20話 褒美はなにがいい?
その日の夜遅く。
フレイアはテントの中にいた。
戦闘が終了したのは、昼過ぎだった。
セジェル軍は蜘蛛の子を散らすように逃げ出し、近くの町に逃げ込んだ。
どうやらシャザール砦にいたときも我が物顔で住み着いていたらしく、フレイアは「一掃」を命じた。
戦闘よりも、町に潜伏するセジェル兵をあぶりだす方に手間がかかったかにみえたが、町の住人たちもようやく解放されると感じたのか、積極的にセジェル兵追討に協力してくれた。
そうしてセジェル兵を町から追い出し、新たに仮駐屯地を設置したのは日も落ちたころだった。
そこからフレイアはテントに入り、各隊長からの報告を受ける。
それらがすべて終了し、忘れないように紙に書き記してほっと息をついてみれば、もう深夜になっていた。
「なんだ、まだ仕事か?」
いきなり布扉が開き、顔をのぞかせたのはウェイドだ。
手にはたくさんの紙袋を抱えていて、フレイアは眉根を寄せる。
「いや、仕事は今終わったが……。それはなんだ」
「これか? 部下たちがなんかたくさんもらったらしい」
笑いながらウェイドは近づき、フレイアが書いていた紙を雑に端に寄せる。
そして次々と紙袋を開いては、机の上に置いて行った。
「これはパン屋からもらったクルミ入りパン。こっちは露店がくれた焼き栗。それから菓子屋が飴と、プレッツェルをくれた」
どうやらセジェルから解放してくれた兵を歓迎してくれているらしい。
タレニウムとメンフィスだとわかると、住民がなにがしかの感謝の品を渡してくれるようだ。
「好きなものはありそうか?」
ウェイドが笑顔で尋ねる。
フレイアはそんな彼を、椅子に座ったまま見上げた。
水浴びでもしたのだろうか。
洗い髪のままで、いつもよりくせが強く出ているきがする。
そんな彼の髪は、今朝見たよりも濃い金の色。そのかわり、瞳の青は淡くなっていた。
端整な顔には傷一つなく、疲れすら見せていない。
今日の立役者。
彼が一騎打ちで勝利しなければ、勢いには乗れなかったかもしれない。
フレイアが当初にたてた作戦どおり、一騎打ちを無視しても勝てたかもしれない。
だが、勝ちにみそがついたことは絶対だ。卑怯者とそしられただろうし、女だからあんなことを思いついたんだ、と悪しざまに言われただろう。
そして、こんな風に「完全勝利」とはならなかった。
(そこまでわかっていたから、一騎打ちを買って出てくれたのだろうか)
ルパート将軍にそそのかされ、フレイアは抜刀したが、代わりに出てくれたウェイド。
フレイアなら勝つことなど不可能だ。
だが、フレイアなら進み出てくる。そこまでウェイドはわかっていたのだろう。
そんな彼が前面に押し出したのは「妻の代わり」だった。
それは正しく町の住民にも伝わっており、「フレイア様は女だてらに一騎打ちを受けたらしい」「だが夫であるウェイド様が代理を申し出られたのだそうだ」と噂になっていると報告を受けた。
かなり好意的に、この話は公国民の口にのぼっている。
新聞等を通じて国内に広まるのも時間の問題だろう。
そこまで、彼は読んでいたのだろうか。
「どうした?」
見つめすぎたのかもしれない。
ウェイドが不思議そうに小首をかしげるから、フレイアは緩く首を横に振った。
「いや、なんでもない」
「今日の大公のがんばりはすごかったからな。ご褒美だ」
笑うウェイドの顔を見て、フレイアは口をへの字に曲げる。
「私が? なにを頑張ったというのだ」
「戦後処理。俺、こういうのめちゃくちゃ嫌いだから」
ウェイドは笑って書類を指でつついた。
「俺たちが攻め込んでいった先から、大公は紙とペンで報告書を作っているんだからな」
「……まあ、それぐらいしかできんからな」
フレイアは苦く言う。
戦争は戦うだけではない。
減った武器。奪った武器。確保した土地。損失した土地。解放した民。捕縛された民。
それらを計算し、言い方は悪いが利益をあげなくてはいけない。
「ルパート将軍を捕縛できなかったのが惜しかったな。あの御仁であれば身代金がだいぶんとれただろうに」
つい口をついて出てしまう。
一騎打ちに敗れたルパート。
あの場で、ウェイドは尋ねたのだと言う。
『このまま俺の手にかかるか、捕虜となるか』と。
ルパートは『殺せ』と喚いたが、小姓たちが彼を連れて逃げ出した。
「セジェルの王が身代金を払うとは思わんな。それに、あの御仁であればきっと責任をとってどこかで自害されていそうだ」
ウェイドがさらりとそんなことを言う。
フレイアも黙ってうなずいた。
きっとそうだろう。
セシル城を攻略した時。
敗走した将と兵の大半は責任を取らされ、殺された。
自軍に戻れば責任を負わされ、首を刎ねられるだろう。
だが、敵軍であるタレニウム公国につかまったとて、同じだ。彼らはあまりにも軍紀を犯しすぎた。苛烈な罰を受けることは必定。
ルパートとて、自分の末期は見えているだろう。
「仕事の後は、ご褒美がないとやってられんぞ。さあ、どれがいい?」
雰囲気を変えるようにウェイドが軽やかな声を上げる。
フレイアは改めて机の上に並べられた品を見た。
焼き栗に、クルミパン。プレッツェル。
夕飯をたべてすでに数時間。
どれもがそそられる。
「なんだ? あんまり好きなものないか?」
不安げに言われ、フレイアは慌てた。
「いや、迷ってしまった。これにする」
そう言ってつまみ上げたのは、飴だ。
赤や青。緑などいろんな色が着色してあるが。
なんとなく選んだのは、ウェイドの髪に似た黄色の飴玉。
口に放り込むと、甘さとともにかすかな酸味。レモンに寄せているのだろうか。
ごろりと口で転がすと、甘味が口から直接脳に届く。
「……疲れてたのかな」
ついそんなことをつぶやき、ウェイドに笑われた。
「そりゃそうだろう! 本来深窓の姫君が、馬にまたがって戦場で走り回っているんだからな。食べろ、食べろ! 大公は甘いのが好きか。そうか。そしたら明日はロクランに言ってとりどりの甘いものを集めてやろう」
楽しそうに言っているが、ロクランが聞いたら怒り出すんじゃないだろうかとフレイアは苦笑いした。
「そういえば」
ふとフレイアは言う。
からり、と口の中の飴が歯にあたってかすかに音がした。
「なんだ?」
ウェイドが尋ねる。
「今日一番の功労者は殿下だろう。殿下のご褒美はいいのか?」
フレイアだけが菓子をたくさんもらってしまっては忍びない。
「食べ物がいいのか、それともカネがいいのか。それとも騎士だから武具とか?」
彼を見上げてフレイアは尋ねる。
尋ねながら、算段をしていた。
もしカネと言われたら、金額によるな、とか。武具というのもピンキリだろうからあまりに高価なものを言われれば、戦後処理になるな、とか。
いやいや、もし領地などと言われればどうしたものか。
フレイアが持っている領があるのはあるが……。しまった。こんなことなら、老騎士のひとりぐらい連れてきて、うっかり亡くなったのを機に領地を没収し、ウェイドに与えればよかった。
「褒美か」
ウェイドが嬉しそうに言い、フレイアはようやく我に返る。
「なにがいい?」
真剣に問うと、ウェイドはやわらかく目元を緩めた。
「大公からのキス」
「…………は?」




