2話 その男、隣国の第四王子につき、兵500持つ
敵、ではないのか。
だとしても、なんだ、こいつ。
ざ、と。
荒れた床を踏みしめて近衛たちが身構える。
フレイアを守るように半円の陣をとったということは、彼らもそう感じたのだろう。
いずれもが佩刀に手をかけ、腰を低く落として青年をにらんだ。
「おっと。こいつは困ったな」
青年は両手を軽く上げて愉快そうに笑う。
日に焼けた肌に、濃い青の瞳がよく似合う。
鼻筋のとおった端整な顔立ち。逞しい体格からあふれ出るのは生命力と自信。
だからだろう。
言動はかなりおかしいが、フレイアはこの青年に好感を持った。まじりっけのない陽性のようなものを彼に感じたのだ。
「宰相! 宰相閣下! 早く来て説明してくれ!」
首を後ろにねじり、青年が大声を張る。
どん、と。
彼の語尾になんらかの爆発音が混じった。
首を竦め、フレイアは顔を壁側に向ける。半壊のそこからは荒れた庭が見えるだけで、この城を守る堀と塀はまだ無事だ。
「姫! フレイア姫! ただいま戻ってまいりました!」
青年を押しのけるようにして駆け足で入室してきたのは、細身の中年男性だ。
長く伸ばした栗色の総髪が埃で真っ白になってしまっている。
王城内ではいつも身ぎれいにしていた彼も、非常時のいまは武装しているのがなんとももの悲しい。
「ノーマン・キングストン宰相。よく戻った」
自分の前でひざまずく宰相にフレイアはねぎらいの言葉をかける。宰相はさらに深く頭を下げるから、フレイアは彼に手を差し伸べた。彼はそれを両手で握ってくれる。右手は温かく、左手は義手のために冷たい。ちぐはぐな感覚さえいまはとてもなつかしい。
「ゆっくりしてくれと言いたいところだが、このざまだ」
フレイアは苦笑いをして、宰相に立つように示す。
「なにをおっしゃる、姫! よくぞ耐えられた! セシル城が攻撃を受けたと聞いたとき、胆が冷えました」
宰相の言葉ももっともで。
この城は籠城にも攻撃にも全く不向きな、地元貴族のゲストハウス的存在だった。
本来は素通りの予定だったのだが、領民が敵兵に略奪されていると報告を受け、見捨てることができずに入ったのだ。
セシル城を奪還したまではよかったが。
案の定閉じ込められた。
籠城で時間を稼ごうとしたのに、いきなり攻略戦をしかけてきたところを見ると、兵の大量投入で早期決戦の絵図が描かれていたのだろう。
総攻撃はなんとか防いでいたのだが、もう手勢と物資がない。
もはやここまでと覚悟を決めていたところだった。
「近衛がよくやってくれた」
フレイアが手で示すと、彼らは一斉に口を開いた。
「大公代理の策が素晴らしかったのです!」「我らは言われた通りにしたまで!」「何度敵の裏をかいたか! 宰相閣下、大公代理は……」
その近衛兵たちの口をふさいだのは宰相でもフレイアでもない。
破砕音だった。
城が激しく揺れ、また天井から白煙が舞う。
「殿下、やつら攻撃を再開する模様」
降って来る破片を手で払っていたら、見知らぬ軍服を着た一団が入ってきた。
そのうちのひとりで、金色の髪と緑の目をした細身の男が、大柄な青年にいくつか報告を行っている。
「殿下……?」
フレイアが眉根を寄せる。近衛たちもぽかんとした表情だ。
「ご紹介が遅れました、フレイア姫。こちらはメンフィス王国の第四王子であるウェイド・ペリー・メンフィス王子です。その隣におられるのが殿下の副官であるロクラン・ジュード殿」
宰相が言う。
「ウェイドだ。よろしく、大公」
青年は快活に笑って手を差し出してきた。その隣で報告を終えたロクランは、ちらりと一瞥を送るだけで目を伏せる。まったくの無表情。主従で正反対だ。
「……こちらこそ、殿下」
手を握りながらフレイアはぎこちなく笑った。
「あと、私は大公ではなく、大公代理だ」
「そううかがったが……。御父上はお亡くなりになり、その跡目を継がれたのだろう? そなたが大公ではないのか」
ウェイドが不思議気に首をかしげる。フレイアは肩を竦めた。
「この国では女性に相続権はない」
「なるほど、それでか」
ウェイドは愉快そうに笑うと、腰をかがめてフレイアに顔を寄せた。
「『殿下の子どもを一国の主にしませんか』」
「……な、なんだ?」
戸惑い、一歩後ずさると、ウェイドは声を立てて笑い、腰を伸ばした。
「その宰相の殺し文句だ。『うまくいけば2年後にはその父になれます』とな」
フレイアは無言で宰相を見る。
宰相はしれっとした顔で「間違ってはおりません」と言い切った。
「それは前提条件として、私と婚姻し、子をなせばということになるが」
眉根を寄せてフレイアが言うと、ウェイドは芝居がかった様子で手を打った。
「おお、俺としたことが! 婚姻の申し出を忘れていたぞ! ロクラン! 花を持て!」
「途中で散りました」
「なんと! 事前に用意したのが間違いだったな!」
あう、と片手で額をぱちりと叩いたウェイドは、そのあと屈託なく笑った。
「ということで花はないが、指輪ならある」
そう言うと、ズボンのポケットに手を突っ込んでフレイアに突き出した。
「……これはあれではないか、宰相。ボルトの、ほれ。あの」
「ナット……ですね」
ウェイドが堂々と突き出す金具を、フレイアと宰相はまじまじと見つめた。
はは、とウェイドは笑った。
「実はなくした! 騎馬を爆走させたからな、落ちたのだろう」
「さようか」
「このあと正式に用意しよう! 大公フレイア! どうか俺と結婚してくれ!」
どこから指摘すればいいのだろう。
フレイアは頭を抱えそうになる。
自分は大公ではないともう一度言うべきなのか。それとも先に「とりあえずナットが婚約指輪なのだな?」と尋ねてみるべきか。いやそれともいきなりの求婚を咎めるべきだろうか。
「ちなみにいますぐ殿下との結婚をご決断いただきますと、その2秒後には500の兵が参戦いたします」
にこにこ笑顔のウェイドの隣で、彼の副官が淡々と告げた。
フレイアは目を剥く。
この城を包囲している敵兵はせいぜい300。
(そこに500の兵だって⁉)
そして素早くウェイドを見た。
「まことか⁉」
「もちろん」
ウェイドはにっこり笑った。
なんて魅力的な男なんだ!!!!




