18話 俺のいいところ見逃すなよ。絶対惚れるから
(どうしようか)
もちろん無視してもいい。
このまま重装歩兵を進ませ、敵陣に入って蹴散らし、押し出すことも可能だ。
なにしろ砦は壊滅。
もろともに死傷した兵も多いだろう。
わざわざルパート将軍が一騎打ちを申し出てきたのは、なにも騎士道精神に基づいたことではないかもしれない。陣形を立て直すための時間稼ぎか。
(あるいは、ダダ崩れの士気を上げるためか)
初手からあれだけの攻撃を受けたのだ。
末端の兵士はおびえている。
なにしろ火薬の攻撃など受けたことがないのだから。
その末端の兵士が最前線に行くのだ。
おびえるなと言っても逃げる。
逃げると陣が崩れる。
ここをとどめるためには、「わが軍は強い」ということを見せつける必要がある。
それが一騎打ちなのだろう。
「一国の将であるくせに一騎打ちもできぬ腑抜けか!」
ルパート将軍の哄笑が聞こえてきた。
それに合わせるように、煽るように太鼓が鳴り、そして少しずつだがタレニウム公国を嘲笑する声が上がっていく。セジェル軍が罵声を発しはじめたのだ。
前線の兵がこちらを見る。
フレイアは指揮棒を握った。
構わない。突っ切ってやれ。
そう思った矢先。
隣にいたウェイドが馬に拍車を当てる音がした。
「おい……っ!」
腕をつかもうと思ったのに、ウェイドは重装歩兵の脇を走り抜ける。
「われは、メンフィス王国第四王子のウェイドである‼」
鐙に足をかけ、立ち上がって拳を突き上げる。
一瞬雷鳴に似た音が周囲を満たし、空気を震わせる。
耳をふさぎかけて、フレイアは気づく。
重装歩兵たちが一斉に歓声を上げたのだ、と。
甲高い音はロクランの笛か。
硬質な金属音は、兵たちが盾をかち合わせる音なのか。
男たちが一定の拍に合わせて打ち鳴らし、兵士たちの熱気がうずまく。
その中をウェイドは片手を突き上げたまま、最前線へと馬を走らせていった。
「う、ウェイド!」
フレイアも慌てて馬を前に進ませた。
いま、揶揄られているのはフレイアだ。なにも彼が進み出ることはない。
重装歩兵が作り出す圧倒的な音の波を、フレイアは突っ切った。
(あそこか⁉)
最前線では、重装歩兵を背後にしたがえたウェイド。
それに対峙するのは、白煙を立ち上らせるシャザール砦と、歩兵を従えた騎士。
(あれがルパート将軍?)
50がらみの、ひげづらの男だ。
真っ黒に染めた皮鎧を身に着け、黒馬に乗っている。その馬にも甲冑がつけられており、騒々しい音におびえもせずに、逆にウェイドの馬をにらみつけているようにも見えた。
「金竜王子と異名をとられる王子とお見受けした!」
ルパート将軍は、乗馬用てぶくろをつけたまま、ひげをしごく。
「金竜王子?」
フレイアはいぶかし気に隣のウェイドを見る。
彼は得意げに胸を張るが、なんだそりゃ、だ。
「なにゆえ名乗り出られた! わしはこの軍の総大将を指名したが⁉」
そしてルパート将軍は呵々と笑った。
「やはり女だ! 逃げたか!」
途端にセジェル軍が侮蔑の言葉を浴びせてくる。
どうやらウェイドの隣にいる騎馬が、フレイアだと思っていないらしい。
ムッとしたフレイアは、そのまま馬を進ませ、抜刀した。
「よせよせよせ! おい、近衛! 止めろよ!」
気づいたウェイドが慌てて手を伸ばし、フレイアの手綱を握った。首をねじり、近衛を呼ぶ。
ルパート将軍はというと、やはりフレイアが誰かわからないらしい。
なんだ、あいつはといぶかしそうにこちらを見ているから、言ってやった。
「おぬしがルパートとか言う将軍か! 尋常に……」
「おやめなされ!」「ささ、後ろに!」
フレイアは馬を進めようとするのに、近衛までやってきて馬を止められた。
代わりにフレイアに立ちふさがるように馬を動かしたのはウェイドだ。
「総大将はやる気満々だが、なにしろ大事な身体だ。怪我をされてはかなわんのでな。夫である俺が将軍の相手をつかまつろう」
「夫!」
ルパート将軍は大袈裟に目を剥き、口元をゆがめて哄笑した。
「金竜王子ともあろうものが! 妻にしたのが、我が主が醜女と突っぱねた女とはな! メンフィスは女が不足していると見える!」
大笑いするルパートに対し、ウェイドは片手を緩く上げた。
そして手首を振る。
空気を裂く音を鳴らし、いくつもの短剣が勢いよく地面に刺さった。そのさまははじけた爆竹のようだ。
前列の重装歩兵たちが投げた短剣は、ルパートたちを取り囲むように見事に半円を描いている。
「妻への暴言は斬首に値する」
冴え冴えとした声で言うと、重装歩兵を振り返る。
「よくやった。さがれ」
重装歩兵たちが足並みそろえて隊列を下げる。
それはルパートたちセジェル軍も同じだ。
騎馬を動かしても十分な広さを確保すると、ウェイドは「ロクラン」と名を呼んだ。
「は」
「槍」
短く告げると、ロクランがその手に槍を握らせる。ルパート将軍も小姓から槍を受け取っている最中だ。
「ウェイド殿下」
両方から近衛に捕縛された状態で、フレイアは声をかけた。
大丈夫か、と言うべきか。
あいつ、強そうだが、と止めるべきか。
身代金は任せろ、と励ますべきだろうか。
何を言ったらいいのかわからず口ごもっていると。
ウェイドは振り返り、いつもの陽気な笑顔を見せた。
「俺のいいところ見逃すなよ。絶対惚れるから」
「……はいはい」
なんとなく全身から力が抜け、笑いが漏れた。




