13話《セジェル》ドミニク王室家政長1
セジェル王国の王室家政長として王宮をまとめ上げているドミニク・スターリンクは、軍務長官であるブラッドリー・ケネスとまだ現れぬ主を待っていた。
「陛下はいまだに、あの人にご執心か」
窓に一瞥をくれ、舌打ちをする軍務長官を見、ドミニクは重い吐息を落とした。
「王妃陛下からも同じような苦情をいただいています」
「早く死ねばいいものを」
吐き捨てる軍務長官のブラッドリーを見やる。
40代半ば。ドミニクよりも10歳ほど年上だ。
たたき上げの軍人らしいいかめしい顔つきと体躯に、各長官たちはブラッドリーのことをあまりよく思っていない。
だが、口ばかり達者な各長官や、苦情しかいわない貴族連中たちに比べれば、ブラッドリーは、ドミニクにとって良き同僚だった。
質実剛健を絵にかいたようなこの男は、嘘を言わない。
時間には正確だし、なにごとにおいても慎重だ。
ドミニクが長官という立場に立ち、一番手に負えないのは「嘘をつく」「誇張する」人間だ。
その点、軍人というスタンスを崩さないブラッドリーは、歯にきぬ着せぬところが玉に瑕ではあるが、とても話しやすい存在だった。
「当初の医師の見立てでは、数日以内ということだったのですが。すでに3か月。存外、がんばっておりますな」
ドミニクの語尾はまたもや吐息に曇る。
生きていることがいいことなのか。
この状態が良いことなのか。
「死なせてやった方がいいのではないのか」
ブラッドリーは冷淡に言う。腕を組むと、軍服がぴたりと身に沿い、隠れていた筋肉が現れる。ドミニクなど逆立ちしてもあんな体型にはなれないだろう。
「本音を言えばそうですが……。いま死なれては困ります」
まごうことなき本音。
もし死んでしまったら。
ハドリアヌス王は怒り狂い、その矛先はどこに向かうかわかったものではない。
「陛下にも早く目を覚ましてほしいものだ」
ブラッドリーがつぶやいたとき、荒々しい足音が廊下から聞こえてきた。
ドミニクは扉に近づき、ブラッドリーは踵をそろえて直立する。
「陛下のお越しでございます!」
扉の向こうで衛兵が訪いを告げる。
即座にドミニクは扉を開けた。
「何用だ、ドミニク! 余は忙しい!」
銀色のくせ毛を揺らし、大股に入室してきたのは、セジェル王国国王のハドリアヌスだ。
歴代の王と同じく、この王も大柄だ。ブラッドリーと同じぐらいの身長と恵まれた体躯。
右頬に残るのは、幼少の頃に受けた刀傷だ。
急襲され、一撃を受けたものの暗殺者は屠った。
それは、男であれば武を尊ぶこの国において誇らしげに語られる逸話だった。
「軍務長官から急ぎの御用とのことで」
ドミニクは頭を下げ、素早く扉を閉めた。
ハドリアヌスは、おそらく例の部屋からまっすぐ謁見室に来たのだろうが……。
とても見せられた姿ではない。
なにしろ真っ裸にガウンを羽織っただけなのだから。
「軍務? おお、ブラッドリー」
ハドリアヌスはガウンの腰紐を結びながら、歯を見せて笑った。
「ようやくセシル城を落としたか。タレニウムの小娘にしてはなかなかやりおったな」
用意されていた椅子にどさりと座る。ガウンの前をしっかり合わせていないから、筋骨隆々の胸板がのぞいていた。
「ドミニク」
無言で手を突き出すので、ドミニクは静かに。だが最速で動いて、机に用意していたグラスに酒を見たし、盆にのせて差し出した。
「陛下をご不快にさせるご報告となりますこと、臣下として深く反省しております」
ブラッドリーは腰を45度に折ったままの姿勢で告げた。
「セシル城を攻略していた兵は一時撤退。現在、別部隊と合流するために移動中でございます」
「……は?」
たった一言発しただけなのに。
ハドリアヌスの憤怒に触れてドミニクは身体を震わせた。
「どういうことだ!」
ハドリアヌスは手にしたばかりのグラスをブラッドリーの頭めがけて投げつけた。
華奢な足を持つグラスは軍務長官の頭にぶつかり、派手な音を立ててくだける。
「申し訳ございません」
ブラッドリーは姿勢を崩さずに詫びる。彼の足元にはワインの水溜まりができていた。
「小娘一人に城を奪い返されたばかりか……撤退だと⁉」
ハドリアヌスがいきり立つ。
セシル城。
それは要衝ゴステア城を落とし、勢いに乗って攻略した城だ。
ゴステアから補給を伸ばし、セシル城をさらなる拠点とし、公都にまで近づこうという作戦だった。
だが、大公代理であるフレイアが軍を率いて交戦。
奪い返された。
激怒したハドリアヌスは司令官及び主だった騎士たちの首を刎ね、残った部隊に「必ず奪い返せ」と厳命したのだ。
「タレニウム公国内セシル城を包囲、攻略していた200の兵ですが、報告によりますと3月4日に外部からの攻撃を受け、撤退。立て直しのために他部隊と合流を計っていると報告が」
「外部からの攻撃?」
ハドリアヌスの瞳に剣呑な色が宿る。
ドミニクなど冷汗が止まらないというのに、ブラッドリーの口調はよどみない。
「斥候と報告書によりますと、メンフィス王国の王国旗と、盾と竜の軍旗が上がったとのこと」
「メンフィス? なぜにメンフィスが」
いぶかる声に、ブラッドリーはそっと腰を伸ばした。
その顔にも怪訝な色が浮かんでいる。
「外務長官から報告は?」
「なんぞあったか、ドミニク」
鋭い声を投げられ、ドミニクは腰を折った。
「先日、外務長官が拝謁を願い出られましたが、陛下はそれを却下なさ……」
「黙れ! 要点のみ申せ!」
一喝され、身体が震えたものの、ドミニクは応じた。
「タレニウム公国大公代理フレイア内親王殿下と、メンフィス王国第四王子ウェイド殿下がご結婚なさいました。その援軍かと!」
例の部屋にこもって出てこなかったのはお前じゃないか、などと。
もちろんドミニクは言えない。言えないから、口早に報告する。
「各国にこの連絡はされているようです。いまのところ、ウェイド殿下麾下500の兵がタレニウム公国内に入った模様」
「なお、メンフィス王国からの宣戦布告はございません。婿入りしたウェイド殿下とメンフィスは別であるとの意思表示であるかと」
継いだのはブラッドリーだ。
こめかみからワインをしたたらせながらも、拭くそぶりすら見せない。まっすぐにハドリアヌスを見つめている。
「念のため、メンフィスの駐留外交官に意志を尋ねさせろ」
ハドリアヌスは椅子に座りなおすと、ドミニクに命じた。




