第9話 共に、必ず
⑨
「それじゃあ、Bランク認定を祝して、乾杯」
「ええ、乾杯」
夕方、ランク認定試験の結果を聞いた後にそのままレストランに向かった。
特別格式のある店ではないけど、商人向けの店だ。
大衆酒場や冒険者向けの店に比べたらやや価格帯の高い店だから、品のない乱暴な酔っ払いは基本いない。
金に関しては、Bランクの依頼を受けられるなら心配する必要はないだろう。
そもそも祝賀会も兼ねているし。
「それにしても、本当によく食べるわね……?」
「あー、まあ、そうだな」
テーブルに所狭しと並んでいるのは、四百グラムくらいのステーキに棒々鶏のような何か、パンが三つに、サラダ、スープ二つ、穀物の粉を練ったうどんとパスタの間にあるような麺料理、それから角煮と到底二人で食べる量ではない。
二人分の酒もあるし、いくらになるかは考えない方が食事を楽しめるだろうな。
本当に、高収入源を確保できて良かった。
「もう成長期も終わってるはずなのに、なぜか増えてるんだ。……お前のせいじゃないよな?」
「……ないとは言い切れないわね。私も初めてしたことだから、分からないのよ」
ルナとの契約で、身体能力が上がったり目が赤くなったりと、俺の体は確実に作り変えられた。
そのせいで必要エネルギーが増えているのかもしれない。
いや、それだとルナがその辺りの女性より少し多い程度しか食べない理由が説明できないな。
とすると、まだ体が変化していってる最中でそのために多く食べる必要がある?
あり得る話だ。
「ランク認定制度があって良かったわね?」
「まったくだ。最悪、定期的に狩りにいかなければならなかった」
解体についてはざっくりとした知識しか無いから、そうなったらまた別の苦労をしていたかもしれないな。
それはそれとして、この店、なかなか美味しいな。
大雑把な味付けの多い価格帯のはずだけど、それよりは繊細で、バランスが良い。
肉料理が自慢だと謳うだけのことはある。
「このスープ、なかなかいける。パンにも合いそうね」
「どんな感じなんだ?」
「あなたのいた世界で言ったら、シチューに近いかしら? 食べてみる?」
「ああ、一口もらおう。……本当だ、シチューだな」
ちゃんと出汁を活用している感じのする深みだ。
魔物の肉を使っているようだけど、これもほろほろでいい。
なんの魔物だろうか。もし見かけたら、狩っておきたいところだ。
しばらくそうして談笑しながら食事を楽しんでいると、不意にルナの表情が曇った。
ついさっきまでいつものように舌鼓を打って、他愛もない話をしていたというのに、どうしたのだろうか?
声をかける前にその表情は真剣味を帯びたものに変わって、血のように真っ赤な瞳を真っ直ぐ向けられる。
それから、ルナは重々しく口を開いた。
「アレク、あなただけなら、今ならまだ、引き返せるわ」
「……どういうことだ?」
今更、何を言ってるんだ?
「正直、ずっと後悔していたの。あなたを、この世界に呼んでしまったこと」
食器を置き、続きを促す。
どうやら、冗談で言っているわけではないらしい。
「私がこの世界に呼んでしまったから、あなたは故郷を、家族を目の前で失うことになった。死にかけるような目に遭った。私の復讐に、巻き込まれることになった」
それは、否定できない。
この世界に来なければ、そもそも父様や母様、ルークと、領民たちに出会うことはなかった。
「もし私が、あの時、別の方法で助けていたなら、そんなことにはならなかったはずよ」
はず、と言いながら確信しているような声音じゃないか。
未来予知や平行世界の観測なんてできないと言っていたのに。
「……ごめんなさい」
その上で謝罪まで。
やめてほしい。ルナが弱った顔をしていると、どうも調子が狂いそうだ。
「でも、だから、今なら、あなたはまだ、明るい場所を歩いて行ける。一人の冒険者、アレクとして、普通に生きていける。それでも、私はかまわない」
口ではそう言っておきながら、纏った雰囲気は処刑を待つ罪人のようで、酷く弱々しい。暗いオーラが見えるようだ。
……これは、言ってやらなきゃだめか。
溜め息を一つ吐いて、酒で口を濡らす。
「ルナ、お前は、勘違いしている」
「勘違い?」
「そうだ。まず、俺はこの世界に来て良かったと思っている。家族に出会えたからな」
あのクソみたいな両親じゃなくて、温かくて、尊敬できる両親を知れた。家族を得られた。
それだけでも、この世界に来た意味があった。
「だから、この世界に呼ぶという手段で助けてくれたお前には感謝してる。できるだけ助けたいって思うくらいにはな」
本音だ。
ルナがいなければ、ルナがこの世界に呼んでくれなければ、今の俺はない。
日本の片隅で、ただ腐ってしまっていただろう。
「だけど、それはそれだ。俺の復讐には関係ない。もう一つの勘違いだ。俺は、俺の意思であいつらに復讐したいと思った。ルナ、お前のそれに巻き込まれたわけじゃない」
俺の、俺自身の意思で決めたことだ。
父様を、母様を、弟を、シーリング領のみんなを奪った王国の連中が、神々が、許せない。八つ裂きにしてやりたい。
大釜で煮て、虫の餌にでもしてやりたい。
「もしここで袂を分かつことになったとしても、俺はもう、普通には生きられない。俺は俺で復讐の道をいく」
そうだ。この魂を焦すような、怨嗟の炎はもう消せない。
復讐を遂げるか、俺自身を焼き尽くすまで、決して消えることはない。
いや、例えこの身を焼き尽くされても、地獄から這い出て呪い殺してやる。
道連れにしてやる。
「だから、謝るな。そんな顔をするな。いつものように澄ました顔で我が儘を言え。隣にあることを拒絶するな。俺は、お前の騎士だ」
それが偽りのない本心だ。ルナに望むことだ。
ルナは呆気にとられたように俺の顔を見つめていたかと思うと、ふっと力を抜いて、笑う。
「私、そんなに我が儘言ってる?」
「ときどきな」
笑い返せば、彼女の笑みも深まった。
そうだ、それでいい。そうしている方がルナらしくて良い。
「分かった。それじゃあ、もう引き返せるだなんて言わない。その代わり、冥府の底まで付き合ってもらうわよ?」
「ああ、もちろんだ」
その代わり、必ず、王たちを、神々を、俺たちの手で屠ってやろう。
この命がそれで尽き果てるとしても、必ずだ。
改めて決意をしていると、不意に魔法の気配がして、周囲の音が完全に消えた。ルナが防音の結界を張ったのか。
つまり、ここから先は他人に一切聞かせられない話だ。




