15話 それで初手はいかように?
◇◇◇◇
セシル城を出て四日後。
シャザール砦にほどちかい村に、フレイア達はいた。
「斥候からの報告に間違いはないな。よかった」
フレイアはつぶやく。
机の上には地図と、シャザール砦の様子を簡潔に描いた絵図があった。
セシル城を出立したころに受けた斥候からの報告。
道中、先行した騎士たちから受けた報告。
それはほぼ同じだった。
街道をふさぐ形で台形に作られた巨大な木造建築物。
正面から見ると台形だが、実際はコの字型になっており、左右の出っ張り部分には弓兵が常に警備している。
街道を封鎖する形にはなっており、扉は開閉式だ。
侵入者に対しては弓兵が威嚇し、戦になれば門を開けて歩兵と騎兵が突撃してくる。
「うちの部隊の報告では、重装歩兵は今日の昼に到着予定だ。明日、動ける」
ウェイドが言う。
予想よりも早い進軍だが、ウェイドからの報告によると兵たちの士気は高いという。
訓練慣れしているのか、重装備の歩兵たちに疲れは見えていないらしい。
「シャザール砦もこちらの動きを注視している。本隊到着にも気づくだろう」
フレイアは机に終結している各部隊隊長とウェイドの顔を見まわした。
「予定通り4時に作戦開始。夜明けギリギリを狙う」
「承知」「了解いたしました」
うなずく各隊長たちは若い。
これが公都の守備に残してきた軍務大臣や将軍たちだと、こうはいかなかっただろう。
フレイアが仕掛けるとき。それは、一番視界が悪い時だ。
セシル城奪還のときも、深夜に行動を起こした。
通常の戦では考えられない時間帯だ。
将軍たちなどは目を吊り上げて「そのような卑怯なことをしてはいけません!」と怒ることだろう。
彼らは日が昇ってから行動せよというに違いない。
まずは弓兵に弓を打たせ、それから騎士を突撃させる。一騎打ちがあればなおよい。
それはあくまで、同数の兵がいてこその戦いだろう。騎士の美学だろう。
いまは違う。
多勢に無勢とはまさにこのことだ。
そもそも卑怯と言うなら、多勢で小国に攻め入って来るセジェルの方ではないか、とフレイアは怒鳴り返したい。
結婚が決まった姉に無理強いをし、奪った上にろくに警護もつけぬからむざむざ殺されたようなものだ。
自分たちの警備の甘さを棚に上げ、「自作自演だろう」と難癖をつけて国に侵入するセジェル。
彼らを卑怯と呼ばずになんと呼ぶのだ。
だが、軍務大臣以下、主だった将軍はフレイアの戦い方を否定する。
それはわかっていた。
だから「公都守護」という大義名分のもと残し、フレイアに同情的で理解のある若手ばかりを連れて前線に出てきた。
それでもセシル城奪還作戦の前に、少し異論も出たが。
実際、命を懸けた争奪戦を前にして、フレイアの策に異論を唱える若い将兵はいなかった。
「それで初手はいかように?」
不思議なのはウェイドだ。
騎士を体現したようなこの男は、どこか愉快そうにいまもフレイアの話を待っている。
一騎打ちをしたくないのだろうか。
(自分では『強い』と言っていたが、やっぱり彼は弱いのだろう)
フレイアはそう結論付けた。
一騎打ちは、相手が死ぬか降伏するまで続けられる。弱い騎士は尻込みする。
フレイアが率いる兵に、相手を一撃で打ち負かすような騎士はいない。総じて中の中。
一騎打ちして負け、士気が下がるよりは、卑怯と言われようが、一騎打ちなどできない作戦で戦うほうがいい。
ウェイドもきっとそう思っているのだろう。
「こちらの隊列は、火縄銃隊と投石隊が一陣。二陣目は殿下の重装歩兵にお願いしたい。騎兵は最後方に」
「騎兵を?」
「できれば遊撃手として使用したいのだが」
反発するか、と思ったが、ウェイドはうながすように、わずかに口角を上げた。
「最初に、投石隊が砦の上にいる弓兵に、火薬玉を投げ込んで無力化する。敵は扉を開けて突撃してくるだろうから、火縄銃を一斉掃射。馬は可哀そうだが……。ここで騎馬を無力化する」
「なるほど。そこでうちの重装歩兵の登場か」
フレイアはうなずいた。
「メンフィスの重装歩兵は、一糸乱れぬ進軍をするという。それで押してもらいたい。攻撃を終えた投石隊と火縄銃隊は、武器を捨てて白兵戦にうつる。もちろん、うちの残りの隊も全員だ」
各隊長と近衛たちも無言で首を縦に振った。
「ここは城ではない。砦だ。しかも短期間に作られていて、大きいが雑な建造物。押し続ければ、拠り所のない兵は潰走するしかない」
フレイアの狙っているところはそこだ。
シャザール砦はセジェル兵が勝手に作った砦。
敵兵の足止めや監視にはもってこいだが、一度攻め込まれ、潰されると態勢を立て直す場がない。なぜなら、砦の後ろにひろがるのは、だだっ広い街道なのだから。
自軍が待ち伏せする場所さえない。
勢いに乗って押されれば、下がるしかない。
その先は、要衝ゴステア。
そこまで敗走させるのがフレイアの目的だった。
「投石隊と言っていたが……。火薬玉はカタパルトで飛ばすのではないのか?」
ウェイドが尋ねる。フレイアは口端を下げた。
「カタパルトだと勢いが良すぎて、導線の火が消えるのだ。それに距離の微調整が難しい。放り込んだのが不発弾など目も当てられぬ」
火薬は扱いも難しいが、なにより着弾させるのが難しい。
フレイア……というより、父が手づから育てた火薬師と投石隊にしかできない技だ。
「火薬玉は何弾?」
「5玉ございます」
ウェイドに応じたのは、その火薬師の男だ。
「もっと作れないのか? そしたら敵の歩兵もいっきにやれるだろう」
ウェイドが不思議そうに言う。
火薬師とフレイアは目を見交わし、そして同時に嘆息した。
「それができればすでにやっておる」
フレイアがぼやき、火薬師は苦笑いした。
「あらかじめ調合した火薬玉を長距離移動させるにはかなりリスクがあるのです。途中で爆発したり、湿気て不発になったりするので。そのため、火薬はこの場で作成します。現在、使用可能な限界は5玉」
「結構ややこしいのだな。こう、放り投げたらぼん、といくのではないのか?」
ウェイドがなにかを投げる仕草をする。
「それは火炎瓶だろう」
フレイアはあきれる。火薬師もあきれた。
「燃焼と爆発、爆轟はいずれも違います」
「……そう、なのか。え。みんなこの話、ついていけてる?」
ウェイドが半笑いで周囲を見回す。隊長によって反応がそれぞれだったので、ウェイドは一応ほっとしたようだ。




