17話 一番考えたくない展開
次の日の朝。
まだ薄暗い中、すみやかに陣列を整えてフレイア率いるタレニウム公国軍はシャザール砦前にいた。
もちろん、進軍ラッパも大太鼓もない。
呼吸と蹄鉄と。それから荷馬車を引く音だけをさせながら、彼らは静かに配置についた。
「まだかがり火がついているな」
隣に並ぶウェイドが目を細めて、シャザール砦上部を見ている。
お互い馬上だ。
陣の前線。遊撃手にもなる騎兵たちとともにフレイアはいる。
ちらちらとかがり火が上げる火の粉を見つめながら、フレイアはつぶやいた。
「いい感じの暗さだ」
この明度だと弓兵は距離がわからない。放ったとしてもあてずっぽうだ。
「大公代理」
フレイアの副官を自認する近衛隊長が近づいてきた。
攻撃の合図を、ということだろう。フレイアは指揮棒を上げる。
りん、と鈴が鳴った。
視線を感じた。
最前列の火薬師だ。
この暗がりだ。指揮棒が見えるかどうかわからなかったので、鈴をつけてみたのだ。
火薬師が軽く手を挙げて応じる。見えている。
「攻撃、はじめ」
フレイアが静かに告げる。
指揮棒を振った。りりり、と鈴が鳴る。
ジッとなにかが焦げる音がここまで届いた気がした。
最前列にいる投石隊が速やかに前に進み、そして宙にむかって玉を投げた。
その玉は蛍火に似た尾を引きながら、ゆるやかに放物線を描き。
そして。
「着弾!」
投石隊の声。
最前列。
火薬師と投石隊。火縄銃隊が一斉に伏せた。
フレイアも顔をそむける。
同時に、巨大な爆発音と、なにかが崩れる音がした。
フレイアの後ろにいる騎馬たちが一斉にいななき、それを騎士たちがなだめている。
「次投、用意!」
敵の悲鳴や怒号、建物が崩れる音に負けじと、フレイアは指揮棒を上げた。
「やれ!」
投石隊が放ったのは、2玉だ。
それぞれが空中に舞い、暗闇に蛍火の残像を漂わせて進む。
「着弾!」
同時に爆轟音が響く。
シャザール砦の東半分が完全に崩れ落ちた。
「最終玉、用意!」
フレイアは指揮棒を振った。
「発射! 同時に、火縄銃隊、前ぇー!」
腹に響く爆発音のあと、最前列の男たちがむくりと起き上がるのが見える。
がちゃがちゃと硬質な音を立てた後、片膝立てて射撃の構えをした。
「火縄銃隊隊長、指揮を!」
「承知!」
隊長の声がフレイアの耳にまで聞こえてきた。その声が頼もしい。
仕事を終えた投石隊と火薬師たちが前線から離れる。彼らは次に腰の剣を抜いて白兵戦に備えるのだ。
目前のシャザール砦はすでに機能していない。
東半分は倒壊し、西部分は傾いでしまっている。
ひし形になって変形した扉がさっきからうごめくのは、内部から破壊しようとしているからなのだろう。
砦の上部分が倒壊にともなって重しとなり、扉を開けづらくしてしまっているのだ。
ドンっ、ドンっと。
おそらく柱か槌で押し破ろうとしているらしい。
巨大ななにかが激突するたび、扉は悲鳴に似た音をたてて傾いでいった。
「ロクラン」
「はい」
ウェイドが副官を呼び寄せる。
馬を進めて来たロクランに、ウェイドは人差し指を動かした。
「重装歩兵、準備」
「かしこまりました」
ロクランは目を伏せたあと、声を張った。
「重装歩兵! 盾準備!」
「おう!」
一斉に声がそろい、同時に地面が揺れたかのような錯覚を覚える。
フレイアは反射的に重装歩兵たちをみた。
揃いの黒銀の甲冑を着た歩兵たち。
彼らは蟻が入る隙間もないほど互いに密着し、定規で計ったかのように前後の列をただす。その姿勢で、全身を覆い隠すほどの大きさの盾を構えた。
フレイアなど、あの盾を持つだけでもよろめきそうなのに、彼らは独特の構えをとって身じろぎもしない。
(さすがメンフィスの重装歩兵……)
父がよく言っていたのを思い出す。
もう騎兵の時代ではない。集団による白兵戦と火薬だ、と。
「扉が開くぞ!」
誰かが叫んだ。
フレイアは砦に顔を向ける。
ひしゃいだ扉が、開くというより押し破られた。
そこから鉄砲水のように飛び出してくるのは幾頭もの槍騎兵。
「撃て!」
火縄銃隊の筒先が火を噴いた。
悲鳴といななきがあがり、薄暗がりに沈んでいく。
「第二陣、前! 発射!」
沈んだ自陣の騎馬を乗り越えて飛び出してくる騎兵も、火縄銃の弾にさらされる。
「火縄銃隊、下がれ!」
「重装歩兵、前ぇー!」
ロクランが怒鳴る。
自分も馬を操って重装歩兵と共に前進した。
闇の中。
幾重もの影が一糸乱れぬ歩幅で進むさまは、圧巻としか言いようがない。
無言でそれを見つめていたフレイアだったが。
悲鳴や怒号、轟音を塗りつぶすように、太鼓と銅鑼が鳴り響いた。
「な、なんだ」
音におびえ、乗っている馬が暴れて前足を掻く。フレイアは首筋を撫でてなだめていると、ウェイドが笑った。
「どうやら将軍のお出ましのようだぞ、大公」
陽気に、そして愉快そうにウェイドは笑った。
手綱をしめながら視線を追う。
夜が明け始めた。
いや、倒壊した砦が燃えているからだろうか。
さっきよりも格段に明るい視界に、幾本かの旗が見えた。
ウェイドがなにか言うが、太鼓と銅鑼の音がうるさい。
「なんだ⁉」
「有翼馬と槍の旗印! ルパート将軍だ!」
ウェイドが声を張り上げると、太鼓が乱打された。
「ロクラン!」
ウェイドはさらに声を張った。
かなり前にいるロクランが馬上で立ち上がってこちらを見る。
「停止せよ!」
「停止! 重装歩兵、止まれ!」
ロクランは言うと、甲高い音の笛を鳴らす。
どこかヒヨドリにも似たその笛はまるでゴーレム使いだ。ぴたりと重装歩兵の群れが動きを止める。
「我は将軍、ルパートである!」
大音声はフレイアのところにまで届いた。
「そちらの大将はいずこか‼ 一騎打ちを申し込む!」
げ、とフレイアは顔をゆがませた。
一番考えたくない展開だ。




