第8話 基盤は整った
⑧
昼食を終えてギルドに戻り、実技試験が始まる時間まで建物内をぶらぶらして過ごす。
このエンシルは特別大きな町ではないけど、人の住まない地域がすぐそこにあるからか、冒険者ギルドは比較的規模の大きな方だ。
その分設備も充実していて、時間を潰すには困らない。
特に何を見るでもなくフラついているだけで、十分暇を潰せた。
「そろそろ時間だな」
「ええ。一階の奥の修練場、って言ってたわね」
修練場は冒険者ギルドによってあったりなかったりするけど、無いところは町の外で実技試験を行うのだろうか?
だとしたら、周辺の安全確保の依頼も定期的にだされそうだな。今後、確認してみても良いかもしれない。
エンシルの修練場は、ギルドの裏手に作られていた。
学校の体育館くらいの広さで、足下は土。周囲を金属の壁が覆っている。
空がよく見えるから、雨の日に使うのは止めた方が良さそうだ。
そこに先ほどの筆記試験で見た顔が集まっている。
見たことがないのは、別の部屋で試験を受けていた連中か。
ざっと二十人くらいだな。
それで、試験官は……、ああ、あの人たちか。
修練場の中央あたりで、受験者たちを見ながらひそひそ何か話している連中がいる。
見て分かる範囲の実力でも、Aランクというなら納得できるレベルだ。
しかし、試験官は五人か。Aランクへの報酬的に一人の可能性も考えていたから助かった。
さすがにこの人数と一人が順に戦うとなると、休憩時間も含めてどれだけ待たされるか分からない。
「よーし、時間だ。点呼をとる。今いない奴は、受験の意思なしってことでいいな」
これ、全員相手するのが面倒くさいからじゃないよな?
そんな規定の話は聞いていない。
まあ、時間を守れないのは信用に関わるからな。
試験の趣旨からして、それほど横暴な話でもないだろう。
試験官の一人、身の丈ほどの剣を背負った男がが一人ずつ呼ぶのに、受験者たちが反応していく。
なんだか、学校を思い出すな。
学校はクソ親父どもから離れられる場所だったからな、割と嫌いじゃなかった。
「いないのは、二人か。まあ、優秀な方だな。それじゃあ呼ばれたやつから前に出て、戦い方を言え。俺らのパーティで戦い方の近いやつが相手する」
武器の相性を考慮せずに審査できるように、というところか。
なら、俺の相手は今喋ってるあの男になるな。
連中の中で一番強そうだし、リーダーなのかもしれない。
「まずは、アレク!」
ん、俺からか。
点呼の順番と違うな。
まあどうでもいいか。
早く終わるならこちらも助かる。
「見ての通り、剣士だ。よろしく頼む」
「ほう……。なら相手は俺だ。次は、ルナリス!」
俺の次がルナリス……。文字の順でもないのか。
そうすると、筆記の成績の順か?
「魔法師よ」
「なら、相手はレンジだな。そっちの辛気くさいやつだ」
「辛気くさいはないだろ? まあ、よろしく」
それから次の二人まで呼ばれて、戦い方を確認されていた。
偶然違う戦闘方法の四人が並んだけど、これで剣士が二人いたら、順番の前後入れ替えをしたのかもしれないな。
Aランク、英雄と呼ばれ得るランクともなると、さすがに色々考えている。
「それじゃあ、アレクに、ルナリス。用意ができたら言ってくれ」
さて、いよいよか。
相手は個人でAランク。このレベルに苦戦するわけにはいかない。
レフトアの騎士団長や父さんは、冒険者で言えばSランククラスの強さだった。
つまり、この男にはあっさり勝てなければ話にならない。
「いつでも大丈夫だ」
「同じく」
「よし、それじゃあ適当な場所に移動しよう」
ルナたちと十分に距離をとった位置で試験官の男と向かい合う。
さすがに魔剣は使えないから、構えるのは屋敷から持ってきた一般騎士用の鉄剣だ。
こうして見ると、なおさら大きく見えるな。
俺も日本ならかなり身長が高い部類の背丈だとは思うが、この男はもう一回りくらい大きいじゃないか?
もしかしたら、俺の身長でも平均的なのかもしれないな。
「そういや自己紹介してなかったな。ダンテルだ。一応試験官の面目があるからな、お手柔らかに頼むぜ?」
「善処はする」
さすがにAランク。実力差には気がついているか。
口ではああ言っているが、目は楽しみだと言わんばかりに輝いている。
この男、戦うことじたいが好きな部類かもしれないな。
「合図は私がします! 二組とも、準備はいいですね!?」
試験官パーティの一人の声に、首肯を返す。
構えは正眼。手早く決めよう。
「それでは、始め!」
ダンテルが飛び出した。
なかなか速い。
筋骨隆々とした見た目に反するスピードだ。
その勢いを乗せて、上段からの切り下ろし。
これを正面から受けるのは、あまりいい選択では無いな。
受け止める剣に角度をつけ、手首で柔らかく受け流す。
そのまま横薙ぎ。
これは更に深く潜り込むことで躱された。
さすがにダメか。
振り抜く勢いのままに振り向き、二撃目の横薙ぎを剣で受け止める。
「むっ!?」
俺の体格で大剣を受け止められるとは思っていなかったのだろう。驚愕の声が漏れた。
それでも隙は作らないあたり、歴戦の戦士には間違いない。
ダンテルの剣を押さえ付けたまま、前蹴り。
挟まれた腕ごと蹴り抜けば、彼の体は十メートル以上吹き飛んで、地面に轍を作った。
その距離を一足飛びに詰め、喉へ剣を添える。
チェックメイトだ。
「……参ったなこりゃ。想定以上だ。実力の半分も出させられなかった」
「いや、あんたもAランクなだけはあったよ」
試験官をしてるだけあって人格的にも優れているのだろうか。
妙な難癖をつけられることも覚悟していたけど、当然のように受け入れて評価してくれている。
「この後も修練場に残っていた方がいいか?」
「いや。どうせまだまだ時間がかかる。結果は受付を通して伝えるから、今日はもう帰ってもかまわんぞ」
「そうか。助かる」
ずっといても邪魔なだけだしな。
他の受験生の視線も鬱陶しいし、ルナが終わったらさっさと帰ろう。腹も減った。
「なぁ、さっきの二人の動き、見えたか……?」
「いや、まったく」
「あっちの姉ちゃんもやべぇぞ」
「私、辞退して帰ろうかな……」
これは、失敗したかもしれないな。
別に目立つ気も、他の受験者の心を折る気も無かったんだけど。
とりあえず、適切に評価してもらえるだろうし、しっかり受けた方が良いと思うぞ。
それで、ルナの方はどう――
「あいつ……」
試験官の、レンジだったか。気の毒に。
見えたのは、いつかも見たような見上げるほどの氷の塊だ。
氷山と言ってもいいかもしれない。
その中にはおそらくレンジの生み出したんだろう巨大な土の人形、ゴーレムがいて、彼自身も、氷山の山頂付近で首から下を凍りづけにされている。
ルナの周辺の地面にはいくつも抉れた跡があるから、相手からの魔法は全て弾き落としたんだろう。
圧倒的、というやつだな。
やりすぎないように言っておくべきだったか?
いや、あいつの実力なら、あれでもかなり加減した方だな。
「お待たせ」
「……はぁ」
「なによ?」
やりすぎた自覚は無いらしい。
たぶん、早く終わらせたかっただけだ。
やろうと思えば、もっと目立たない方法もとれただろうに。
まぁ、不可抗力ということにしておくか。
氷も中身を砕かないようにちゃんと調整して消したみたいだし、問題ないだろう。
「いや、なんでもない。それより、もう帰っていいらしいぞ」
「あら、そうなの? じゃあ、一旦宿に戻りましょうか」
しかし、これからのことを考えたら、一応目立たない必要性も説いておいた方がいいかもしれないな。
ともかく、これであとは、結果を受け取るだけ。
ようやく本来の目的に集中できるな。




