19話 勝負ありとみたが、いかがかな
ウェイドはヘルメットに手を伸ばし、音を立ててシールドを下げた。
そして槍先を相手に向けて馬を走らせる。
それはルパート将軍も同じだ。
互いの距離感をはかるように弧を描きながら馬を走らせていたふたりだったが。
呼吸を合わせたかのように、馬の腹を蹴った。
槍を構え、同時にまっすぐ突っ込んでいく。
どどどっと蹄が地面を蹴る音。
ルパート将軍の気勢を込めた声。
馬につけられた甲冑がかち合う音。
それらが一斉にフレイアを包む。
そして。
互いの槍が放たれた。
気づけばフレイアは息を止めていた。
ウェイドの槍は閃光のようにルパート将軍の胴を突き、ルパート将軍の槍はウェイドの首横ギリギリを通過した。
打突の衝撃に、ぐらり、と傾いだのはルパート将軍だ。
重装歩兵たちが一斉に盾をかち鳴らしあう。
それに呼応するように、無傷のウェイドはすぐに馬首を巡らせた。
早い。馬の足が落ちない。
ウェイドが槍を構え直し、ルパート将軍に再度向き合った時、将軍はまだ馬を転回させているところだ。
ウェイドの馬が顎を引き、唸る。夜気が馬の呼気で白くけぶる。
頭突きでもする勢いでルパート将軍に突っ込んでいく。
「させるかあ!」
ルパート将軍は寸前のところで手綱を引いて姿勢を戻し、槍を脇に挟んだ。
肋骨か胸骨をやられたのかもしれない。握る、ということが難しいのだろう。
その姿勢で馬を直進させる。
このまま両者突っ込めば、ルパート将軍の槍先はウェイドの腹に刺さる。
もちろん鎧があるから、一撃を食らったからといって刺さるわけはない。実際、先のルパート将軍がそうだ。
だが衝撃はすさまじい。肋骨はいともたやすく折れるだろうし、なにより落馬したらさらなる傷を負う上に、相手の馬にでも踏まれればひとたまりもない。
(ウェイド……!)
つい拳を握る。
フレイアの視線の先で、ウェイドは鐙に足をかけて立ち上がった。
驚いたことに馬の速度が変らない。
「なんてやつだ」
フレイアはつぶやいた。
ありえない。
あんな騎乗行動、見たことない。なぜ落馬しないのか。
メンフィス軍は騎馬も一心同体か。
あっけにとられるフレイアの眼前で、ウェイドは槍を両手持ちした。かなり下の方を持っている。
どうするのかと思ったら、槍ならではの長い間合いを利用するつもりらしい。
ルパートは脇に挟んだ分だけ、槍のリーチが短い。しかも脇に固定してしまっている。動かせない。
ルパートが「激突地点」と思っているよりも、もっと早い距離からウェイドは大きく槍を振りかぶり、ルパートの頭を横殴りに打ち据えた。
もとより脇に挟んだ姿勢では防ぎようがない。
強烈な一撃をくらい、ルパートは馬上から地面に吹っ飛んだ。
「ウェイド殿下、万歳!」「殿下、万歳!」
近衛たちだけではなく、タレニウムの兵たちも一斉に歓声を上げた。
両軍に囲まれた中で、ルパートは落馬し、慌てて駆け寄る小姓たちに抱えあげられた。小姓たちを罵りながらも、渡された剣を抜いた。柄を掴みそこない、一度取り落として喚いている。やはり、最初の一撃が効いているようだ。
「ロクラン!」
ウェイドが槍を放る。意を察したロクランが、剣を放った。
馬上で受け取ると、素早く地面に飛び降りる。
勢いが良すぎて前受け身を放つが、上半身を起こした時にはすでに抜刀していた。
片膝つき、立ち上がろうとしたところをルパートが一撃。
ウェイドは下からすりあげて軌道を変える。
がん、と堅く重い音が空気を震わせた。
一撃をかわされたルパートは上半身を揺らしたが、すぐに両足を広げて腰を落とす。
そのすきにウェイドは立ち上がり、両手持ちで構えた。
ルパートが上段に構えた。もしウェイドが突きか、あるいは中段からの斬撃を加えようとしたら、その上から撃ち落とすつもりなのだろう。
一撃をふるうと、身体の構造上、どうしても前のめりになる。
ルパートの狙いはそこだ。
一撃を上から落とし、前のめりになったところを返す刀で斬る。そのつもりなのだろう。
そもそも上段は有利だ。
フレイアは馬から降り、ロクランの手首をつかんだ。
「大丈夫なのか、あいつは」
そう尋ねる。
珍しくぎょっとした顔をしたが、ロクランはすぐにバカにしたようにフレイアを見下ろした。
「は? 誰の心配してるんですか。ルパート将軍? うちの殿下?」
「強いのか」
「殿下は強いですよ」
もうすぐ夜が明けますね、ぐらいの調子でロクランが言う。
それでもフレイアは不安なまま視線を前に戻した。
ふたりはじりじりと、徐々に間合いを詰めていく。
フレイアは息をとめてそれを見つめる。
ふ、と。
ウェイドの手元が動く。
はやったルパートが、気合一閃、上段に構えた剣を振り下ろした。
断頭台の刃のように落ちて行く長剣。
だが、その刃の下にウェイドの首はない。
彼は軽やかにバックステップを踏んだ。
フェイントだ。
一撃をかわし、ウェイドは十分な間合いから、突きを放つ。
剣先は、勢いにまかせて切っ先を地面につけていたルパートの首に迫る。
ルパートは腰を引いてその一発目をかわした。
ウェイドはすかさず二段目を撃つ。
ルパートは腰をねじり、横に転倒することでそれをかわした。彼の頭からヘルメットがはずれ、転がっていく。
ウェイドがさらに踏み込む。
地面に転がったルパートが上半身を起こした。
その首に。
ウェイドの剣先が突き当てられる。
「勝負あり、とみたが」
ウェイドは笑った。
「いかがかな? 将軍」
問われて、ルパートは乱れた髪の向うからウェイドをにらみつける。髪だけではない。自慢のひげもひどいありさまだ。
「……参った」
ようやくそう絞り出したのは、剣先をつきつけられ、たっぷり80は数えたころだった。
「ウェイド殿下の勝利!」「殿下!」
タレニウムの兵たちが歓声を上げ、メンフィスの重装歩兵たちが盾を地面に突いて音を立てる。
重低音と男たちの大声の中、ウェイドがルパートになにか言っているのが見えた。
声までは聞こえない。
ルパートがウェイドをにらみつけ、差し出した手を打ち払う。
彼の小姓たちが駆け寄り、ルパートを立ち上がらせた。
ウェイドはくるりと振り返ると、自陣にむかって片手を突き上げる。
どっ、とさらに声が沸いた。
シャザール砦が崩れ、白煙が濃く立ち上る。
だが、山際から姿を現した朝日がすべてを照らし出した。
タレニウムとセジェルに囲まれ、中央にひとり立つのはウェイドだ。
朝日は彼自身に注がれている。
ウェイドはかぶっていたヘルメットを放り投げる。
首を振った。
金色の髪が、陽をあびて金砂のような残像を散らせた。
「重装歩兵、用ぉ意!」
ウェイドが怒鳴る。
どん、と。
盾が一斉に地面を打った。
「進め!」
ロクランが笛を吹く。
こうして。
タレニウムとメンフィス合同軍はシャザール砦へ突入。
攻略、占領したのである。




