11話《メンフィス》ウェイドとロクラン
「殿下」
「しぃ」
あまりにも帰りが遅いので様子を見に来たロクランだが、声をかけた途端、ウェイドに注意された。
カンテラを掲げ、ふたりを見る。
ウェイドのマントを敷布にし、地面に座っている。
フレイアは完全にウェイドを座椅子代わりにして座る……というより、眠っていた。
初めて会った時は警戒感マックスでとげとげしていたというのに、いまは飼い主にもたれて眠る仔犬か仔猫だ。
足を広げて座るウェイドにもたれかかり、すうすうと寝息を立てている。
さもありなん、とロクランは思う。
なにしろ彼女は働きすぎだ。
まだ二日しか過ごしていないが、こんなに立ち働き、重労働をいとわない王族貴族というのをロクランは初めて見た。いや、ウェイドの次に見た、というのが正しい。
身体にあっていない軍服を身に着け、ウェイドに身を預けて眠る横顔は、22歳という実年齢よりも幼く見える。本来は、こんな顔でこんな雰囲気の女性なのだろう。
「超かわいいよな」
くくくく、とウェイドが声を殺して身もだえしているのが若干気持ち悪く、ロクランは我に返った。
「寝たんですか」
「神話を話して、頭撫でてやったらこの通りだ」
「子どもか」
「昨日も出立のことで睡眠時間削られてたからな。ほっとしたら眠くなったんだろうよ。まだ健康な証拠だ」
ウェイドが肩を竦める。
ロクランはなんとも言えずに黙り込む。初陣で不眠症になり、心身ともにぼろぼろになったところをウェイドに拾われたのは、何を隠そう自分なのだから。
(なんというか……そういう嗅覚が優れてるんだよな)
ロクランはウェイドを一瞥する。
声なき悲鳴を聞く耳がある。
誰にも聞かれないように押し隠しても、ウェイドだけは聞き取って近づき、犬か狼のように黙って寄り添ってくれる。
そのぬくもりと大きさに、ロクラン自身何度救われてきただろう。
「ほんと可愛いなぁ。みろよ、この寝顔」
ウェイドが言うから覗き込もうとしたのに、「やっぱりやめろ」と遮られた。
「この寝顔は夫の特権だな。他人が見ることは許さん」
「いや、あんたが見ろって言うから」
あきれを通り越して白ける。
メンフィスでは有名な遊び人が、まるで初恋状態だ。
「運命の相手とはまさに彼女のことかもしれんなぁ」
自分の胸にもたれかかって眠りこけるフレイアを見つめ、ウェイドが独り言ちる。
その目に浮かんでいるのは穏やかさであり、慈愛だ。
ロクランは少々意地悪な気持ちになって、鼻で嗤ってやる。
「一目ぼれするほど初心だったとは思いませんでしたね。いままで宮廷でただれた恋愛ばっかりしてたくせに」
「誰がただれた恋愛だ。有閑マダムとの優雅な恋愛と言え」
ウェイドが笑う。
王子とはいえ、四男ともなると王位継承権などなきに等しい。
年頃の女はすべからく第二王子か第三王子に色目を使い、ウェイドの周りに集まる女と言えば未亡人か、彼の金目当ての女たちばかり。
ウェイドは彼女たちとうまく付き合い、浮名を流したり情報を得たり。上手に立ち回っているように見えたし、それを楽しんでいるのだとロクランすら思っていた。
フレイアのことも、数日前には『情を植え付けてやる』と言っていた。
窮地を救ったのは自分だ、と思い知らせ、早々に子をなすのだ、と。
(どちらかというと、情がうつっているのは殿下じゃないのか?)
夜どころか日中でも、「大公、大公」と後ろをついてまわり、甲斐甲斐しく世話を焼き、時には「果物が足らんぞ」と手づから餌付けしている始末。
捨て猫でも拾ったかのような甘やかしっぷりに、ロクランはため息すら出ない。
「そうだ、ロクラン」
「なんですか」
「聞いてくれ。大公がな?」
「あんまり聞きたくないけど、どうぞ」
「俺のことを弱いと思っているらしい」
「はあ?」
イラッとして声が尖るが、当の本人は愉快そうに笑った。
「俺の武功は国内外にとどろいていると思ったが、まだまだだなぁ。ここらでいいところを見せ、大公をメロメロにしてやらねば」
ウェイドはゆっくりと、そして慎重にフレイアを横抱きにして立ち上がる。
「どこをどう見てこの小娘は殿下が弱いなどと……!」
怒気を孕んだ声を放つと、ウェイドの腕の中で「……ん」とフレイアが声を漏らしてみじろぎをする。
ウェイドだけではなく、思わずロクランも息をつめて動きを止める。
すぐにロクランが黙ったからなのか。
それともウェイドが絶妙な動きでゆっくりと揺らしたからなのか。
フレイアは何事もなかったかのようにまた、すうすうと眠り始めた。
「この女……っ」
なにをぬくぬくと、と怒りがわいたが、それに感づいたウェイドが、さっさと歩きだす。
「ロクラン、俺のカンテラもよろしく。大公が風邪をひいては大変だ。早くテントにいれんとな」
風邪ひけっ、と心の中で怒鳴り、ロクランはカンテラを乱雑に拾い上げて主のあとを黙ってついて歩いた。




