃ではない?
「陛下も……このことはご存じで?」
「ええ。いつだったかしら。説明に来たわ」
あっさりとメサイアが答えた。
とんでもないことだ、とドミニクの額から一気に汗が噴き出る。
よりにもよってハドリアヌスの最初の子が、あの人との間の子とは。
「無事生まれたとしても、母親があれじゃあねぇ。まともな教育もできないでしょう? だから陛下にはわたしから、『わたしが後見人になりましょう』と伝えたのよ」
メサイアはマニキュアの塗られた指を眺めながら、なんでもないことのように言った。
ドミニクはその言葉にも驚愕する。
第一子はわたしの子であるはず!
王妃メサイアならそう言って怒り狂うと思っていた。
「陛下は……なんと?」
「それは願ってもないことだ、ですって。だからほら、胎教っていうの? よい音楽を聞かせれば腹の子は安定して育つというじゃない。殿方はそういったこと、疎いから。わたしがこっそり支援してあげなくてはね」
だから楽士を雇った、ということか。
ちらりとドミニクは楽士を盗み見る。
彼はさっきから微動だにしていない。まるで自動演奏装置のようにも思える。
「王宮費から、この楽士の給料を出してやって。契約書等をいま、準備してもらえるかしら」
「承知いたしました」
ドミニクは頭を下げ、退室した。




